32.許し難い言葉
何言ってるの? どうしてさっきからそういう発想にしかならないの?
私には気持ちがないとでも思っているの?
「あんな冷たくて怖い男のところには、本当はいたくないだろう? 酷いことをされているんじゃないのか? 僕ならもっと優しくしてあげられるよ」
そう言うと、ワルターは今まで私に見せたこともない甘い笑みを浮かべながら距離を縮めてきた。
殴られるわけではなさそうだけど、気味が悪い。
反射的に身構える。
「僕は心が広いからね。君が傷物でも構わないよ。さぁ、あの男に何をされたのか話してごらん?」
そして、この家の使用人たちには聞こえないよう、小さく囁かれた言葉に私の肩はピクリと揺れた。
ああ……、もうダメ。
ごめんなさい。
「いい加減にしてください。性根の腐ったケダモノは貴方の方でしょう? ワルター・スタントン」
「……ルビナ?」
私より少し背の高い男をきつく見上げて、はっきりと言葉を紡ぐ。
「貴方ほどの勘違い男には初めて会いました。本当に幻滅です。私が貴方と結婚することは死んでもありません。本当は妹にも結婚させたくないけど、それは貴方を選んだ妹にも責任があるので仕方ないでしょう」
「……っなに?」
堰を切ったようにどんどん言葉が出てくる。
きっとこの二年間溜まりに溜まったものが溢れているのだろう。
「貴方のようなクズがクレスのことを語る資格はありません。あの方はとても真面目で、義理堅く、真っ直ぐで、お優しい人です。貴方とは正反対の人間です」
「……っルビナ」
「おわかりいただけましたら、もう二度とこちらへは来ないでください。エンダース邸が穢れます」
ふんっと鼻を鳴らして言いたいことを言い切ると、目の前のワルターがぷるぷると小刻みに震えながら顔を赤くしていった。
「……この……っ、調子に乗るなよ!!」
「……!」
そう言った途端、強く肩を掴まれ、そのままの勢いで後ろに押し倒される。
強くおしりと背中を床に打って痛みが走ったけど、頭を打つのはなんとか避けられた。
ほら、本性が出た……。本当にクレスとは真逆のケダモノよ。
「どうせあの騎士に身体を売ってるんだろ? お前、スタイルだけはイナよりいいからな」
「……っ」
遠くからメイド仲間の悲鳴が聞こえる。ニコラスさんとメリの姿は見えなかったけど、誰かがすぐ呼びに行こうとしているのがわかる。
それにしても、本当に信じられない。こいつの頭の中、どうなってるの?
「娼婦みたいな真似をして、侯爵家に取り入るとは考えたよな。だがあの騎士の妻になるのは無理だぞ。わかってるのか?」
とても冷たい口調と表情だった。
でも最後の言葉には、私の胸がズキンと抉られるように痛んだ。
「そんなの……、わかってるわよ!」
私は男爵令嬢、クレスは侯爵令息。身分が釣り合わないのは承知している。
でも、あんたにわざわざ言われたくない。
「……じゃあ妾にでもなるつもりか? あの男はそんなに良かったのか。何をされたか知らないが、僕を選んでいれば君を一番に愛してやったのに!」
「私を押し倒しておいてそんな偉そうなこと言わないで! 私のことを使い勝手のいい使用人だと思っているのは、貴方の方なんだから」
「……まぁいい。どうせああいう男は裏で悪いことをしているに決まっているからな。そのうち罪が暴かれて、牢屋にでも入れられるさ。そしたら君も終わりだぞ。ルビナ」
「…………は」
「だからそうなる前に戻っておいで。なんなら君がされたことを告白して訴えるといい。賠償金が取れるかもしれないぞ。今すぐ謝るのなら許してやる」
「…………っ」
呆れて言葉が出ない私に、彼は何を勘違いしたのか得意げに続けた。
その言葉に、私の中で何かが音を立てて切れた。
「ね? 僕がついていてあげるから大丈夫。一緒に帰ろう」
マウントを取り、すっかり調子付いて顔を寄せ、耳元でそう囁いたワルターを前に、私の中から何かが溢れ出した。
許さない……!!
そう思った瞬間には、すぐ目の前にあったワルターの体が後ろに弾け飛んでいた。
「……っ、なんだ……!?」
「訂正して」
「……は?」
「訂正しなさい!!」
怒りの感情だけが込み上げてくる。
これ以上クレスを侮辱するようなことを言われたら、この人を殺してしまうかもしれない。
「……お前、今何を」
立場は一気に逆転する。尻もちを突いているワルターは、何が起きたのかわからないというような顔で、立ち上がった私を見上げていた。
「……ルビナ」
他のメイドに呼ばれて駆けつけてくれたメリが、一定の距離を保って私の名を呼んだ。
魔法を使ってしまった。
母に言われたとおり、今まで誰にも言わずに来たのに。よりによってこの男の前で使ってしまった。
けれどもう構わない。私のことはどんなに見下してもいいけど、クレスのことを侮辱することは絶対許さない。
「訂正して。クレスはそんな人じゃない。貴方とは違う。何も知らないくせに、勝手なことばかり言わないで!」
「……っ、なんなんだよ、お前もグルになって――」
ワルターがまた何か言おうとした。
その発言によっては、命がなくなるかもしれないということをまだ理解していないようだ。馬鹿は怖いものなしってことね。
だけど、ワルターが言葉を言い終える前に、勢いよく玄関の扉が開けられた。
「ルビナ!!」
「……クレス」
そこに現れた人物を目にした途端、私の中から憤怒の感情が一気に引いていった。
誤字報告ありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想とてもありがたいです!
第一章はまもなく完結しますので、もう少し勘違い野郎にお付き合いくださいませ。




