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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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第19話「崩れる日常」②

 日の暮れた道を走る。

 光がなくて足元の道すら見えない。


 すでに瓦礫だらけでのため走りにくいったらならない。

 本来マクスウェルの夜は酒場から洩れる明かりや、街頭の謎の光る石のおかげで日暮れ後もある程度の活気があった。

 でもいつもは快活な声の上がる酒場からは悲鳴が上がって、光る石は地面に叩きつけられ割れてしまっている。


 悲鳴が聞こえる。

 爆炎があがる。

 硬質な何かが擦れる、耳障りな音が響き渡る。


 その音源の方向には等しく地獄が広がっていた。

 街のあちこちから無秩序に伸びる触手は見間違えるわけがない。

 先ほど見たものと全く同じものだ。

 正確には大なり小なり大きさに差はあるのだろうけど、そんなものを仔細に観察しようなんて考えは俺にはなかった。

 むしろこの現実から目を背けたくて仕方がなかった。


「ウィル! ルナ! スーヤちゃん! ついてきてる!?」

「なんとか!」「はい!」「う、うん!」


 そんな確認がなかったらキトすでにはぐれてしまっていただろう。

 それくらい今のマクスウェルは混乱していた。


「手遅れになる前にって、こういうことか」


 苦々しく空を見上げたティアが吐き捨てる。

 どうやら俺の勘が当たってしまっていたらしく、ノウシウスの被害はマクスウェル全域に広がっていた。

 触手は無秩序に至る所で地面を突き破り現れている。

 すでにその数が何本あるのかわからないけど、多分まだまだ増えるのだろう。


 もしかすると街を埋め尽くすのではないか? そんな勢いすらある。

 もしそうだとすれば……なるほど。

 そうなる前に俺たちを逃がそうとしたのだとすれば、あの慌てようは納得だ。


「チッ! こっちもダメ!」


 平民居住区の大通りに出た瞬間ティアが毒づく。

 そこはすでに何百もの触手が密集してお食事中だった。

 一体何を食べているのか、今ばかりは視界が効かないことに感謝したい。


「裏道を使うしかないわね」

「だったらこっちだ!」

「わかるのウィル!?」

「リリィとずいぶん走り回ったからね」


 貴族区と違い平民居住区は無秩序に建物が立ち並ぶ。

 大通り周りはまだしも、一つ路地に入れば馴れていないと数時間は迷うほどの迷路だ。

 でもリリィと一緒に二年も走り回った俺なら少しは土地勘が働く。

 まさかあの正義の味方ごっこがこんな形でも役立つとはな。


「見えた!」


 そうこうしているうちに北門の入り口が見える。

 そこは人でごった返していた。

 当然だ、この惨状で悠長に街に残るバカはいない。

 でもこちらも時間はないのだ。

 こうなったら押しのけてでも、そう思ったときだった。


「なっ!」

 

 人だかりの下の地面が盛り上がり、あの触手が現れた。

 おもちゃのように吹き飛ぶ人たちを、地面にぶつかる前に蕾がその牙で捕えて食いちぎる。

 運よく難を逃れた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。


「ヤバい、北門が塞がった」


 太い幹は馬車が二台余裕ですれ違える大門をすっぽり防いでしまっている。

 他に出口はない。あるのは高い城壁だ。

 これまで一度も侵されたことのない城壁が、はじめてその役割を果たしたのが、逃げる人々を逃がさないようにすることとは、これを皮肉と言わずになんというのか。


「やるわよ」

「で、でも相手はノウシウスなんだろ?」


 絶対に勝てない最強の生物の総称。

 それがノウシウスだ。

 だとすれば逃げるべきなんじゃないのか?


「今さら別の門に走ってる余裕なんてないわよ。それに、この触手全部で一匹の魔物で、師匠が五本相手に足止めしたんなら、一本くらいどうにかしないと笑われるでしょ」


 強気な言葉だ。

 きっと怖気づいてる俺を鼓舞してくれてるのだろう。

 まぁだとしたら震え声じゃないほうがよかったね。

 でも、冷静にはなれた。

 落ち着け、俺だって魔物との戦いは童貞じゃないだろ。


「ウィル、剣を頂戴」

「了解」


 丸腰のティアのために刀を作る。

 もちろんただ【創作(クリエイト)】しただけの数打ちじゃダメだ。

付与(エンチャント)】した聖剣を用意する。


 ティアは水と土の魔術師だ。

 どちらも植物っぽい敵には弱点っぽくない。

 あえて言うなら水の方がいいか? 水圧をあげれば科学の刃になるのは有名な話だ。


 ……いや、待て。

 そも【付与(エンチャント)】は詠唱で精霊文字を描く時間を短縮するためのものだ。

 そして精霊文字さえあれば、あと待魔力を流せば魔術は完成する。

 だとすればその精霊文字をすでに刻んだ聖剣ならば、使えない属性でも魔力さえあれば使えるようになるんじゃないのか?


 俺はある種の確信をもってひと振りの刀を作る。

 造りは単純。

 ティアの体格に合わせて軽く、でも斬る対象を考えてかなり長くはしているけど、今まで作ってきたものと変わらない。


「よし! ティア!」

「うん!」


 うけとり早速魔力を流し込んで、発動した魔術に驚き目を見開く。

 よし! やっぱりそうなったよね。


「ちょっと! なんで火魔術なの!?」 


 刀身を覆うのは青い炎。

 オレンジの炎とは違う、酸素をたらふく食ったときにだけ見せる、ガスバーナーとかと同じ高温な証だ。


 二重奏火魔術【蒼炎(ハイフレア)


 数字が上がるごとに規模が大きくなる魔術の中で、炎の温度をあげるだけで、射程もなければ離して飛ばすこともできない。

 鉄も焼き切れるけど掌に灯すことしかできない、使えない魔術の一つ。

 でも刀に纏うって使うならこちらの方がいいはずだ。


「というかどうしてあたしが火を使えて……」

「今はそれより攻めるぞ! 援護はするからティアはその隙に奴をついて! なんとか当てないようにするつもりだけど、正直余裕があるとは思えないからうまく避けてくれ!」

「っ、滅茶苦茶いうわねもう!」


 毒づきながらもティアはすでに走りだしていた。


「水よ我に答えよ。零れる聖水――」


 一方でスーヤも詠唱を開始していた。

 援護してくれるつもりらしい。

 スーヤまで危ない目に合ってほしくないけど、実力が未知な敵を前に三重奏水魔術師の存在は心強い。


 俺も後に続けとすぐ背中から刀を抜いて魔術を発動させる。

 簡単に量産できる独奏魔術とは違う。

 一年以上かけて地道に緻密に精霊文字を刻んだ俺のとっておきの一振りで、奥の手。

 三重奏土魔法を【付与(エンチャント)】した聖剣だ。


「【創作(クリエイト)】!」


 魔術名を叫ぶと触手を包囲するように魔方陣が展開。

 そこからは剣山のように刀の切っ先が伸びている。


「いけ!」


 三六〇度全方向に展開し高速で射出される刀が空気を裂いて一斉に襲い掛かる。 

 凄まじい破砕音が響き渡った。

 触手にぶつかった瞬間、刀は次々に弾かれ落ちていく。

 植物っぽい見た目のくせにどんだけ固いんだよ!

 思わず吐き捨てそうになる不条理な光景だ。


 でも関係ない。

 俺の魔術の真骨頂は物量による飽和攻撃。


 一つや二つ、一〇〇や二〇〇防がれたところで関係ない。

 二〇〇でダメならさらに倍、それでだめならまた倍。倍プッシュしていけばいい。

 弾いてるってことは当たってる、当たってるのなら刀の重さ分の衝撃はきっとある。

 だったら無駄じゃない。


 なにより今回の俺はバックアップだ。

 本命の隠れ蓑になればそれでいい。


「いやぁ!!」


 刀の雨の中に紛れて接敵したティアが刀を振りぬく。

 するとあれほど硬かった外皮があっさり斬れ、刀身は深く沈んで振りぬかれた。

 緑色の体液が飛び散りティアの顔を汚す。触手も痛みに悶えるように全身を震わせた。


「やった!」


 テリアの喜ぶ声が聞こえる。でも俺は驚かない。

 剣術初段一位の武術と、二重奏火魔術の乗った一撃。

 俺の単純な物量戦とはわけが違う。


「――穢れ無き清流のせせらぎ。一時の激情に身を任せ! 【山崩(フラッシェフロード)】」


 初撃が終わったタイミングでスーヤの魔術が完成する。

 おそらくタイミングを見計らい、ゆっくり詠唱していたのだろう。

 ティアもそれを察し、一撃を入れてすぐに懐からパッと離れた。

 そんなティアを襲おうとする触手だが、地面を割って襲う濁流がそれを許さない。

 数トンにも及ぶ水圧が半分斬られた根元に負荷をかけ、ミシミシと音が響く。

 

 だが流されない。あと一手足がりない。

 そうしている間も体勢を立て直した触手は、水圧に逆らってこちらに敵意を向けてくる。

 反撃が来る。


 狙いは――俺だ。

 そのことに僅かながら安堵する。

 スーヤやティアじゃなくてよかった。

 できればどんな攻撃が来るか不明瞭な敵に隙は与えたくなかったのだけど仕方ない。

 なんとか防ぎもう一度……そう考えだしたときだった。


「ウィル! 背中はまかせたわよ!」


 言うや否やティアが突貫した。

 刀を大きく後ろに引いて、前傾姿勢での無防備な突撃。

 当然そんな相手を触手が見逃すわけがない。

 攻撃対象は俺からティアにかわり、触手の表面からさらに細い無数の小さな触手が伸びると、眼も止まらぬ早さで襲いかかる。


「っ!」


 何考えてんだ!

 そんな叫びを飲み込んでティアを中心に刀を展開。

 無数の触手に無数の刀をぶつけ叩き落す。

 でも鞭のようにしなるそれらをすべては打ち落とせない。

 いくつもの触手がティアを掠め、叩き、小さな体に傷を刻む。

 それでも致命傷だけは捌き、前へ踏み出す足は止めないまま、


「いやぁああああ!!」


 乾坤一擲。

 裂帛の気合とともに振りぬく。


 半ばまで斬られ、水圧ですでに限界だった根元に刀身は潜り込み、斬り飛ばした。

 大きくふらついた触手は、その巨体をゆっくり倒し、石畳を砕いて横倒しになる。

 しばらく動いたあと完全に沈黙した。

 

    ※

 

「やったのか?」


 思わずそんなことをつぶやいて後悔する。

 なんか今、めっちゃフラグっぽい台詞だったな。

 本当にホッとしたときは自然と出るもののようだ。


「ウィルくん、何してるんだい! 早く逃げないと!」

「っ! そうだ。みんな無事か!!」

「は、はい!」「うん!」


 目立った傷がないことを確認し、一人足りないことに気づく。


「ティア!」


 彼女は力尽きる触手のすぐそばに倒れていた。

 あたりにはこんなに零れて大丈夫なのかと思いたい血が池を作っている。


「無茶しやがって! スーヤ!」

「はい!」


 駆け寄ってきたスーヤがすぐ治療をはじめる。

 水魔法で血の気の引いた顔入れがマシになっていく光景にほっとしたのも束の間、街の中心地から次々と生える触手がここにも迫ってきていた。


 今までの一本や二本じゃない。

 地面をひっくり返して迫るそれは、もはや壁だ。

 一本でもあんなに苦労したのに、これを相手するのは無理だ

 悠長に治療をしている時間はない。

 かと言って今のティアを動かせば命が危ない。

 

 ここで動けるのは俺だけだ。

 だったら俺が時間を稼ぐしかない。

 俺は北門を背にして無数の刀を【創作(クリエイト)】。

 千を超える切っ先を迫る触手に向けて俺は叫んだ。


「ルナ! 治療が終わったら一目散に門の外に逃げろ!」

「マ、マスターは!?」

「後で追うから急げ!」


 何秒稼げる? 百秒か? それとも十秒? もっと少ないだろうか。

 でもやらないといけない。不倶戴天の覚悟を背に俺は迫る触手の壁に刀を――


「…………え?」


 その視界の端で、王宮が崩れた。

 街の中心で悠然と国の栄華を象徴する建造物が倒壊していく。


 ――二年をすごした王宮の成れの果てから現れたのは、巨大なドラゴンの顎だった。


 正確にはドラゴンの顔を模した蔓の塊だ。

 幾重にも編まれた蔓が生き物の形を模していた。

 その下部からは先ほど倒した触手がうねうねととぐろを巻いている。


 あれがノウシウスの本体なんだ。

 なんとなくそのことを察した。

 同時にあの巨体が内側から膨れ上がったせいで、王宮が倒壊したのだということもわかった。


 じゃああそこにいた人たちはどうなったのだろう?

 フレイアは? リリィは? アクアは? カルノ王やサテル王妃は?

 何もわからない。

 わからいまでも絶望だけは目の前に横たわっていた。


 ――無理だ、勝てるわけない。


 抗いようのない力だ。

 こんなの、今逃げられたとして、もう二度とここに帰ってこれるわけがないじゃないか。


 俺は半ば無意識のまま用意した刀を射出した。

 触手の津波はその勢いに僅かに勢いを弱める。

 でもそれだけだ。前進を止めることはできない。

 それでも機械的に俺は攻撃を続けた。


 後ろからスーヤとルナの叫び声が聞こえる。

 それが逃げろと言う意味だとすぐにはわからなかった。

 そして波が目の前に迫り、俺の体にありえない衝撃が襲う。

 天地の方向もわからない不思議の感覚と激痛の中、俺は意識を失った。

 結局これがマクスウェルで見た最後の記憶となる。



 そうしてその日、アルベルノ王国の王都は地図から消えた。


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