51.エスコートされるだけで注目の的
イナがエンダース邸に来て、ひと月ほどが経った。
彼女が自分にかけていた呪いは解け、本来の姿を取り戻して数週間。
その見た目だけが彼女の自信であったから、最初はとてもおどおどしていて、本当に人が変わってしまったように大人しかった。
それでも誰一人として彼女への態度を変えた者はこの屋敷にはいなかった。
もちろん、メリも、ルッツも。
だからイナも何か感じることがあったようで、以前のように文句を言うことは減り、無駄に泣かなくなった。涙は武器ではないと、さすがに理解したらしい。
真面目に厩舎の仕事にも取り組んでいるようだ。まだたまには愚痴を零すけど。
それでもこのまま自分自身で積み重ねた自信を手に入れてもらいたい。
――その日、私はこの国の第一王子、エーリッヒ殿下の結婚式に参加していた。
国で一番の大聖堂での挙式を終えたあと、披露パーティーにも出席するため、クレスと共に馬車で王城へと移動した。
エーリッヒ殿下も、その妻となるリリアン妃も、お二人共惚れ惚れするほど美しかった。
私もエンダース家で用意してくれた高級ドレスに身を包み、朝から時間をかけて丁寧にヘアメイクをしてもらい、クレスの婚約者として恥じない姿に作り上げてもらった。
だけど……私の中で今日一番素敵なのは、今目の前でぼんやりと窓の外を眺めている私の婚約者だ。
今日のクレスはいつもの五割増で格好良い。
服装のせい?
ピシッと決めている髪型のせい?
ほんのり香る、いつもと違う香水のせい?
それとも、友人の結婚で感極まっているその表情のせいだろうか。
いつもの、可愛らしいわんこなクレスはお休みだ。
どこから見ても文句のつけ所がひとつもない美丈夫な色男がここにいる。
……目が合っただけで熱が出そう。
「……ルビナ、大丈夫か? 気分でも悪いのか?」
物思いげに外を見ていたのに、ちらちらとクレスに視線を向けて俯いていた私にふと気づき、慌てたように声をかけてくれる。
優しさは健在のようだ。
「いいえ、大丈夫。少し緊張しているだけ」
「そうか……確か城に来るのは初めてだったな」
「ええ」
それも本当。私のような田舎の貧乏貴族では、今までお城に来る機会なんてなかったし、今日はエーリッヒ殿下に紹介したいと言われているから……どうしたって緊張はする。
大丈夫かしら……。
普段は忘れそうになるけれど、クレスは侯爵家の嫡男で近衛騎士団の副団長。それに第一王子であるエーリッヒ殿下の側近でご友人でもある凄い人なのよね。
中身だけではなく、見た目だってこんなに完璧。
本来、私みたいな女が釣り合う人じゃない。
魔力があったから求婚してくれたけど、本当にそれだけでクレスの婚約者として隣を歩いて大丈夫なのかしらと、今更不安になってくる。
「大丈夫だよ、ルビナ。エーリッヒもリリアンも俺の友人だ。そんなに堅くならなくていいぞ」
私のそんな不安を感じ取ってくれたのか、クレスはそっと手を握って優しく微笑んでくれた。
ありがとう……でもごめんなさい、今日の貴方にそんな風にされたら、私の心臓はちょっと持ちそうにない。
「……ええ、」
だから、思わず視線を逸らしてしまった。
頑張れ……! 頑張るのよ、ルビナ!!
こんなにおどおどしていたらそれこそクレスに相応しい女には見えないんだから!!
なんとか自分に喝を入れて、私は差し出されたクレスの手を取って馬車から降りた。
大丈夫。メリが朝から私を綺麗に作り上げてくれたのだから、自信を持たなければ。「綺麗よ」と言ってくれた彼女にも失礼だわ。
そう思って一歩踏み出し、背筋を伸ばして前を向けば、せっかく気持ちを作っていたのに一瞬にして背中を冷や汗が伝い落ちた。
「では行こうか」
「……」
――クレス様よ。
あら、クレス様が女性をエスコートしているわ。
今日は騎士としての参加じゃないのかしら。
それにしても本当に素敵な方ねぇ。
一緒にいる女性は誰?
クレス様に妹なんていたかしら?
嘘でしょう!? まさかクレス様の恋人?
婚約者なの? でも……
そうよ、あんな魔導師いたかしら?
ああ……でも本当に素敵……羨ましいわぁ。
「…………」
などなど。
一斉に刺さるような視線を浴びて、ひそひそとそんな囁き声が聞こえてくる。
うう……。予想はしていたけど……予想以上なんですけど。
うっとりと熱い眼差しでクレスを見つめるご令嬢たち。
じっとりと妬ましい視線を私に向けるご令嬢たち。
わかります。格好良いですもんね、彼。地位も名誉も実力も兼ね備えていて、顔も良くてスタイルも良いだなんて、どこぞの王子様かと言いたくなるけど、王族じゃないからこそ親近感も湧くし、パッと見は少しワイルドな雰囲気でちょっと怖いけど、クレスは笑顔だって簡単に浮かべて見せる。
そのギャップが堪らないですよね。わかります。私もです。
所々から女性たちの「はぁ〜」という感嘆の息が零れている。
きちんと正装していてもわかる引き締まった体躯に、そのシャツの下のたくましい肉体美でも想像して頬を染めているご令嬢もいる。
〝一生の思い出に、一度でいいからお相手願いたいわぁ〟なんて言葉も聞こえた。
あらあら。嫁入り前の(たぶん)お嬢様がそのようなことおっしゃってはいけませんよ。
わかりますけどね。でも婚約者だって初めて会った時に手当てをするために見ただけだから、それは勘弁してほしい。
あの時はオジサンだと思っていたから、非常に残念だ。私だって本当は今のクレスで脱いでみて、と言いたい。言わないけど。鼻血が出たら嫌だから。
それにしても、クレスにも聞こえてるよね? と思い、ちらりと隣を見上げる。
「……」
私にそのたくましい腕を差し出している人は、やっぱりいつもの可愛いクレスと少し違う。
凛々しく眉を寄せ、口元を引き締め、隙のない表情で真っ直ぐ前を見据えている。
……とても格好良い。
これは注目を集めるわけだ。女性なら誰しも見惚れてつい、「抱いて〜」と言ってしまいたくなる気持ちもわかるわ。
色気がダダ漏れなのだ。
クレスはエーリッヒ殿下付きの騎士だから、本来なら護衛を務めなければならない。だけど今日は殿下の強い意向で、彼は友人の一人として参加することになった。
だから婚約者として私をエスコートしてくれているわけだけど、クレスが魔導騎士でその結婚相手は魔力持ちだということも有名らしい。
魔力持ちの者はほとんどが既に王宮に仕えているようだから、新顔の私に皆が驚くのも無理のない話だ。
「ルビナ、足元気をつけて」
「はい。ありがとうございます」
階段を前に優しく声をかけてくれたクレスに、思わず敬語になってしまったのは仕方ないと思う。
いつも誤字報告、感想、評価、ブックマークありがとうございます。
妹回が終わったらなんだか第二章が終わったくらいのやり切った感がありましたが、また気を取り直して続き書いていきます。
よろしくお願いいたします!




