58.未来への期待
「最近エーリッヒの機嫌が良いんだよなぁ」
あれから数日が経ったその日、仕事を終えて一緒に屋敷へ帰る馬車の中でクレスがふと呟いた。
「そうなの? 何かいいことでもあったのかしらね」
「……いいことか。そういえば昨日はリリアンに何かプレゼントをしたいと相談されたな」
あら。それは良かった。なんだかんだ言っても、そういうサプライズのプレゼントは嬉しいものだ。
……嬉しいものなのよ、クレス。
そんな気持ちを込めて向かいに座っている婚約者に笑顔を向けてみたけど、彼は腕組みをして「?」と首を傾げるだけ。
まぁ、彼の場合はそれが可愛いからいいのだけど。
「うまくいってるみたいね、二人」
「ああ。あの二人は親に決められた結婚だからか、なかなか気持ちがついていっていないと思っていたんだけどな。……そういえば、ルビナがリリアンのところに通い始めてから二人の関係がいい方向に向かっている気がする」
「まさか。クレスは私のことを買い被りすぎなのよ」
クレスにはそう言ったけど、実は昨日のお茶の時間に、私はリリアンにこんなことを言われた――。
『私ね、あの後エーリッヒ様の目を見て、笑って挨拶してみたの。それで気づいたわ。私は今まで王子の婚約者として淑女らしく振る舞ってきたけど、彼の目をしっかり見ていなかったって。たったそれだけのことなのに、エーリッヒ様、とても嬉しそうに笑ってくれたの。私、諦めていたはずなのに、心のどこかで意固地になっていた部分があったのね。気持ちだけは私のものだって……でもエーリッヒ様は思っていたよりも優しい王子だったみたい』
リリアンは少し照れくさそうに「ありがとう」と言ったけど、それは彼女が自分で動いて、変わろうとした結果だ。
私が強制したわけでも、魔法をかけたわけでもない。
だけど、いい方向に向かっているのなら本当に良かったと思う。
いくら王族にはよくあることだと言われても、私はリリアンもエーリッヒ様のことも好きだから、やっぱり幸せになってほしいと思ってしまう。もちろんクレスもそうだろう。
それに、お二人は傍から見て本当にお似合いだから。
親に決められた望まない結婚だったかもしれないけど、逆らうことができないのならその中で幸せを見つけてほしい。
もちろん不幸になる原因があるなら取り除きたいと思うけど、あの二人はほんの少しすれ違っていただけに思える。
複雑になるから、クレスはリリアンの気持ちに気づいてなくてむしろ良かったと思う。
「――そうかな。しかし俺の婚約者はこんなに素敵な人だからなぁ。誰かの気持ちを動かす力を持っているようだし」
「あら、私って魔法使いなのよ? だから貴方にも魔法をかけて私の虜にしたんだから。知らなかった?」
冗談でそう言ってみたら、クレスは一瞬本気で驚いた顔をしたあと、ふっと笑ってみせた。
「本当だったら嬉しいなぁ。俺の方が君より魔力が強いと自負しているが、そういう相手に魅了魔法はかからない。まぁ、薬にでもして体の中に取り込ませたのなら別だが。しかし俺を虜にするために頑張るルビナか……それもいいなぁ」
何を想像しているのか、むふふ……と笑いながらニヤニヤしているクレス。
せっかくのいい男が台無しである。
「だけどそんな魔法がなくても俺は十分君に夢中だけどな」
「いつかその魔法が解けてしまわないといいけど」
「だから、魔法なんかかかってないと言っているだろ?」
言いながら、クレスはちゃっかり私の隣に移動してきた。
二人で並んでも十分な程は立派な馬車なのに、何故か狭く感じる。……距離が近いからだ。
「俺たちも早く結婚したいな」
「そうね、きっとあっという間よ」
「早くルビナの花嫁姿を見たい」
肩が触れ合う程の距離で、クレスは顎に手を当てて何かを想像するように目を閉じて頷いた。
「子供はどっちに似るかなぁ……ルビナ似の女の子だったら嫁に出せなくなってしまうかもしれない」
「気が早いわね」
「そうだな、しばらくは二人きりでゆっくり過ごすのも悪くないなぁ……。休みの日は二人でのんびり過ごして、夜は一緒に酒を飲んで、結婚したら寝室も同じでいいし、朝までゆっくりルビナと――」
そう言ってまた目を閉じて何かを想像したのか、クレスの頬が突然ぼっと赤くなった。
「クレス?」
「あ、いや、はは……、一日中ルビナと一緒に過ごせたら幸せだろうなと思ってな」
「……」
何かを誤魔化すように目を泳がせているクレスは、嘘がつけない性格だ。
まぁ、嘘ではないのだろうけど。
「そうね。……その日が来るのが本当に楽しみね、旦那様」
「……っ」
そんなクレスが可愛くて、私は彼の腕をぐい、と掴んで見上げ、視線をこちらに向けるよう促した。
まんまと至近距離で私と視線を絡ませたクレスは、耳まで赤くして何も言えずにぱくぱくと口を動かすだけ。
そんなことで大丈夫なのかしら?
と、少し心配になるけれど、彼はこれでもやる時はやる男だということも私は知っている。




