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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第1章 はじまりの地《深き森》
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第5話「忙しくせわしないオオカミの日常」 前篇

 最近の生活は多忙のひと言につきた。

 その要因の一つはファウルの存在だ。

 日が天辺に昇るまでの間、俺は彼の狩りに同行するようになっていた。

 魔物との一件以来、ファウルの雰囲気は目に見えて軟化したように思う。


 いや、口調は変わらない。

 言葉は最低限しか口にせず、むすっと不機嫌そうな表情もいつも通りだ。

 それでも話しかければ答えてくれるし、反応が返ってくる。

 今まで無視していたことを考えれば大きな変化だ。

 なにより狩り場に連れ出されるようになって以来は、話す頻度が目に見えて増えた。


    ※


 ファウルの狩りをひと言であらわすなら――次元が違う、だ。

 俺が知っている『狩り』とは、全く別物というか。

 まず動きがオオカミ離れどころか生き物離れしているのだ。


 思い返せば元の世界で百獣の王と言われたライオンでさえ、一週間以上獲物を捕まえられないことはざらにあると聞く。

 考えてみれば、獲物も捕まらないように必死で進化を重ねているのだから当然と言えば当然だ。

 だがファウルは毎日のように新鮮な肉を持ち帰っていた。

 これだけでも十分優秀なハンターであることは容易に想像できる。


 たとえば、はじめてファウルの狩りに同行した日のことである。

 ビクビクと挙動不審なスーヤと、終始不機嫌そうなブレイヴも同行していたため、お世辞にも穏やかな狩りではなかった。


 だがそれもファウルが見本と評して動き始めるまでだ。

 最初、俺にはファウルが消えたように思えた。

 一拍遅れてパン! という破裂音のあと突風が襲う。

 気が付くと五〇メートルほど離れたところに、ファウルの牙が深々と突き刺さり首をへし折られ鹿の姿があった。


 まったく目で追えなかった。

 そもそもあの突風、あとから気づいたがソニックブームというやつではなかろうか?

 元の世界では戦闘機が音速を超えた瞬間くらいでしか見ることのできない物理現象を、生身で行ってしまう生き物がいる。

 魔術やら巨大カマキリを見てすでに崩壊して等しい俺の中の常識が、決定的な音をたてて崩れ去った瞬間だった。


「ウィルディー、お前もやってみろ」

「無理です」

「む……だが、やってみないことには」

「不可です」

「見本を見せただろう?」

「勘弁してください」


 きっぱりと言い切る。

 その時のファウルの表情は言葉では表現しづらい複雑なものだった。

 だが仕方がない。やれと言われてできれば苦労はないのだ。

 風魔術でブーストをかけ全力疾走すれば80キロかそこらは出てると思う。

 でも音速は無理だ。

 しかもトップスピードは数秒。

 そのあとクールダウンに一時間近く使うことになる。


 おそらくこの点はファウルも似たようなものなのだろう。

 普段と変わらない様子だが、その呼吸はかなり荒い。

 だがレベルが別次元すぎる。

 まさに見敵必勝、一撃必殺。

 どうやらそれがファウルの戦い方らしい。


(なるほど、カマキリとは相性が悪いわけだ)


 致命傷でも回復してしまう魔物を思いだす。

 一撃にすべてを賭けるファウルとは心底相性が悪かったことだろう。

 同時にあの勝利が偶然ではないにせよ、必然ではなかったことを改めて自覚する。

 ファウル程の力があっても倒しきれない魔物がいる。

 かと言ってその相手に勝てても、俺がファウルに勝てるビジョンは全く浮かばない。

 つまりジャンケンみたいなものだ。

 そう考えることで力を過信しないように努めることにした。


「まぁいい、ならせめて体の使い方を見て学べ」


 その動きが見えないんだよなぁ。

 見て覚えろ。俺も修行時代よく言われた言葉だから馴染み深い言葉ではあるけど。


(とにかく、一つでも盗める物は盗もう)


     ※


 さて、一方で兄ブレイヴについてであるが。

 ここ最近は俺を目の敵にするのがマイブームらしい。


 親の目がないところで後ろ蹴りしてきたり、ご飯に唾を吐いたりなどは日常茶飯事。

 ひどい時は獲物と間違えたなどと言いながら噛みついてくることもしばしばある。

 典型的ないじめっ子気質だ。


 常に自信がなく引っ込み気質なスーヤが、出会った当初から彼のことを苦手にしていた理由がやっとわかった気がした。何をされてきたのか想像に難しくない。


 とはいえ俺には魔術という力がある。

 だからいざという時は反撃できるぞという余裕がある。

 が、力のないスーヤには恐怖の対象でしかなかっただろう。

 あの図体の相手にちょっかいをかけられる。

 幼い子どもからすれば恐怖以外の何物でもなかったはずだ。


「まともに獲物も捕れないお前に俺が見本を見せてやるよ!」


 今日も今日で狩り場にて。

 ファウルが目を離した隙にブレイヴがしゃしゃり出てきた。

 どうもこの兄は父であるファウルをいたく尊敬しているらしい。

 彼がいるところでは絶対に発言しないのだ。


 ファウルたちとの狩りでは体を動かすことがメイン。

 そのため俺はなるべく魔術は使わない方がいいだろうと封印している。

 当然狩り成功率はがた落ちだ。

 彼からしてみれば「最近ついてくるようになったド素人」という印象なのだろう。

 

 まぁそのへんは仕方ない。

 実際、魔術を使わないと野兎一匹捕まえられていないしね。

 どこでも素人新人は目の敵になるもの。

 元の世界では修業時代、仕事もできなければ人格も歪んだ先輩を何人も見てきた。

 そういった連中との付き合い方やご機嫌捕りは熟知している。

 今更ブレイヴ程度子どもの癇癪と対して変わらない。


「はい兄様、ぜひ先輩としてコツを教えてください!」


 顔面に張り付けた笑みで持ち上げておく。

 すると目に見えてご機嫌になるのだからチョロい話だ。


「ふん、見とけよ」


 言うや否や走りだす。気づくと彼の口には鼠のような小動物が咥えられていた。

 ファウル程インパクトがあるわけでもないし、ドヤ顔をしている割に小物のようだが、


「流石です兄様!」


 そんなことおくびも出さず歓待で出迎える。

 しっぽを振って、地べたでも舐めますという平伏姿勢だ。

 ゴマする手があれば完璧な接待モードだったのだが致し方ない。

 その姿にさらに調子をよくしたブレイヴは、小物を自慢げに俺の前に投げ捨て、加虐心に歪んだ笑みを浮かべて鼻高々である。


「この程度もできないで父上の狩りについてくるなんて、おめぇは恥知らずだな!」

「そ、そんなことないです!」


 だが、それを良しとしなかった者がこの場に一匹いた。


「あァ!?」


 スーヤだ。目を潤ませ、悔しげに震え……いや、純粋に兄への恐怖で震えていたのかもしれないが、見ているこちらが可愛そうになるほど全身をこわばらせていた。


「ッ、にい、さんは、体はちいさいですけど、すごいんですから!」


 それでも健気にそう言い切ってくれる姿に、いつかのミーティアから戦闘で疲れた俺を守ろうとした姿を思い出した。

 瞬間、目から鱗が金太郎飴のように剥がれ落ちる。

 そうだ、なにをしているんだ俺は。

 元の世界では自分さえ我慢すればよかった。

 だが、ここには慕ってくれる妹がいるのだ。

 オオカミではあるが、ここでは双子という血以上に繋がった妹が見ているのだ。


 だったら情けない姿を見せてまで波風立てないことが絶対に正しいと言い切れるのか?

 否、断じて否である。

 妹にここまでされてはお兄ちゃんとして黙っているわけにもいかない。


「スーヤ、てめぇ――」

「兄様」

「あァ!?」

「見せていただくばかりでは不十分ですので、ぜひ僕の狩りも見てもらえませんか?」

「……あァ?」

「当然僕には兄様のような高等な狩りはできません。だから恥ずかしながら魔術を使ったものなります。お見苦しいでしょうが一度ご意見を頂けたら幸いです」


 下手下手に出ながら相手の様子をうかがう。

 ファウルは魔術を使えない。

 いや、使わないだけかもしれないけど俺の前で使ったことがない。

 ゆえにおそらくブレイヴの前でも同じなのだろう。


 ならば彼が憧れのファウルが使わない技術を見下している可能性は非常に高い。

 案の定、「ふん」と鼻を鳴らすと、吐き捨てるように言った。


「身一つで戦えないなんて惰弱の極みだな!」

「恐縮です」

「ふん……まぁチビなお前にはお似合いだな。いいぜ、見てやるよ」

「ありがとうございます」


 頭を下げながらウィルディーは不敵に笑った。

 数分後、ブレイヴが仕留めた鼠の横には丸々と太った猪が並んでいた。

 ブレイヴの態度がさらに攻撃的になったのは言うまでもない。


       ※


 一方で俺が手に入れたテリトリーでは、


「お? やっと来たわね」

「相変わらずくつろいでるなぁ」

「……」


 ちょうど魔物との戦闘があった崖のすぐそば。

 今日も今日とて森の中で高そうなドレスのままお手製ハンモックに寝ころび、本を片手に我が家のごとくくつろぐ金髪とワインレッドの少女、ティアである。


 助けて以来、彼女はこのテリトリーに住みついている。秘密基地感覚なのだろう。

 ちなみに彼女の周りにある家具は件の荷台から拝借し修理したものである。

 見た目は「箸より重い物は持ったことがないの」とか言いだしそうなお嬢さま然としているのに器用なものだ。


 とはいえ迷惑かと言われれば回答はNOだ。

 そもそもテリトリーと言っても、ほとんどをファウルのテリトリーで過ごす俺だ。

 感覚的には空き家を間貸しさせているにすぎないし、ゴミで散らかしてるわけでもない。

 むしろ率先して探検し地図まで作ってくれたおかげで、何があり何が取れるのかを把握できたまである。


 怒ったり注意したりできないギリギリの線をよく見極めている。

 悪ガキだけども憎めない。やることはしっかりとやっている。

 そんな要領の良さが彼女にはあった。

 この子の周りはさぞ苦労していることだろう。

 内心会ったことのない人たちへ同情してしまう。

 さて、そんな彼女のところにわざわざやってきたり理由はというと、


「じゃあ今日もはじめよっか、スーヤちゃん」

「…………………………よろしくお願いします」


 命を助けたお礼。

 それに俺はスーヤへ魔術を教えてほしいとお願いしたからだ。


     ※


 ――話は数日前にさかのぼる。

 スーヤの才能に気づいたのは魔物との一件のすぐ後のことだ。


「兄さん、スーヤにも魔術を教えてください!」


 ある日珍しくお願いしてきたスーヤはそんなことを言った。

 きっと魔物との戦いで、隠れていることしかできなかったことに思うところがあったのだろう。


 むろん妹のお願いだ、二つ返事でオーケーした。

 俺の持ちうる知識すべてを伝授する勢いで教えてあげるつもりだった。

 本当は妹に荒事を教えるなんてもってのほかと断固拒否する自分もいた。

 だがファウルと行動するようになって、俺自身いつも守ってあげられるとは限らないことを強く自覚するようになっていた。

 護身術くらいはあった方がいいだろう。


「ああ、いいよ。こっちにおいで」

「~~っ! はい!」


 元気よくぴょんと体をくっつけ上目づかい。

 まったく、幼い妹は最高だぜ!


 ともあれすぐに俺の手に余ることが判明する。

 スーヤは水と土の使い手だった。

 土魔術は得意分野だ。だが水、お前はダメだ。


 俺は水魔法が使えない。

 ついでに言えば我流ゆえにうまく説明ができず、伝わらないことが多々あった。

 テリアに教えてもらう手もあったが、彼女の場合本当に知識だけしかない。

 元の世界でゲームやアニメから具体的なイメージのできる俺とは違い、スーヤでは逆に混乱してしまうだろう。


「じゃああたしが教えよっか?」


 そこで白羽の矢が立ったのがティアだったというわけだ。


「これでも水魔術については三重奏まで使えるんだから」

「三重奏魔術? 僕が使っているものとは違うのか?」

「あなたが使ってきたのは独奏魔術ね」


 この時、いまさらながら魔術にはいくつかのランクがあることを知った。

 詳しくまとめると以下のようになる。


 独奏(ソロ)二重奏(デュアル)三重奏(トリオ)四重奏(カルテット)五重奏(クインテット)六重奏(セクステット)


 独奏(ソロ)魔術は基礎の基礎に当たる。

『火よ、我に答えよ』から詠唱がはじまる魔術使いを志す者の入門魔術で、ここから詠唱を応用し変化させることで別の性質を与えるらしい。

 魔物との戦いでティアが使っていた水魔術がそれだ。


「ふふん、三重奏水魔術師ほどの高位魔術師が講師なんて、なかなかない贅沢よ」


 ティアは「ん~!」と伸びを一つ。

 首を回して小気味良い音を鳴らしドヤ顔で語った。

 どうやら三重奏魔術の使い手は三重奏魔術師、その水使いだから三重奏水魔術師となるわけか。

 わかりやすい区分だ。


「そんなすごい魔術があるなら、どうして魔物との戦いで使わなかったんだよ」

「……そこをツッコまれると耳が痛いわね」


 とたん百匹くらい苦虫を噛んだ顔へと変わり肩を落とす。

 表情豊かな女の子だ。


「言い訳になるけど一番の理由は詠唱が長いからよ。もっと上位の魔術師なら短縮詠唱ができるみたいだけど、これは特殊なセンスがいるのよね。実戦で使うなら前衛を雇うか、自分も相応の剣術が使えるか、そんなの関係ないくらいぶっ飛んだ規格外の魔術師でないと余裕なんてないわ」


 最後の『規格外』の部分だけ妙に苦々しく呟くティア。

 もしかするとその規格外の魔術師とやらに心当たりがあるのかもしれない。


 しかし、なるほど。

 やはり戦闘中に感じた不便さは魔術使い共通の命題だったようだ。

 詠唱中はそちらに意識を持って行かれるし、なにより生死を賭けた戦いの中で集中するのは非常に難しい。


 話によるとそのための技術は数多く開発されているらしい。

 遅延詠唱、短縮詠唱、儀式詠唱、合唱詠唱、魔教本詠唱……etc。

 だがそのどれも特殊な状況や訓練や準備が前提で、すぐには身につくものではないとか。


「あたしだって独奏魔術の遅延詠唱しかできないのよ?」

「詠唱破棄はないんだ?」


 思い出すのはカマキリの魔術。

 詠唱をせずにバンバン好き放題魔術を乱発したあのチート能力はただ恐ろしかったのを覚えている。

 ならばこの世界の人間が会得しようと試みないわけがないはずだ。


「あれは魔物だけが使えるスキルね」

「ふーん」


 どうして魔物には使えるのか疑問だが、実用的でないのなら仕方ない。

 となると、やはり改善策は宝剣に施したあれ。

 あらかじめ魔方陣を刻んでおく方法は画期的な気がする。

 刻んだ魔術だけの使用だったり、そもその刻むのに時間がかかったりと制限は多いが、面倒な詠唱を省略できる。

 派手さはないが手札に持っておけばどれほど効果的なのかは魔物と闘った経験が証明している。


 だけど、これくらいのアイディアなら誰かが思いつきそうな話だけどなぁ。

 何故誰もそうしないのか。

 少し気になったがティアが詠唱の準備をはじめたためいったん思考を中断した。


「水よ、我に答えよ」


 もはや見慣れた魔方陣が空中に占位する。

 が、ティアの詠唱には続きがあった。


「天の滴を地上に落とし、すべての者へ癒しを与えたまえ」 


 二節目の開始と同時に、二つ目の魔方陣が一つ目と重なって出現した。

 掌に近い方が時計回り、遠い方が反時計回りにそれぞれ回転し、反発する磁石を無理やり近づけているように微振動しつつ火花を散らし、


「『治癒の(ヒールレイン』!」


 魔法名を口にした瞬間、急に薄暗くなった空から雨が降り始めた。

 雨足は次第に早くなり、俺たちを濡れ鼠に変えていく。

 だが不思議と肌寒さは感じない。

 むしろ濡れているところから温かくなっていくような感覚。

 風呂上がりのように芯からじんわりと体温が上がっていくのがわかった。

 

 しばらくして雨が止む。

 すると今まで濡れ鼠だったのが嘘のように全身が乾いていった。

 あとに残ったのは体の熱だけだ。


「独奏魔術の『回復』を広い範囲の仲間にかけられる二重奏魔術よ。まぁ効果は高くないんだけれど、複数を同時に治癒できるから便利な魔術……らしいわ」

「らしい?」


 自信なさげな語尾に質問を返すと、ティアはふいと明後日を見て気まずげに言った。


「……使ったことないのよ」

「あ、うん。なるほど」


 どうやらティアには友達がいないらしい。

 小さな闇を垣間見た気がした。


「それでどうすればその二重奏魔術が使えるんだ?」

「詠唱を丸暗記して唱える。魔力が足りれば発動するわよ」

「……なんだか技術もへったくれもないような」

「そんなことないわ。魔術の才能がなかったり、魔力の使い方が下手だったりするとすぐに枯渇しちゃうんだから。とくに魔力の使い方は聞くより慣れろって感じだから、コツを掴むだけで数十年も費やしちゃう人もいるのよ?」

「マジか」


 どうやらこの世界の魔術は究極的には魔力量がすべてらしい。

 努力で改善できるのは魔力の使用量のみ。

 極論、無限の魔力さえ用意できて小難しい詠唱を丸暗記できれば、誰でもすべての魔術は使えるようだ。

 だがその燃費の良し悪しは雲泥の差があるらしく、独奏魔術一つとっても才能のある人間が一の魔力で使える一方で、才能のない人間が使うと一〇〇近く消費するという。


 初歩で一〇〇倍の違いだ。

 もっと高度なものになればその差はさらに広がると言うのだから途方もない。

 逆に言えば才能はあっても魔力量が一の魔術師と、才能がなくても一〇〇魔力量のある魔術師ならば、どちらも結果的には独奏魔術を一回しか使えないことになるらしい。

 ようするに燃費のいいエンジンを積んでいてもガソリンタンクが小さいと意味がないし、その逆もしかり。ということなのだろう。

 魔力を使うセンスと魔力量、二つの才能を合わせ持ってはじめて上位魔術への入り口に立てるのだ。


 ……これは思った以上に狭き門かもしれないな。

 そんな不安が表情に出ていたのか、ティアは安心させるように微笑んだ。


「安心なさいな。独奏魔術とはいえ独学で取得できたあなたなら、才能については申し分ないと思うし」

「じゃあ六重奏セクステッド魔術とかもそのうち使えちゃったり?」

「そこまで行くと伝説(エンシェント)クラスだから現実味がないけどね」

「伝説?」

「よーするにおとぎ話レベルってこと。まぁ四重奏くらいからすでにそんな感じだけど」

 

 どうやらこの世界で一流と呼ばれる魔術使いは三重奏クラスが使えることを指すらしい。

 教師職のほとんどは三重奏を修めているとか。

 それ以上になるといわゆる天才の部類に片足をつっこみ始めるのだそう。

 そうなると十歳で三重奏魔術が使えるティアはかなり優秀な部類に入るのだろうか。


 ……逆に、

 だとすればスーヤの師匠として大丈夫だろうか、とも思う。

 スーヤの才能の度合いはわからないが、並みだった場合ティアにスーヤの気持ちが理解できるのだろうか。優等生に一般人の気持ちはわからないとはよく聞く言葉だけど。


「とりあえず理屈はこのあたりにして、実際やってみよっか。えっと、スーヤちゃん……でよかったわよね?」

「……はい」

「あなたが使える魔術はなんだったかしら?」

「水と土です」

「お、ならあたしと同じだ。わからないことがあったら何でも聞いてね」

「……はい、よろしくお願いします」


 憮然とした態度を崩さないスーヤ。

 結局俺が傍にいる間、彼女が口を開いたのはこの二言三言だけだった。


「スーヤ、教えてもらうんだから、その態度はやめなさい」

「だって……スーヤは兄さんに教えて――」


 そっぽを向いてぶつぶつぼやく。

 その頬をわずかに膨れているように見えた。

 ずいぶん可愛いことを言ってくれる。

 兄貴冥利につきるというものだ。

 だが俺では限界がある以上、今後のことを考えるなら彼女にも師匠は必要だ。

 不安はあるがここは我慢して頑張ってもらうしかないだろう。

 そんな思いを込めて首筋をひと舐めしてご機嫌をとるのだった。


     ※


 ――そんなことがあって現在。

 はじめはどうなることやらと心配だったが、人見知りの激しいスーヤもティアの竹を割ったようなさっぱりした性格との相性は悪くないようで、なんだかんだうまくやっているようだ。

 兄としては妹を取られたようで寂しくはあったが、森の中で生活していると家族以外と話す機会がなくなってしまう。

 こうして他人と話す機会は彼女にとって大きな経験になるだろう。


 とはいえ、ミーティアについて気になることがないかと聞かれればそうでもない。

 元の世界換算なら小学校に通っていてもおかしくない女の子が、いくら安全だと確信できているとはいえ、親元から離れて暗い森の中で一人暮らし。

 普通なら泣きわめくなり情緒不安定になるなりするはずだ。

 なのにティアはかわらない。どころか他人のことまで考える余裕すら見せている。

 いったいどんな環境で生活してきたのか。

 悪いとは言わない、ただ心配なのだ。

 この歳でこの達観っぷりはちょっと異常だと思う。

 もっと甘えたり我が儘を言ったりしても許されると思うんだけど。

 ……一応釘をさしておくか。


「あんまり生き急ぐとロクなことがないぞ?」

「あはは、ご忠告どーも。でもね」


 長い金髪を払う。毛先が踊り木漏れ日に反射した。

 その隙間から覗くいつもの勝気な表情は、ハッとするくらい綺麗だった。


「あたしが生き急いでいるんじゃないわ。世界があたしについてこられないだけよ」


 ……あぁ、本当に面白い女の子だ。

 心底そう思う。

長くなったので前篇後篇にわけます。

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