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63.クレスの事情12

「くっ……、お前、何をした……!?」


 すぐに警戒し、手のひらに魔力を溜めていつでも彼女を捕えられるよう構える。


「彼には少し眠ってもらっただけですわ。わたくし、ルビナ様に構うのはやめましたが、正々堂々貴方に構ってもらうことにしましたの」

「何が正々堂々だ……!!」


 言いながら、マルギットは俺が座っているソファーの方へ歩み寄ってくる。


 身体が熱い。毒か……、いや、この症状はまさか……!


「どうです? 身体が燃えるように熱いのではないですか?」


 そう言って、マルギットはそっと俺に身を寄せると、腕に触れてきた。


「やめろ、」


 その手はすぐに振り払ったが、ドクドクと心臓はうるさく鳴り続け、呼吸が荒く乱れる。

 魔法を使おうと手に力を込めるが、上手くいかない。力が入らないのだ。


「あら? クレス様……わたくしに欲情してくれていますの? 魅力が一つも見つからない、このわたくしに? 嬉しいですわ……」

「……っ」


 俺の身体をじっくりと見つめながら、マルギットは嬉しそうに頬を赤らめた。


 くそっ、力が抜けていく……、女の身体が目の前にあるだけで、頭がおかしくなりそうだ……!!


 政略結婚した夫婦などに子を儲けさせるためにのみ使用が許される、一般的には禁止されている薬――。


 使用したことはないが、この症状はそれを含んだ時のものによく似ている。つまり俺が盛られたのは、おそらく媚薬だ。

 それも魔力を抑える効果が付属されている特殊なものらしい。


 こんなものを作るとは……!!


 魅了魔法などはマルギット程度では俺には効かないが、体の中に取り込んでしまえばさすがの俺も不味い。


 茶を淹れたのは部下だったから、油断してしまった。まさか彼を操っていたとは……!!


「クレス様、とてもお辛そうですね……。いいですわよ、わたくしが楽にしてさしあげますわ」

「……っ、結構だ」

「いつまでそのような強がりを言っていられるのかしら?」


 確かに、苦しい。辛い。

 刃物などで受ける外傷的な攻撃になら多少耐えられるが、この薬で内側から強制的に与えられた欲求がこれほど苦しいとは。


 マルギットの相手など絶対にありえないと思いつつも、このままでは不味いと、なんとか力を振り絞ろうとした、その時。


「クレス――入るぞ」


 形だけのノックを素早く二回すると、返事をする前にエーリッヒがガチャリと部屋のドアを開けた。


「……って、何をしている!」

「エーリッヒ殿下……!」


 鍵がかかっていなかったのが救いだ。そして、その無作法な入室の仕方にも今は助けられた。


 マルギットは王子の突然のお出ましに動揺した。


「なんだかよくわからないが、クレスから離れろ! お前、クレスに何かしたな!?」


 エーリッヒはすぐに自分と一緒に来ていた騎士に彼女を取り押さえさせ、自らは俺に歩み寄ってきてくれる。


「おい、クレス。どうした!?」

「……不味いことになった」

「まさか……媚薬を盛られたのか?! しっかりしろ、クレス!!」


 この状況と俺の様子を見て、エーリッヒはすぐにそれを理解した。


「……っふは、ははは、あーっははは! さぁ、どうしますか? クレス様。その手であの女をめちゃくちゃにする? 解毒薬なんてないわよ、それはこのわたくしが作った特殊な薬なのだから!」


 狂ったように笑うマルギットの言葉に、殺意が芽生える。


「くっ……貴様……!!」


 やはりこの女を野放しにしておいたのが間違いだった。

 もう一度手に魔力を込めてみるが、やはりうまくいかない。力が入らない。


「たくさん苦しんでくださいね。その末に、あの女を壊してちょうだい。そうする他ないのだから。わたくしを選ばなかった貴方がいけないのよ? クレス様」

「……っ」


 両腕を後ろで拘束されながらも、俺に顔を向けて楽しそうに笑っている。いかれている。


「黙れ」


 怒りに震えながらも何もできない俺の代わりに、エーリッヒが腰に帯びている剣を抜いた。


「それ以上何か言えば、この場でその首が飛ぶぞ」

「……」


 切っ先を首元に当てられ、さすがにマルギットは息を飲み、黙り込んだ。

 過去のことは証拠を残しておらずとも、今回ばかりは言い逃れできない。たとえ女の魔導師だとしても、今エーリッヒが言った言葉が冗談ではないことくらいわかるだろう。


 エーリッヒ自ら抜剣するのは珍しかった。

 その顔にはこの国の王子として、俺の友人として、目の前のいかれた女を今すぐに処刑してやろうという殺気が現れていた。


 その後告げられたエーリッヒの「連れて行け」という言葉にも、マルギットは小さく笑みを浮かべたが、大人しく騎士に連れて行かれた。

 さすがに第一王子に歯向かう気はないらしい。いくら彼女が強い魔導師でも、俺がこのような状況になってしまっていても、王宮内で彼を敵に回しては一人で勝てるはずがないのだ。

 最悪この場で本当に殺されてしまうということもわかるはずだ。


 だが、魔力持ちの女は貴重だ。この国では魔力を持っている女性を簡単に処刑したりはしない。だからこそ、先程のエーリッヒの抜刀には大きな意味があるのだが――。


 マルギットはまだ若い。彼女には、これから果たさなければならない役割がある。


 だから彼女にどのような罰が与えられるかはわからない。

 しかし、たとえ重い罰が与えられたとしても、彼女はそれを覚悟でこんなことをしたのだろう。


 俺が自分のものにならないのなら、共倒れしようということか……。彼女をそこまで追い詰めてしまったのは、俺のせいだろうか。

 しかしルビナにだけは、迷惑をかけたくない。


「クレス、何か解毒する方法はないのか!?」


 マルギットを部屋から追い出し、エーリッヒは改めて俺に問いかける。


「……この薬を身体から抜く方法なんて、一つしかないだろう……」

「……そうか」


 そう。口にするまでもないが、マルギットが言っていたように、媚薬(これ)を抜く方法は女を抱く以外にはない。

 自分で処理しても抜けきらないのが厄介だ。

 子を儲けさせるための薬なのだから。

 それも、マルギットの口調からするに、一度で治まりそうにない。


「では、お前の婚約者を……」

「ダメだ!!」


 エーリッヒが最後まで言う前に、俺は腹から声を出して否定した。


「しかし、他に方法はないんだろう!?」

「だが、俺たちはまだ結婚していない。それに彼女を薬の犠牲になど、できるか……っ!」


 初めてが媚薬の処理など、絶対にありえない。


「……それではお前の身体が壊れるぞ!!」

「……っ」


 たとえ壊れても構うものか。

 今ルビナを前にしたら、俺は理性なく彼女をめちゃくちゃにしてしまいそうだ。

 それなら、俺が壊れた方がマシだ。


「とにかく、水をたくさん飲んで休んでおけ! 筆頭魔導師に何か他の方法はないか聞いてくる!」

「ああ、頼む」


 一人きりになった部屋で、言われたとおりふらつく足で立ち上がり、コップ一杯の水を無理矢理喉に流し込んで、仮眠用の寝台に横になった。


 ルビナ……ルビナ……ルビナルビナルビナ……!!


 だが、ダメだ。黙っていればどうしても求めてしまう。彼女を抱きたくて仕方ない。先に頭がどうにかなってしまいそうだ。


 だからこそ今は絶対に会えない。



「クレス……?」

「!?」



 しかし、そんな俺の耳に愛しい人の声が聞こえてしまった――。


クレス視点もう一話続きます。


エーリッヒ、ナイス!

ルビナ来ちゃヤバいよ!

続きはよ!!


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりー。そういう卑怯な手を使う女だと思ってた。エーリッヒ来てくれてよかった。
[一言] もう美味しく戴かれるしか無い様な…(笑)
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