21.訪れた元婚約者
クレスの休みの日、約束通りの時間にワルターはエンダース邸にやって来た。
「ルビナ……! お前、本当にエンダース侯爵の家で働いているのか……!?」
「はい」
応接室で待っていた彼は、クレスと並んで現れた私の身形が以前よりも綺麗に整っていることにまず驚愕したようで、目を見開いたあと悔しそうに奥歯を噛み締めた。
そんな彼は私とは逆に、以前より疲弊しているせいか髪に艶もなく、目の下に隈を作り少しやつれたように感じる。
裕福ではなかったと思うけど、仮にも子爵家の息子のはずなのに……しばらく実家にも帰っていないのだろうか。
つまり、ずっとあの家で妹と暮らしているのね。
まぁ、仲良くやっているのなら何よりですこと。
「……できれば、ルビナと二人で話がしたいのですが……」
俯き気味に発せられたワルターの言葉に、私はクレスと目を合わせて頷いた。
クレスは「何かあったらすぐに来る」と耳元で言い残すと、ニコラスさんと共に隣の部屋で控えることになった。
もちろんこの部屋の扉は開け放たれたままだから話し声は聞こえるかもしれないけど、他人の目がないだけでもワルターは話しやすいだろう。
それで、なんの用? 謝罪なら早くして。そこに頭を擦り付けて泣いて謝れば許してあげるから。
ソファーに腰を下ろし、目の前で拳を握りしめて小さく震えているワルターを見つめながらそんな言葉を頭の中で思い浮かべる。
「……さぁ、人払いなら済んだわよ」
謝罪なら早くしてさっさと終わらせましょう。
そう思って淑女らしく堂々と背筋を正して彼を見据えたけど、背中を丸めて震えているワルターの口を衝いて出た言葉は、私が想像していたのとは違うものだった。
「ルビナ! お前、あの家の金を持って行っただろ……!!」
「…………は?」
何言ってんの、この男。
そんなことを言うためにわざわざ来たの?
突然勢いよく立ち上がり、息巻いた様子で私にビシッと人差し指をさしてそう言い放ったワルターに、一瞬唖然として言葉も出ない。
「ふっ……図星のようだな。驚いて言葉も出ないか。僕が気づかないとでも思ったか!!」
「……」
いやいや。そんなキメ顔で言われても。
そんなことするわけないし、っていうかいきなり婚約破棄されてそのまま家を追い出されたんだから、荷物なんてひとつも持って来られなかったし……!!
そんな哀れな女を盗人呼ばわりするなんて……本当にこの男はどこまで最低を積み重ねれば気が済むのだろうか。
そんな思いで、頭を抱える。
「金だけではなく、調味料も持ち出したようだな! まったくせこい女だ。うちには塩しか残ってなかったぞ!!」
「……私は何も持ち出したりしていません。それにうちには元々塩しかなかったわよ」
呆れながら淡々と事実を述べれば、そんな私の態度が気に食わないのか、ワルターは少したじろいで口を開いた。
「なに……?! そ、そんなわけないだろう! 同じように野菜を煮ても、お前が作っていたものとは全然味が違うぞ! 何か違う味付けをしていたのだろう!」
だからイナに料理を教えようとしたのに……。
それにしても、それだけを理由に私が調味料を持って行ったと決めつけるなんて、本当にひねくれた考えだ。
こめかみを押えて、深くため息を吐く。
この人は素直に私に感謝しようとは思わないのだから逆に凄い。
本気で言ってるのだろうか?
「塩だけよ。香草を使ったり、野菜によって入れる順番や煮る時間を変えていただけ。あと切り方も工夫していたわ」
「それだけであんなに変わるわけがないだろ!」
「そのひと手間が大事なのよ」
「イナが作ってもさっぱり美味くならない! お前が作ったスープのようには――」
勢いでそこまで言うと、ワルターはハッとして顔を赤らめた。
「なに?」
私の料理がなんだって? 素直に言ってみなさいよ。
「と、ともかく! お前があの家から持って行ったものを返してくれ!」
「だから、何も持って行ってない。なんなら私の荷物でも持ってきてくれたのかと期待したけど……私が馬鹿だったわね」
手を上げて、はぁ、と大袈裟にため息を吐いて見せると、ワルターは屈辱そうに益々顔を赤くした。
「く……っ、どんな手を使ってエンダース侯爵の息子に取り入ったのか知らないが、あまり調子に乗るなよ!」
「どんな手もこんな手も、今まで貴方たちの面倒を見てきた経験が役に立っているだけよ。その点だけは感謝するわ。貴方が婚約破棄してくれたおかげで、私は今とっても充実した毎日を送れているの。ありがとう、ワルター様」
彼のことをそんな風に名前できちんと呼んで、笑顔まで浮かべたのはいつぶりだろうか。
だけどさすがに皮肉で言ったのがわからない程馬鹿ではなかったみたい。
私の笑顔を見てカッとなった彼は、ついに手を振り上げた。
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