62.クレスの事情11
リリアンとの茶会中、ルビナの服から蛇が出てきたと、リリアン付きの騎士から聞いた時は「しまった」と思った。
今までそんなことは一度もなかったし、制服に蛇が忍んでいることにルビナが気づかないのも不自然だ。
彼女がわざとそんなことをするはずもないから、それはおそらく魔法によるものだ。
そしてルビナにそんな嫌がらせをする人物など、一人しか思いつかない。
リリアンの無事を確認し、エーリッヒに断りを入れてすぐにルビナを探した。
彼女のことだ。おそらくリリアンを巻き込んでの嫌がらせに腹を立て、マルギットに直接話をつけに行ったに違いない。
だから魔導師団の棟周辺を探していたら、マルギットの狂ったような叫び声が聞こえた。
そこへ駆けつけると、マルギットが魔法でルビナを苦しめているところだった。
許せん――!!
一瞬殺意に似た感情が込み上がり、マルギットよりも強い魔力を以てそれを解除した。
マルギットは俺の姿に慌てたが、ルビナの方が意外と落ち着いていた。
こんな目に遭ってもマルギットを庇うなんて、少し人が良すぎるぞ。そう思ったが、彼女は無事だったし、マルギットは貴重な女の魔導師だ。
その存在を裁くのは魔導騎士で近衛騎士団副団長である俺の力を以てしても、少し面倒な存在。
だからこそ、彼女はこうして調子に乗ってしまうのだが、一線を超えるようなことは今までしてこなかった。
今回も、決してルビナを本気でどうこうしようとしたわけではないのだろうが……彼女の婚約者である俺としては、少しでも危険な目に遭わされてしまったことは許し難い。
国が裁かないのなら、俺の手で裁いてやろうかと一瞬力が入ったが、ルビナは静かに〝遊び〟だと言った。
マルギットなど相手にしていない様子のルビナに冷静さを取り戻し、力を抜く。そして思う。
ルビナに感謝するんだな。そうでなければ俺がこの手で二度と人前に姿を見せられないようにしていたかもしれない。――と。
今回はルビナに免じて見逃そうとしたが、相手にされていないことを悟り、マルギットが胸の内を叫んだ。
とても醜く、自分勝手な言葉をルビナにぶつけた。こんな女が俺の婚約者候補だったのかと思うと改めて寒気がする。
やはり俺の前ではいつも猫を被っていたのか。
俺がお前に靡くことはないのだとわかってほしい。いい加減諦めて、他の魔導師との結婚を考えてほしい。
次ルビナに手を出したらその時は黙っておかないぞ。
それをわからせるために、マルギットにはキツく言葉をぶつけておいた。
それがさすがに堪えたのか、マルギットはルビナに何かしてくることはなくなった。
ルビナとリリアンの茶会も今まで通り穏やかに行われているようだったし、しつこいくらいに嫌がらせを受けていないかルビナに聞いたが、本当に何もされていないようだった。
良かった。マルギットもそこまで頭の悪い女ではなかったようだ。本当に俺を諦めて婚約者選びを始めたのかもしれない。
さすがにその方が賢明だと理解してくれたらしい。
それから数日後、マルギットが接触してきたのは俺がエーリッヒの護衛から離れ、副団長の執務室で一人仕事をしていた時だった。
「謝りたい」と言い、以前のような強気の態度はなく、目を伏せて小さく震えている従妹を、仕方なく部屋に招き入れた。
部下が淹れてくれた茶を前に、マルギットは深く頭を下げて「先日は本当に申し訳ありませんでした」と謝罪の言葉を述べた。
その肩がやはり小刻みに震えていて、プライドの高い彼女がここまで素直に謝るのも珍しいなと息をつき、「顔を上げろ」と声をかける。
「……わたくし、ルビナ様に嫉妬していましたの……」
「うん」
素直に認めるのか。
どうやら本当に反省しているようだ。さすがにこれ以上何かすれば、魔導師であってもただでは済まないと理解したのだろう。
「わかってくれたらいい。君も早く相手を見つけるんだ」
「……そうですわね」
しおらしく伏せ目がちで頷くと、マルギットは「そうだわ」と言って持ってきていたバスケットを前のテーブルに置いた。
「こちら、お詫びに焼いてきましたの。よろしければルビナ様と召し上がってくださいませ」
「あ、ああ……ありがとう。後でいただくよ」
マルギットは昔からよく俺に焼き菓子を焼いて持ってきていた。
きっとまたそれだろう。
だが、まさかとは思うが変なものが入っていては困るから、後でしっかり鑑定してからいただくことにする。
悪いがまだ完全に信用したわけではない。
「……」
気まずさから茶を口元に運ぶ。
マルギットはそんな俺の様子を窺うように見つめていた。
「……お菓子に変なものなど入れてませんわ。言われたとおり、もうルビナ様に構うのはやめにしたのですから」
「そうか、それなら良かった」
そう言われても後で鑑定はさせてもらう。そう思いながら茶を口に含んだ。
「ええ……ルビナ様に構うのはやめます」
「……?」
だがその瞬間、マルギットの口元がニヤリと持ち上がるのが目に入り、何か違和感を覚えた俺はすぐにカップを口から離した。
なんだ、このお茶は……、何かおかしい……。
だが、既に少し含んでしまった。
ドクン――
茶が喉を流れて行った次の瞬間には、身体中を一気に血が巡って行くのを感じた。
それと同時にドッという鈍い音が後ろから聞こえ、そちらを見るとこの茶を淹れてくれた部下がそこに倒れたのを確認できた。
クレス視点続きます。




