閑話「父の自覚」
ファウルは思う。
自分は心のどこかで息子のことを気味悪く思っていたのだと。
息子と言ってもブレイヴのことではない。
あれは体こそ丈夫だがそれだけだ。
考えも浅ければ目先のことしか見えていない脇の甘さがある。
それだけあげつらねるとダメなように聞こえるが、若さとは時に無鉄砲なくらいがいい。
それがファウル持論だ。
落ち着きやら何やらは歳を重ねれば嫌でも身につく。
木に年輪ができ太くなるように、どっしりとしていくものなのだ。
ファウル自身そうであった。
むしろ無理と無茶と無謀。
そういうものは若い時にしかできない。
言葉で教えられない部分だとも考えている。
間違いなく多くの失敗と後悔に飲まれる性格だ。
だが、ゆえに簡単には折れない心を育む。
経験を積み、修羅場をくぐれば、ブレイヴもいっぱしの戦士になれるだろう。
そう確信を持って言い切れた。
だがウィルディーははじめからどこかがおかしかった。
何が、と聞かれるとうまく説明できない。
獲物を狩り、その日の糧を得て、先祖が守ってきたテリトリーを治め、家族を護る。
それだけを考えてきた彼にはその違和感を説明する言葉がなかった。
それでも本能的な部分で感じるのだ。
ウィルディーには強さだけでは説明できない部分がある。
瞳の奥に宿う知性がある。
それが核心に変わったのはウィルディーがぼや騒ぎをおこしたときだ。
アメリアは混乱のあまりわからなかったようたが、冷静だったファウルは気づいていた。
焼け跡からは魔術を使った痕跡が見つからなかったこと。
あきらかに意図があって組まれた草木が燃え残っていたこと。
そして――傍に黒い石が転がっていたこと。
人間がこの黒い石をぶつけて火をおこすことをファウルは知っていた。
だからこそこれを使ってウィルディーが火をおこしたのだとすぐに見当がついた。
ゆえに、疑問も生まれる。
どうして巣から離れたこともない当時のウィルディーがそのことを知っている?
――寒気がした。
森に住まうファウルたち一族は火を恐れる。
山火事ほど彼らにとって何もかもを奪うものはないのだからこれは本能に近い。
だが、ウィルディーはそれに逆らったのだ。
それどころか火を利用しようとさえしていた。
何の躊躇もなく本能の壁を乗り越えていたのだ。
自分にすらできなかったことをいともたやすく。
以来ファウルはさらにウィルディーを遠ざけるようになった。
自分のテリトリーを受け継ぐのもブレイヴに任せることにした。
体が弱く長くは生きられないと思い、ウィルディーの目付け役としてスーヤを押し付けることにした。
その日のアメリアの悲しげな視線を思い出すだけで胸が締め付けられる気持ちになる。
親から見捨てられた二匹の子がどうなるかくらいファウルにも想像はつく。
ファウルだって一匹の親だ。
息子や娘が可愛くないわけがない。
ただ二匹を可愛いと思う気持ちよりウィルディーを不気味に思う気持ちが勝っただけ。
群れの長として、不安要素を看過することはできなかった。
だがここでもウィルディーはファウルの予想を裏切った。
なんと三属性の魔術を自由に操るほどの成長をみせたのだ。
もちろんアメリアは教えていないだろう。
アメリアは気性の荒いファウルの妻であるのに、荒事の嫌いな心優しい奴だ。
わざわざ息子に力を与えるようなことはすまい。
つまり、独学なのだ。
たった一度アメリアの魔術を見ただけでその本質を理解したのだ。
……あきらかに異常だ。
魔術に詳しくないファウルにもそのことはわかる。
ウィルディーは隠しているつもりだったが、テリトリー内でファウルのわからないことはない。
自分の息子が息子以外の何かに見える。
いよいよ気味の悪さが恐怖へと変わろうとした時だった。
――ウィルディーがグリーンイーターを倒してきたのだ。
はじめは信じられなかった。
なにせグリーンイーターと呼ばれていた魔物はファウルにとっても仇敵だったからだ。
力こそたいしたことはない。
事実グリーンイーターの攻撃をファウルはくらったことはない。
だが自在に動く鎌と驚異的な回復力だけを武器に、森の入り口一帯の主にまで上り詰めた。
生き残ることに特化した強者であるのは事実。
実際、幾度となく挑み、挑まれ。結局勝敗はつかずに今に至る。
ファウル自身これ以上テリトリーを広げるつもりはない。
だが奴だけはいつか倒そうと心に誓っていた。
その相手が敗れた。
誰でもない、自分の息子の手によって。
あの魔物を倒したということは、ウィルディーは奴が持っていたテリトリーすべての長となったことになる。
それはファウルの持つものに匹敵する広さだ。
まだ大人となって時のたたない息子に追いつかれた。
確証もなければまだ確認したわけではない。
だが皮肉にも、今まで不気味でしかなかった息子の力が信じるに足る証明となった。
意外だったのは、
そのことを認めた瞬間、不思議とウィルディーへの負の感情は消えたことだ。
「そういうことだったのだな」
立場が対等となってはじめて気づかされた。
息子が自分よりも才能に優れている。
結局ファウルはそのことに嫉妬していただけなのだということに。
ファウルには三人兄弟の長男として生まれた。
そのすべてを力でねじ伏せ、テリトリーの長となった。
アメリアというメスをめぐって争い、その戦いにも勝利した。
その後テリトリーを追われた兄弟がどうなったのかファウルは知らない。
だが彼らの憔悴し帰る場所を失い去っていく後姿を見てから、一つの強迫観念にとらわれていたように思う。
世の中は弱肉強食。
自分は誰よりも、なによりも強くなくてはならない。
そうでなければ大切なものも、守るべき誇りも、場所も、家族も、すべてを失う。
そう思い続けてきた。そう思って張りつめ続けた。
だが、
「ウィルディーにはそう思わなくていいのだったな」
ウィルディー。二人目の息子。
体は小さいがその知性と魔術の才は想像をはるかに超えているであろう息子。
いまだにウィルディーのすべてはわからない。
わからないが、考えてみればわからなくて当然なのだ。
相手は別の生き物。
違う考えを持ち、違う価値観を持ち、違う信念がある。
それは他人だろうと家族だろうと同じこと。
だったら、もう疑うのはやめよう。
疑わずに信じることをはじめよう。
今まで放棄していたが、これからは息子をしっかり見て行こう。
いや、息子だけじゃない。スーヤ……娘もだ。
体が弱いと見限っていたが、ウィルディーと行動を共にするようになって少し変わった。
それはアメリアほど二人を見てこなかったファウルでもよくわかった。
ウィルディーと同じで、なにか才能があるかもしれない。
そう思うとウィルディーから同行の許可を求められても、たいして反発は感じず許可することができた。
「ファウル、なんだか楽しそうね」
「む?」
「頬、にやけてる」
巣の寝床。最近は一緒に寝るだけで会話もなかったアメリアが、楽しげに覗き込む。
「明日から二人のこともお願いね」
「ふん、スーヤはともかくウィルディーは心配ないだろうがな」
なにせファウルでも倒しきれなかった敵を倒してきたのだ。
これで「俺が守る」とは……少し前までなら言えなかった。
だが、いまは、
「安心しろ、これからは俺も奴らに生きる術のすべを教え込む」
「ふふ、そっかぁ」
嬉しそうに「くぅん」と喉をならし頬擦りするアメリア。
彼女が甘える時に出る声だ。
つがいになったころは毎夜聞いていた、ここしばらくなかった声だった。
「でも心配、ファウルって加減を知らないから。無茶させない? ブレイヴも毎日生傷が絶えないし……怪我が原因でウィルが死ぬなんてぜったい嫌よ」
「ふん、なにを言うかと思えば」
嫉妬はない、うす気味悪さも感じない。
あるのは、はじめて自分より才能があると思えた相手が、我が子だった喜びと期待。
「俺の息子だぞ?」
そう言い切れる自分が誇らしかった。
今日は短めです。明日は二話あげる予定です