15.侯爵家での生活
「おはようございます! さぁ、朝よクレス。起きてちょうだい」
クレスの身の回りのお世話をするのが私の仕事だ。
掃除、洗濯、炊事、なんでもござれと気合十分で、執事のニコラスさんが用意してくれたメイド服を着て翌日から早速クレスを起こしに行ったけど、彼は私の格好に眉を顰めてこう言った。
「ルビナ……その格好はなんだ」
「メイド服よ? ニコラスさんに用意してもらったの! 似合う?」
「うん……かわい……んんっ、似合っていないことはないが、君がそんな格好をする必要はないぞ?」
まだ少し寝ぼけたような顔で何か言おうとしたのを留め、わざとらしい咳払いをするクレス。
今、可愛いって言おうとした? ねぇ、可愛いって言おうとしたよね?
「……どうして?」
そこを突っ込みたくなった気持ちを抑えて、後に続いた言葉の方へ疑問を投げる。
「それではただの使用人と同じじゃないか。君は使用人とは違う」
クレスはよくわからないことを言った。
私は使用人だ。
クレスの身の回りのことを行う侍女のような、秘書のような立場だけど、使用人であることに変わりはないはず。
「うーん……。ほら、君は俺専属の世話をしてくれるだろう? だから、それなりの格好をしてもらうよ。ニコラスにもよぉーく言っておく。服はすぐに用意するから、その間だけその格好を許そう」
私が不思議そうに首を傾げれば、クレスは口元に手を当てて考え込むようにそう言った。心做しか目の下が少し赤い気がする。
そうか。クレスのお世話係が、他の使用人と同じ格好ではクレスの品格を下げてしまうということだろうか?
……外出するわけではなかったら、そんなことはないと思うんだけどなぁ。
ともかく、主がそれを望むなら従おうと、その場は頷いて本日のお召し物をお渡しした。
起床時間はその日のクレスの出勤時間によって多少前後するけれど、毎日言われた時間にきっちり彼を起こしに向かった。
朝食を召し上がっていただいたら笑顔で仕事へ送り出し、その間に彼の部屋の掃除を行う。
クレスの私室は三部屋が続いており、入口側から執務や私的な客室として使っている部屋、個人的な居室、寝室と並んでいる。寝室に置かれた天蓋付きの寝台は、王様用かと思ってしまうほどに大きく立派だった。
それに、寝室には浴室が繋がっており、シャワールームも備わっていた。
クレスの部屋はとても広いけど、言うほど散らかってはいなかった。
執務机には書類が積まれていたけれど、脱いだ服が散乱しているということもない。
自分のことは自分でするつもりだったとはいえ、さすがにある程度のことは使用人の方がやってくれていたのだろうけど、これからは私の仕事だ。
埃を落として、拭き掃除をして。一通りお掃除を終えるとゴミをまとめ、シーツを替えてベッドメイキングをし、彼の寝間着と共に洗濯係の者へ引き継ぐ。
クレスの部屋の掃除が終わればもう私の自由時間だった。
クレスが帰ってくるまで好きにしていいと言われると、逆に何をしていいかわからなくなる。
そうそう、動きが取りやすいようにと、私の部屋は二階にあるクレスの部屋の隣になったのだけど……。
クレスの私室程じゃないにしろ、そこが使用人の部屋としてはあまりに広く、寝台も豪華で、何かの間違いじゃないかと恐縮していたら、二日目の夜に寝室の横に扉があることに気がついた。
こちら側から鍵がかかっていたけど、寝室の奥にもう一部屋あるなんて、なんだろうかと思い開けてみたら……なんとそこはクレスの寝室に繋がっていた。
「あ……っ!」
「ルビナ……!?」
大きなベッドの上で、部屋着のクレスが寝転がり、本を読んでいた。
そんなプライベートな時間を断りもなく邪魔してしまったことへの申し訳なさと、私の寝室とクレスの寝室が壁一枚で隔たれているだけで、扉で繋がっていたという事実に驚愕して「失礼しました!!」と声を張り、私はすぐにその扉を勢いよく閉めて鍵をかけた。
つまり、私に与えられた部屋は侯爵家当主の妻となる者の部屋だったのだ。
クレスはまだ結婚していないとはいえ、その部屋を借りるわけにはいかないと、翌日クレスに抗議したのだけど……クレスは少し気まずそうに笑いながらも「気にせず使ってくれ。俺の方から入っていくことはしないから安心してほしい。ただし、鍵はちゃんとかけていろよ?」なんて言われてしまった。
問題が少しずれている……。
それでもこんなに立派な暮らしは初めてだし、当主の妻の部屋だなんて……と、最初の二、三日は恐縮しながら過ごしていたけれど、案外扉さえ開けなければまったく別の部屋だと思えたし、住み心地の良さに勝てず、素直にお借りすることにした。
もしクレスに結婚の話が出たら、部屋を綺麗に掃除して速やかに出ていこうと思う。
我ながらこの環境適応能力の高さには驚かされる。
仕事が済んだらクレスが帰ってくるまでの間、少し休憩をした。
私室で、ありがたく大きなソファーに寝そべって、ごろごろとくつろぎ、今までは飲んだこともなかった高級茶葉で淹れた紅茶を飲んで侯爵家での優雅な生活を楽しんでみたけれど、それもすぐに手持ち無沙汰になってしまった。
どうやら私は、ワルターや妹のおかげで何かしていないと落ち着かない性格になってしまったらしい。
なのでクレスが王宮にいる時間も、使用人に混ざって屋敷のお掃除をしたり、夜ご飯の仕込みを手伝ったりした。
元々使用人の数は少ないのだ。人手は多い方が助かるようで、皆私を歓迎してくれた。
でも予定より早くクレスが帰宅すると、エプロンを付けて働いている私の姿を見てため息を吐いていたので、「お給料をその分増やせとは言わないから!」と言っておいた。
「そういうことじゃない」と、やっぱり彼は少し不満そうだったけど。
そんな生活が、一週間ほど続いた。
とても充実した日々だった。メイド長のメリは私のひとつ年上で、すごく気が合った。
だから休憩時間に二人でランチを食べながらたくさんお喋りしたし、とっても仲良くなれたと思う。
「――ルビナはクレス様のこと、どう思ってるの?」
「え?!」
そんなある日、メリから放たれたその質問に、私の胸はドキリと跳ねた。




