53.男前の婚約者
「では行こうか」
「ええ」
パーティーも終わりを迎え、来賓の貴族たちはぽつぽつと帰り始めていた。
私たちも帰宅するため、差し出されたクレスの手を取って歩き出す。
クレスの手は大きくてあたたかい。とてもたくましくて安心する。大好きな手。
「クレス様――!」
その時、一際高い女性の声がクレスを呼び止めた。
今日は何度かクレスの同僚という人に挨拶する機会があったけど、そのほとんどは近衛騎士団の方たちで、女性は初めてだ。
「マルギット……!」
声に振り返り、クレスはぎょっと肩を揺らして女性の名を呼んだ。
マルギット? 確かクレスの従妹で、婚約者候補だった方……。
その名前に聞き覚えがあって、私の体にも緊張が走る。
マルギット・ツィリー。
ルビーレッドの髪と瞳は美しく輝いていて、着ているドレスも装飾品も完璧に彼女を彩っており、どれも高価なものであるだろうけど、彼女はそれらにまったく劣っていなかった。
つい、クレスの手をぎゅっと強く握ってしまう。
「……」
そんな私を見て、彼女は不愉快そうに眉を寄せて小首を傾げた。
〝貴女は誰?〟と、その視線が物語っている。
「ああ、マルギット。彼女は俺の婚約者の、ルビナ・アイマーンだ。ルビナ、こちらは従妹のマルギット・ツィリーだよ」
「初めまして、ルビナ・アイマーンです」
確か彼女は伯爵令嬢だったはず。だからこちらから膝を曲げて礼をした。
「……クレス様が婚約したという話は、本当だったのですか……?」
けれど、彼女から挨拶はない。代わりに、戸惑った顔をクレスに向けて問う。
「ああ、俺たちは結婚する。もちろん彼女には魔力もある」
「……そんなっ」
クレスの言葉に、彼女はあからさまに顔を歪めた。
まだ正式な婚約者ではなかったはずだけど、彼女はクレスのことが好きだったのね。……わかります。
「……っ」
それ以上何も言わずに、彼女は走り去ってしまった。きちんとした家のご令嬢であるだろうに、挨拶一つできないほどショックだったのだろう。その原因が私であると思うと、少し胸が痛む。
「……嫌われてしまったかしら」
「あいつはああいう女なんだ。だから結婚したくなかった……。気にしないでくれ」
「そうなのね……」
クレスはやれやれ、という感じに深くため息を吐きながらそう言った。
きっと色々と大変だったのね。
「帰ろう。さすがに今日は疲れただろう?」
「そうね、ちょっと疲れたかも」
気を取り直して、馬車へと向かう。最後まで完璧にエスコートしてくれたクレスは、馬車に乗り込んだ途端、くしゃりと髪をかいて、「ふぅ」と息を吐いた。
「クレスも疲れた?」
「ああ、今日は仕事ではなかったが、つい癖でエーリッヒの周りを警戒してしまった」
「そうだったの」
王子の護衛はもちろんクレス一人ではないから、彼が抜けても大丈夫なのだろうけど……それでももし王子に何かあればすぐに魔法で対処するつもりだったのだろう。
今日はお酒も口にしていなかったみたいだし。
騎士服を脱いでいても真面目な彼に頬が緩む。
「それに、君にも悪い虫がつかないよう周囲を警戒していたしな」
「え?」
言いながら、クレスはふっと笑って私の隣に移動してきた。
「今日のルビナはいつにも増して美しいから……君に視線を送る男たちを牽制するのも大変だったんだぞ? それに、美しい君の婚約者として相応しく在らねばと、俺も緊張した」
「……そんな」
そんなの、クレスの方が女性たちから熱い視線を受けていたじゃない。クレスの方が圧倒的に狙われていたわよ。少しでも私が離れたら、一気に女性たちが群がってきていたと思う。
そう言おうとしたのに、顎をくいっと掴まれて言葉が途切れる。
「君は俺のものだというのにな……。あの場で君に口づけて、それをわからせてやろうかと何度思ったか……」
その表情から、それはあながち冗談ではないのだと感じた。
本気で思っていたの……?
色気がダダ漏れだ。
その色気よ、今日ずっと参加者のご令嬢たちを虜にしていたのは。
「クレス、もしかして酔ってる?」
「飲んでいない」
そう。飲んでいない。お酒は飲んでいないはずなのに――。
やっぱり今日のクレスは一段と男前。
見た目だけじゃなくて、まさか中身も?
どうしちゃったのよ、私の可愛いクレスは……。
「君が今まで社交界に参加していなくて良かったよ。もしそうだったなら、とっくに違う男に捕まっていたかもしれないと思うと……恐怖でしかない」
「クレスだって……いつもあんな風に女性たちを虜にしているの? 今までよく独り身でいられたわね」
「さぁ? なんのことだか」
「惚けないでよ」
少し拗ねた振りをしてキツく彼を見上げれば、一瞬だけ目を逸らして肩を竦めて見せるクレス。
だけどすぐに耳元に唇を寄せて「今日は特別……君のせいで欲情してフェロモンが出ていたのかな?」と囁かれた。
クレスのあたたかい息がかかって、身体がびくりと大きく揺れる。
「な……っ!」
耳から妊娠しそう。
「俺には君以外の女性は見えていないからわからないけど……ルビナ、妬いたのか?」
「や、妬いてはいないわ。貴方のことは信用してるし……」
「妬いてくれたんだ。嬉しいなぁ。じゃあもう、我慢したからいいよな?」
「……んっ」
そんな顔で言われたら、こっちが堪らないというのに。
今日のクレスはいつも以上に格好良いって、ちゃんと自分でわかってる?
私だってクレスに虜にされている女性の一人なんだから――。
その気持ちは言葉にできなかった。
ただただクレスからの甘い口づけが降ってきて、私の思考を溶かしていく。全部彼に飲み込まれた。
「……はぁ……」
「……どうしたの?」
唇が離れると、クレスは目の下を赤くして項垂れるようにため息をついた。
「……ダメだ。君が可愛すぎて、止まらなくなる」
「……」
そのまま肩におでこを乗せて、腰に回した腕でぎゅっと抱きしめられる。
その切なげな表情と声色に、胸の奥がキュンと鳴った。
やっぱりクレスは可愛い。
それでこそ私のクレスよ――。
だからその大きな体に私も腕を回して、右手でよしよし、と頭を撫でた。
久しぶりにイチャイチャできた!




