45.その根性叩き直さなきゃ
ともかく、この子はもう本当に行くところがないのだ。口では私に会いたくてと言ったけど、どこまで本気かはわからない。
結局本当に頼れる相手は姉だけだったのだろう。
「それで……自分の意思でワルターと婚約して、彼と二人で生きていくつもりで私を追い出した貴女が、今更〝助けて〟の一言でその私に助けてもらえると思ったの?」
私の言葉に、不満そうな顔をするイナ。
妹だから、そんなの当然だとでも思っているのだろう。
「あの時はそうでしたけど……でも、ワルター様が捕まってしまったので、もう無理じゃないですか! ワルター様が殺人未遂なんて犯すからいけないのです!! 私は、何も悪くありません……っ!」
うるうると瞳を潤ませて声を張るイナ。そうすれば、今までは乗り越えて来れたのだろう。あー羨ましい。
「私のように親に決められた相手ではなかったのよ。貴女が望んで彼と結婚すると決めたんでしょう?」
「そうですけど……でも、こんなことになるなんて……、本当に思わなくて……っ」
ぽろぽろと涙を流しながらイナは言った。
また泣く……。
泣けば甘やかしてもらえると思っているのね。そもそもそこが甘いのよ。
ここは姉として心を鬼にして言ってあげないと。
「それで?」
「……えっ?」
「こうなると思っていなくても、なってしまったわ。それで、どうしようと思ったの?」
「……」
「人のせいにするのは簡単よね。それで気が晴れた? それで頑張れるのならそうすればいいわ。だけど私を追い出したくせに、困ったから助けてと言うだけで本気で助けてもらえると思ったの?」
一ミリも憐れむ態度は見せずに、はっきりと言ってあげる。
それが意外だったのか、予想していなかったのか、イナは言葉を詰まらせた。
「だって……それは……」
「私が〝かわいそうに〟と言うとでも?」
鼻をすすって、イナは一瞬私の隣にいるクレスに助けを求めるように視線を向けた。
けれど腕を組んで静かに話を聞いているだけのクレスから救いの手が差し伸べられることはないのだと悟ると、彼女は俯いて小さく白い手をぎゅっと膝の上で握りしめた。
「……だって、私の姉だから……。私にはお姉様しか頼る相手がいないんです……。それに、ワルター様は元々お姉様の婚約者でしょう? ワルター様の心を繋いでおけなかったお姉様にも原因はあります……」
まだ言い返してくるのか。
そういう気の強いところだけは私と似てるなと思うと、少しだけおかしかった。
「そうね。彼のことは仕方ないと思ってる。でも貴女はちゃんと覚悟を持って彼と婚約をしたのか聞いているのよ。私のせいにしないで。自分で選んだ道なのだから」
「……」
瞳を真っ赤にして涙を流すイナは、本気で泣いているようだった。いつもの同情を誘うための泣き真似ではなさそう。
「酷いです……どうしてそんなに冷たいことを言うの? 妹が困っていたら、姉は助けるものでしょう?」
「私を追い出したのも貴女の意思よ。間違っていたと思うなら、ただ助けてと甘えるだけで助けてもらえるほど世の中は甘くないということを知りなさい」
「……うぅっ」
ここに甘い男がいたら、ハンカチでも差し出してまた甘やかすのだろう。
でも、クレスは腕を組んだまま黙って私たちの会話を聞いているし、後ろに控えているニコラスさんも何の動きも見せない。
私を信頼し、すべて任せてくれているのだ。
クレスやニコラスさんが見かけに惑わされるような男ではなくて良かった。
「ごめんなさい……、怒らないで……っ。私、どうすればいいの?」
ぐすっぐすっと鼻をすすってやっと謝罪の言葉を口にしたイナに、私ははぁ、っと息を吐いて真っ直ぐに彼女を見据えた。
「働いてもらうわ」
「……え?」
「男爵の仕事が無理なら、他の仕事をしてもらう」
「仕事……?」
鼻も赤くして私を見上げるイナに、こくりと頷く。
「この家で使用人の仕事をしてもらう。人手が足りていないの。もしそれが嫌なら、ここには置かない。他を当たって」
「使用人……? 私がですか!?」
「そうよ。――メリ」
声をかけると、ニコラスさんの隣に控えていたメリが前に出た。
「彼女がメイド長のメリ。彼女に色々と聞いて。メリ、どんな仕事でもいいから、なんでもやらせてあげて。迷惑をかけるようならすぐ私に教えてほしい。クレスも、それでいいかしら?」
彼らの顔を見て問えば、クレスもニコラスさんもメリも、皆納得するように頷いてくれた。
クレスはこうなることを予想して、先触れが届いた時点で私が許すのならイナをこの家に置いても良いと言ってくれていたけど、その厚意に甘えてただで彼女を住まわせる気はない。
「メリよ。よろしく」
そして、イナに向かっていつもの感情の読めない顔で挨拶をしたメリだけど、無表情の中に今日はなんとなく燃えているものを感じた。
もしかして、出来の悪い後輩を育てることに熱くなるタイプ?
イナも何かを悟ったのか、「お姉様……」と不安そうに私を見つめてきた。
そんな目で見ても、甘やかす気はないわよ。
――こうして、イナはエンダース邸で使用人として働くことになった。
こんなに立派な屋敷で働けることに感謝してほしい。さすがに出て行けばどうなるかくらいは想像できるだろうし、掃除や料理なども学べるなんて、一石二鳥だ。
……やっぱり少し甘やかしすぎたくらいかもしれない。
けれど、そんな甘い仕事をさせる気はないことはしっかりとメリに伝えた。
彼女はやはり、「育て甲斐がありそう」と口元に笑みを浮かべていた。
私でもちょっと怖かった。根性の腐ったイナには丁度いいと思う……。
イナの教育は基本的にはメイド長のメリに任せるけど、私も責任を放棄する気はない。
もちろん最後はイナ次第だけど、少しくらいなら付き合ってあげるから、生まれ変わりなさい。
そんな思いで妹にチャンスを与えた。
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