25.クレスの事情5
誤字報告ありがとうございます。
「……ああ、困った」
「人の部屋で死にそうな声を出すのはやめてくれ」
翌日、俺は友人でもあるこの国の第一王子、エーリッヒの執務室で頭を抱えながら座り心地の良いソファーの上で唸っていた。
「で、何が困ったんだ」
「聞いてくれるか?」
「聞くまでやめないだろう、お前」
そんな俺を無視し続けていたエーリッヒだったが、とうとう俺の向かいにドカりと腰を下ろすと、長い足を組んで面倒くさそうに聞いてきた。
「……俺はどうしたらいいんだ」
「だから、何が」
「……彼女に惹かれている……」
はぁぁぁと深く息を吐きながら白状すると、エーリッヒは輝く金髪をくしゃくしゃと掻いてから「やはりそのことか」と呟いて俺を見据えた。
「お前にできることは二つだ」
「……」
「一つは、彼女を側妻として置くこと」
「そんなことできるか……!」
「二つ目は、父上をなんとか説得して彼女を正妻として迎えることだ」
エーリッヒの力強い碧眼を見ながら、俺だってそれができるならそうしたいと思った。
だが、元筆頭魔導師のエンダース侯爵を説得するのはかなり骨が折れるだろうと、我が父ながら頭を痛める。
魔力……ルビナに魔力さえあれば、済む話なのに。
男爵家であることはそこまで気にしないだろう。だが父は、俺にも俺の子供にも、この国の筆頭魔導師になってほしいと望んでいる。
そのためにはやはり魔力持ちの女性との結婚が求められる。
片親だけでも魔力があれば子に引き継がれる可能性はあるが、確実とは言えない。
「……諦めろとは言わないんだな」
「そんなこと言ったってどうせ無理だろ? 俺だって一応お前のことを何年も見ているからな。どれだけ本気なのか、お前よりもわかっているつもりだぞ」
「……そうか」
彼の言うとおり、今まで女性にここまで本気になったことはない。
女は嫌いじゃないし、当然好きだが、そこまで深入りした関係になったことはない。
どうせ結婚相手は魔力持ちではないとダメだということは俺も相手もわかっていたから、お互い深く干渉することはなかった。
俺もそういう女性しか相手にしてこなかった。
だが、従妹のマルギットは嫌だ。
結婚するなら魔力持ちという条件だけではなく、きちんと愛せる女がいい。
残念ながらマルギットは愛せない。
彼女は性格が悪すぎる。
「しかしお前がそこまで悩むとはな。そんなにいい女なのか? そのルビナという娘は」
「それはもう……殿下にも紹介したいですよ。俺の恋人として」
「……ふぅん。会ってみたいな、お前をそこまで骨抜きにする女に。彼女のどこがそんなに好きなんだ?」
エーリッヒには婚約者がいる。第一王子だから当然だ。戦争も終わったし、もうじき結婚する。
彼の婚約者は家柄も良く、悪い噂がない公爵令嬢だ。
そんな彼も、あまり女というものに深入りせずに生きてきている。
だから俺の気持ちがわかるのだろう。
「それはもう……全部。としか言いようがないな」
「……そんなつまらん回答は求めていない」
「……では一つ一つ答えよう。まずはその性格だな。騎士にも物怖じせず堂々と手当てをしてくれたところからまず好感が持てた。それもとても優しい手付きだったし、作ってくれたスープも美味かった。毎日食いたい。あと頼んでもいないのに汚れていた俺の体も拭いてくれたんだ。気遣いのできる女だ」
「……やっぱり最初から惚れてたんじゃないか」
「それからクズ同然の婚約者と手のかかる妹に酷い目に遭わされていたにも関わらず毅然とした態度でいたこと、俺を金目当てで見ないこと、疲れているときは何も聞かずにそれを察して労ってくれる。いつも気さくに笑って話してくれるところも好きだし、はっきりものを言ってくれるところも良い。一生懸命なところも好きだな。あと美人だし、笑った顔がとても可愛らしい。それに唇が色っぽくて……そっちも意外とある」
昨日のカフェでのことを思い出し、俺の体は再び熱を帯びた。
「ああああぁぁ!!」
と悶えて頭を抱える俺を、エーリッヒは冷めた目で見つめた。
「……相当重症だということはわかった。〝頑張れ〟としか言いようがないな」
「最悪殿下の力でなんとか……」
「アホか。そんなことに力を行使したら王位継承されなくなるぞ! それよりお前こそ、その魔力で惚れ薬でも作って飲ませるか、魅了魔法でも使ってしまえばいいだろ」
「ななな、何を言うか!! それこそ、そんなことをすれば勘当されて……いや、それも手か? ……いやいやいや、何より彼女に失礼だ!!」
「……冗談だから、そんなに興奮しないでくれ」
はぁ、と呆れ気味にため息をついて、エーリッヒは執務机に戻った。
「まぁ、好きなだけ悩んでくれて構わないが、答えは一つだと思うぞ?」
「……」
〝父を説得する〟
彼はそれを言っているのだろう。
やはりそれしかないか。
俺がここまで思い悩む以上、もうそれ以外に道はないのかもしれない。
俺の気持ちはこんなに大きくなってしまっているんだ。
どうせ近いうち、抑えが効かなくなるのは目に見えていた――。
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