61.歪んだ愛
「っ!」
途端、首が詰まったように息が苦しくなる。
さすが優秀な魔導師様。手を触れずにこんなことができるなんて。
「貴女なんかより、わたくしの方が魔力も強いわ! クレス様と付き合いも長いし、わたくしの方がクレス様のことを知っているのよ!!」
「……っ」
クレスのことを知っている……?
知っててこんなことするなんて、やっぱりクレスと結婚するのは無理よ。
そう言ってやりたかったけど、残念ながら声が出ない。
まさか、殺す気ではないわよね……?
ちょっと、本当に苦しいんですけど……。
さすがに本気ではないだろうけど、不味いかなと思った時、私の胸元で母の形見のペンダントが熱く光を放った気がした。
けれどワルターの時のように魔法が発動される前に、「やめろ!」というクレスの声が耳について、それと同時に私の呼吸は楽になった。
「クレス様!? 何故ここに……!」
「何をしている、マルギット」
クレスは私の元へ駆け寄ると、肩を支えるように抱き、マルギットを睨みつけた。
「いえ……その、彼女が魔力持ちだと聞いたので、魔導師としてはどうなのか試していただけですわ。彼女には是非魔導師団に入っていただきたいと思ってますのよ」
クレスの怒った顔に、マルギットは明らかに狼狽して答えた。
「そうなのか、ルビナ」
マルギットの顔色はとても悪い。
さすがに今のをクレスに見られてしまっては、直接手を触れていなくても言い訳するのは難しいだろう。
「そうです」
「……そうか。ではここまでだ。もう行け」
だけど私は彼女の期待と反して頷いて見せた。
ごめんなさいね。私って結構負けず嫌いなのよ。
別に彼女をどうこうしたいわけではない。
ただ嫌がらせをやめてくれればそれでいい。
優秀な魔導師であることは間違いないのだろうし、ずっと好きだった人を急に奪われて人間の嫌な部分が出てしまっただけなのかもしれないし。……いや、それは違うか。
ともかく、彼女はクレスに告げ口してほしそうにしていたのだ。私がクレスに泣きつくところが見たいなんて、悪趣味過ぎる。だからここで言ってしまうのは、なんとなく癪だった。
私は貴女には屈しない。だからもう、これに懲りて私からは手を引いてほしい。
そんな思いを込めて、毅然とした態度で彼女の顔を静かに見つめた。
「ルビナ、大丈夫か?」
「平気よ。お遊びのようなものだもの」
クレスは心配そうに私を見つめる。そしていつもの如く、確認するように頬に手を当て、目を逸らさせないよう、自分に視線を向けさせた。
「……っ遊びなんかじゃないわよ!!」
だけど、それがイチャイチャしているようにでも見えたのか、私の態度が気に食わなかったのか、耐えきれなくなったようにマルギットが叫んだ。
「なんなのよ、貴女! クレス様に泣いて助けを求めるわけでもなく、苦しかったとその非力さを認めるわけでもなく……! わたくしは本気でクレス様のことが好きだったのに!! 貴女が――貴女が現れたせいで、わたくしはクレス様と結婚できなくなってしまった――!!」
顔を真っ赤にして、マルギットは力いっぱい声を張った。もうお上品なご令嬢の面影すらない。
私に向けられた言葉だけど、クレスに訴えているようにも聞こえる。
クレスの前なのに……何かが吹っ切れたようにとても醜い女の嫉妬心を丸出しにしている。
「貧乏男爵家の娘が……! 家柄も魔力も見た目も……全部わたくしの方が上なのよ!! 貴女みたいな女がどうしてクレス様と……!! わたくしの方がクレス様に相応しいのに!!」
喉がちぎれてしまうのではと心配になるほどの声に、思わず私も圧倒される。
彼女が本当にクレスのことを好きだったということだけは、間違いないようだ。
愛し方を、間違えてしまったみたいだけど。
「――黙れよ」
だけどその言葉を聞いて、クレスは静かに口を開いた。鋭く発せられたその一言で、マルギットの体は凍りついたように固まり、ビクリと一瞬だけ肩を震わせた。
「お前のどこが、俺に相応しいと言うんだ。俺は家柄や魔力の強さでルビナを選んだわけじゃない」
「それでも……っ!」
隣にいるクレスの顔を見上げる。
彼は憐れむような酷く冷たい表情でマルギットを見ていた。
「それでも自分の方が俺の相手に相応しいと言うのなら、教えてくれ。お前のどこがルビナより魅力的なんだ? お前のどこに、この俺がルビナよりも惹かれてしまうところがあるんだ?」
「……クレス様」
怒りを通り越し、呆れているような目だ。
クレスが女性に対してここまではっきりと、冷たくものを言い切るところは初めて見た。
イナに対しても、ここまでではなかった。
「まったくわからないな。俺にはそんなところ、何ひとつ見つけられないぞ」
「……そんなっ」
「自分でもすぐに答えられないのなら、もう諦めてくれ。これ以上ルビナに構うのはやめろ。君の貴重な時間が無駄になる」
クレスも、こういう顔をするんだ。
「……っ」
マルギットはそれ以上何も言えずに、瞳に涙を溜め、唇を噛んで走り去って行った。
「――ルビナ、大丈夫か?」
「ええ、私は本当に平気よ」
マルギットの背中を見送ると、再びクレスが私の頬に手を添えて心配そうに顔を覗き込んでくる。
「リリアンの護衛の者に聞いた。君の制服から蛇が出たって?」
「ええ……リリアンは大丈夫かしら?」
あの時の怯えた顔のリリアンを思い出す。
もう私とはお茶をしてくれなくなるかもしれない……。
「大丈夫だ。驚いてしまったようだが、彼女もそんなに弱い女性じゃない。エーリッヒの婚約者だったから、色々と嫌な思いもしてきているしな」
「そうなの……」
それは良かったような……気の毒なような。
それにしても本当に女の嫉妬とは醜いものだ。
どうしてそんな嫌がらせをしてしまうのだろう。
そんなことをして相手が自分に振り向くとも、気が晴れるとも、どうしても思えないのに。
「すまなかった。マルギットが君に嫌がらせをする可能性は十分考えられたのに……先に阻止できなかった」
「私は大丈夫よ。あんなの子供のイタズラ程度にしか思ってないから。まぁ、リリアンに迷惑をかけてしまったのだけは許せないけど」
「……本当に君は強いな」
「多少のことでは音を上げないと言ったでしょう?」
にこりと微笑んで見せると、ようやくクレスも安心したように笑ってくれた。
「そこが君の魅力の一つでもあるが……たまにはもっと頼ってくれていいんだぞ? 君に「クレス、怖かったわ!」なんて言われて泣きつかれたら、俺はなんでもできそうだ」
私の声真似をして戯けてみせるクレスに、ぷっと吹き出してしまう。
「そうね。今度やってみようかしら。でも、やっぱり奥の手として大事に取っておくわ」
「そうか。いつでも待ってるぞ」
髪を梳くように頭を撫でられ、額に軽く口づけられる。
それにしても、マルギットは本当にこれで懲りてくれるだろうか。
誰も怪我をしていないし、私も彼女を訴える気はない。
きっとお願いすればクレスはそうしてくれるだろうけど、女の魔導師は貴重。
王宮に通うようになって、それは前より実感している。
田舎の貧乏男爵家生まれの私にですら、城の従者たちはとても丁寧に扱ってくれる。それは単にクレスの婚約者だからとか、リリアンと親しいからというだけではないということは感じる。
だから彼女を罰するのは少し面倒そうだ。
このまま大人しく身を引いてくれることを願うばかりだ。
次回から数話クレス視点でお送りします。




