50.妹の真実・後編
――イナに伝えなきゃ。
クレスの話を聞いたあと、それをイナにも伝えるため、私たちは彼女をエンダース邸の広間に呼び出した。
クレスが言うのだから本当なのだろうけど、確かに私も気がついていなかった。それにすっかり忘れていた。話を聞いた今でも思い出せないし、まだ少し信じ難い。
「なんですか? お姉様、お義兄様。こんなところに呼び出して」
きょとんとした顔で私たちに視線を向けているイナの顔は、やっぱり今日も可愛く見える。
「イナちゃん。落ち着いて聞いてほしい」
「はい、お義兄様」
そんなイナに向けて、クレスが口を開く。
「君には魔法がかけられている」
「……魔法?」
クレスの言葉を聞いても、イナは何のことだかわかっていないような顔で聞き返した。
やはり、イナ自身も無自覚なのかもしれない。
「君は今までその魔法の下に生きてきた。いつからなのか俺にはわからないが、おそらくとても長い年月をその魔法の下に過ごしてきたはずだ」
「……」
続けられたクレスの言葉に、イナは何かを考えるように眉を寄せて視線を下げた。
「しかしその魔法には代償が伴う。だから解いてあげなければならない」
「……」
イナは黙り込んでいる。
もしかしたら、何かを思い出しているのかもしれない。
「今から俺がそれを解くけど、いいね?」
そう言って、クレスは手のひらをイナに向けて翳した。
「待ってください……!!」
だけどその時、突然イナは大きな声を張り上げて不安げにクレスを見つめた。
「それを解くと、私はどうなりますか……?」
「今の君ではいられなくなる。本来の君に戻るんだ。薄々思い出してきたか? だが解いてやらなければ、君は死んでしまうよ」
「……」
はっきりとその代償を告げたクレスに、再びイナは言葉を失い、黙った。
「では始めるぞ」
クレスの静かで重たい声が辺りに響く。
イナに向けて手を翳し、意識を集中させているクレス。
対するイナは顔を両手で覆い、小さく呻き声のようなものを漏らした。
「う……、あ……ダメ、やめて……!」
「……っ、抵抗するな」
やがて、イナから何か黒い影のようなものが吸い出されるように浮かび上がってきた。
クレスも少し辛そうに顔を顰め、それを続けている。
私はただ息を飲んで二人を見守ることしかできない。
それでもそんなに時間がかからないうちに、それは終わった。
イナから出た黒い影のようなものはクレスの手によって打ち消される。
「……イナ」
「……」
そして、それと同時に思い出す。靄がかかっていたのが晴れていくように。今までどうして忘れていたのかが、不思議なくらいだ。
そうだ……。確かに私は忘れていたようだ。
イナの顔が、本来誰に似ていたのかを。
俯いて顔が見えないイナにそっと歩み寄る。
母親そっくりの綺麗な金髪は、まるで人形のように美しい。
母親そっくりの菫色の瞳も、宝石のようだった。
そして、その顔立ちはとても父に似ている。
「イナ、」
「……お姉様」
私の呼びかけに頭を持ち上げたイナの顔は、すっかり生まれた時のものに戻っていた。
そうだ、イナが母親に似ているのはその髪と瞳の色だけ。
顔立ちが母親に似ているのは私の方。
母親似の私に、幼いイナは「お姉さまはお母さまに似ていてずるいです。わたしもほしいです」と言っていた。
父は母の髪と瞳の色を持ち、自分に似たイナをとても可愛がっていたけれど、イナが欲しかったのは母親に似た美しい顔だった。
「……私は」
「君は自分に魔法をかけていたんだよ。母親からの魔力は君も少しだけ受け継いでいたようだね。だけど自分にかけたその魔法は呪いに近いものだった。外見を美しく見せ、人々を魅了するが、その代償は君の寿命だ。そのままでは君の命はその呪いとも言える魔法に食い尽くされるところだったんだ」
「そんな……」
やはりイナには自覚がなかったのか。
いや、私や父が彼女本来の顔を忘れてしまっていたように、自分自身にも今の顔が本当の自分の顔だと言い聞かせ、そう思い込んでいたのだろう。
それもある意味彼女の魔法だ。
ワルターもイナに魅了されていた。
彼が突然呪いでも解けたみたいに私に謝ってきたのは、一時的にイナの力が弱まり彼への魅了が解けたからかもしれない。
あの時は突然言うことが変わったワルターに、呪いが解けたのか、頭でも打っておかしくなったのかと思ったけど、彼は本当に魔法にかかっていたのか。
「……私、本当はこんな顔だったのね……」
イナは震える手でポケットから手鏡を取り出し、自分を映して呟いた。
「ああ……そうだわ。お母様に似ているのはお姉様の方だった……。私は平凡な父似……私はそれが羨ましくて――」
鏡を手の中から落として、イナは肩を震わせた。
「……可愛くなければ、なんの意味もない! こんな、ブス……死んだ方がマシよ……!!」
そしていつもの涙も見せずに、声がちぎれそうなほど叫んだ。
イナはいつも私のものを欲しがった。私が持っているものを羨ましがった。
物心がつくかつかないかの時に母親を亡くしてしまったイナは、私の中に母親を見ていたのかもしれない。けれど私は彼女の姉。その根底には劣等感のようなものが常にあったのか……。
「貴女はブスなんかじゃない。顔が可愛いだけを生きている理由にしてはダメ。誇りを持ち、自分に自信が持てるような生き方をしてほしい」
「お姉様に何がわかるのよ!! 生まれつきお母様に似て美人で! 今だってクレス様の寵愛を受けて!! いつもいつも羨ましかった! 私よりお母様の愛情をもらっていて、ずるいと思ってた……!!」
すべてのものを手放してしまったのだと嘆くように、イナは声を荒らげた。
「ルビナは本当にずるいと思うか?」
そんな彼女に私より先に言葉を返したのはクレスだった。
「え……?」
「ルビナは確かに美しいよ。だがそれをひけらかしていたか? 美人だからと何もせずに俺の気持ちを……君が羨むものを、手に入れてきたと思うか?」
「……」
その言葉に、イナは黙り込む。
もう彼女にもわかるはずだ。
確かに母と過した時間は二年だけ私の方が多い。
母はもういないから、その二年間はどうしても縮まらない。
だけど、そのことにいつまでも執着していては先に進めない。そういう考え方が、私とイナとの決定的な違いだ。
「っ……だけど、可愛くなかったら、私なんて、」
「見た目ではなく中身をきちんと見てくれる人と付き合っていけるのだと思えば、それはとても素晴らしいことよ」
「……」
「怖いものなんて何もないじゃない」
すべてを失ってしまったと思うなら、あとは新しく手に入れていくだけ。
これからどんな素敵なものと出会えるのかと思えば、そんなの、楽しみでしかないわ。
「でも、だって……、私は……!」
「少なくともここにいる人たちは誰も貴女のことを見た目で判断していないわよ? 誰か可愛い貴女に優しくしてくれた?」
「……」
そこでようやくイナは何かを察したように言葉を飲み込むと、今度は一心に私の瞳を見つめて声を詰まらせながら言った。
「……っ私は、今まで……っ」
一瞬にして彼女の顔が真っ赤になる。
堪えきれないと言うように嗚咽を上げながら泣くイナは、小さな声で〝ごめんなさい〟と謝罪の言葉を涙と共に零した。
可愛い顔……彼女の唯一の武器と共に、十数年間自分にかけていた呪いが消え、何かを吐き出すように本物の涙を溢れさせる。
ふと、私は母親のことを思い出した。
とても優しく、温かい人だった。
母が生きていたら、イナになんて言うだろうか。
……それを一瞬考えて、すぐにやめた。
イナには強く生きてほしい。
自分で考えて行動できる人になってもらいたい。
次回から、王子やらクレスの従妹やらを描いていきます!
ここまで読んでいただきありがとうございます。




