第19話「崩れる日常」①
はじめそれを、俺は木か何かだと思った。
揺れと共に会場の中央の地面を突き破るように何かが生えてきたのだ。
それに巻き込まれ数人の貴族が吹き飛ばされる。
冗談みたいに人が飛び、壁にぶつかって――嫌な音を残してただの染みとなった
その惨劇を作ったのは、大人一〇人が円を作っても届かないほど太い幹。
だがその太さとは裏腹に、緑の表面は枯れ木のように皺だらけでボロボロだ。
長さは一〇メートル。
うねうねと曲がっていなければ高い天井を突き破っていただろう。
その先端には、大きな蕾がついていた。
いや、蕾なのか?
少なくとも俺は牙の生えた蕾なんて見たことがない。
誰もがその異様な物体に言葉を失っていると、突然蕾がぶれた。
「……へ?」
気づくと、蕾は生き物のような口に何人もの人をくわえて咀嚼していた。
遅れて噛み切られいくつもの下半身がドンと倒れる音が響く。
「ひ、ひぃいいいいいい!!」
「きゃぁあああああ!!」
叫び声が上がるともうダメだった。
収拾のつかない混乱が場を支配する。
ある者は全力で逃げ、ある者は茫然と立ちすくみ、そして等しく謎の植物のエサになっていく。
それでも、中には勇敢にも立ち向かう兵の姿はあった。
たぶん名のある剣士だったのだろう。
人質を取られ動けなかったけど、そうも言ってなれないと判断し先陣を切ったのだろう。
重厚な鎧に肉厚の体験を振りかざす巨体はそれだけで迫力がある。
貫録というやつだ。
そんな彼が戦場でその大剣を振るえば、さぞ味方は勇気づけられただろう。
でも、今回ばかりは逆効果だった。
振りかぶられた大剣はノウシウスにぶつかった瞬間、硬質な音のあとガラス細工のように砕け、彼も驚くうちに喰い殺される。
続けて魔術を使うものもいた。
あまり話したことはないけど、ときどき比べられた宮廷魔術師というやつだろう。
二重奏クラスの魔術をそろえて連携をとりぶっぱなす姿は圧巻だ。
爆音と煙に包まれたノウシウスを見れば「やったか!?」と言いたくなる。
でも結局煙の先には無傷の触手があるだけで、他の兵と同じ末路をたどってエサとなり喰われていった。
アルベルノ王国の者も、ローゼンストックの者も。
貴族も給仕も関係ない。
等しく肉片に変わり、ゴクンと飲み込まれていく。
え? あれ?
ちょっと待てよ。
人って、こんなに簡単に死ぬものだっけ?
「すごい、これがノウシウスか」
砂となって消える魔術書を払いエルドレムが呟く。
そんな彼を間延びした、でも焦りを隠せない女が有無を言わさず担ぎ上げる。
「ご主人様ぁ! ひたってるところ悪いけど逃げますぇ!」
「うん、たしかにこれはぼくも危ないかな」
「ローゼンストックの皆さんはどないしましょぅ? このまま魔物のエサにするんは惜しい人もおるんとちゃます?」
「彼らには事前にこうなる可能性を話しておいた。こうなったら各々で生き残るようにも言った。だから仕方ないさ」
「……ご主人様ってぇ、ときどきあっしも恐ろしくなるわぁ」
――敵が逃げる。
そう思ったときには、俺は全力で魔術を起動させていた。
使うのは最も得意な【創作】の魔術。
できるだけ固く、できる限り鋭く。
そしてできる限界の速度で射出。
「おろ?」
だが、渾身の一撃は女が片手で振るった剣にあっさり砕かれてしまう。
「この状況で逃げずに攻撃かいなぁ。いきのいい魔獣ちゃんやねぇ」
うそ、だろ?
攻撃を避けられたことはある。
フレイアには石の像を何度も斬られている。
でも刀を砕かれたことははじめての経験だった。
もしかしてこの女もフレイア級?
「でも遊んでる時間はないのぉ。ごめんね」
そう言い残し跳躍すると、エルドレムを抱えたまま窓を割って逃げて行った。
「ッ! 待て!」
「ウィルだめ! 行かないで!!」
咄嗟に追おうとしたところをティアに止められる。
「二人も大事だけど、それよりあの触手をどうにかしないと!!」
そう、そうだ。
考えてみればこんなことをしている場合じゃない。
中心で暴れるあれをどうにかしないと、被害はこの会場だけじゃなく……もしかすると別館にいるルナや、街のスーヤにまで及ぶ可能性もある。
それだけは何としてでも防がないといけない。
「なんか、膨れてきてないか?」
「あれが食事するの三〇〇年ぶり。お腹が空いてる」
答えたのはアンリヴァルにお姫様抱っこされたアクアだった。
その後ろにはスーヤとルナの姿もある。
どうやらこの混乱の中から連れてきてくれたらしい。
「あれを知ってるんですか?」
「ん、ルビが【封印】した。私も手伝った」
「ルビ?」
「あなたたちが『偉大なる王』と呼んでる人」
そっか、そういえば彼女も建国にかかわった三英雄その人だった。
知っていて当たり前か。
「あなたたちは逃げる。全力で逃げる」
「それより全員で戦えば勝てるんじゃ……」
「無理」
あ、無理ッスか。
「あいつ、ルビとベルとで協力しても勝てなかった。だから無理」
「じゃあせめてみんなを避難させる間だけでも」
「ダメ、今すぐ逃げる。手遅れになる」
その声は聞いたことがないくらい切羽詰っていた。
有無を言わせないって感じだ。
そこまでヤバいのか、あの触手。たしかに無差別だ。でもそれだけだ。
これならガブリエルたちの方がよっぽど化物じみてると思うのだけど。
「でもお父様もお母様も、まだみんなが」
「あの人たちはまかせる」
言うや否や懐から五つの石を取り出す。
宝石とも違う、月の芳香と同じ、不思議な色をした石だ。
それらを無造作に地面に投げる。
「土。全の源。求は新たな体。輪廻の輪より来たれ――【神の業】」
重ねる四節、四重奏魔術だ。
溢れる魔力に呼応して、地面から石を包み込み人型の土塊がうまれる。
それらは次第に形を成していき、泥色の不格好な人形は次第に一つの形に定まっていく。
そうして現れたのは、
「白騎士と黒騎士?」
はじめてアクア邸に行って以来合わなかった彼らだった。
他にも三体、体格では二人に劣るが、十分な威圧感を出す騎士も現れる。
どうやら彼らは人ではなく、彼女の魔術の一種だったらしい。
「『騎士団』」
「え?」
「師匠のオリジナル魔術で代名詞よ。建国以来優秀な騎士は、彼らの希望で魂を【固定】して、師匠が作る人造の肉体に乗り移って永久に国に仕える騎士となるの。とくに白いのと黒いのは師匠の虎の子の二体よ。つまり、本気ってことよ」
「えっと、ネクロマンサーってこと?」
「死霊使い(ネクロマンサー)なんかと一緒にしたら怒られるわよ」
どう違うのかわからなかったけど、とりあえずすごそうなことだけはわかった。
「とにかく行きましょう。師匠が本気になってる以上、ここにいたら逆に危険だわ」
「お、おう」
惨状を前に背を向けるのには抵抗があったけど、ティアが逃げるべきと言うのならそうすべきなのだろう。
スーヤとルナがティアの背を追い走り出すのを見て、俺もアクアに感謝しつつ会場の外に出ようとした。
「ウィルディー」
と、名前を呼ばれて振りかえると、アクアが何かを投げ渡してきた。
口の牙でキャッチする。これは、金印?
「北門から出て。その先にいる人に見せれば協力してくれる」
「え? それって誰のこと――」
「行けばすぐわかる。あとで合流するから」
「は、はい!」
それっきり俺も背を向け走り出したのだった。
※
王宮を飛び出し俺たち四人はとにかくその場から離れることにした。
ティアもアクアの焦りに当てられて全力疾走。正直ついていくのがやっとだ。
スーヤとルナは大丈夫だろうか? と振り向く。
すると、意外にもルナの方は生きも切らさず難なく並走してきた。
むしろスーヤが遅れていたので抱きかかえているくらいだ。
やっぱり獣人だけあって身体能力は図抜けているらしい。
「師匠はなんて!?」
「北門から抜けろって!」
「理由は!」
「行けばわかるらしい!」
「なによそれ!」
毒づくティアに余裕がない。
そんな俺たちとは裏腹に街は平和なものだ。
むしろ必死に走っている俺たちの方が浮いている。
手遅れになる前にとか言ってたけど、いったいアクアはなにを慌てていたんだ。
「とにかく、だったら北門に急ぎましょ! あとは出たとこ勝負で!」
「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に、ってことだな?」
「あら、うまいこと言うわね。そういうことよ!」
元の世界ではそれを行き当たりばったりと言うと教えたらどんな顔をするだろう。
「とにかく急ぎましょう。師匠が取り乱すってことは、あの触手がノウシウスのすべてとは――」
そのとき、ティアの言葉を遮るようにつきあげる地震が街を襲った。
あちこちで悲鳴が上がり、石と木造りの家々はその揺れに耐えられずどんどん倒壊していく。 俺たちも走っていられずその場で踏ん張るだけ精一杯だ。
たぶん皆地震なんてあまり経験したことがないのだろう。
どうすればいいのかわからず戸惑う者に、ただ悲鳴を上げる者。
僧侶らしい人は宗教のシンボルらしいペンダントを手に身を小さくして祈りをささげている。
ティアでさえ青い顔でルナとスーヤに抱きついて動けなくなっていた。
そんな中で、地震になれた日本人である俺だけが冷静でいられた。
同時にこの揺れが、ノウシウスが現れた時のものと同種であることにも気づく。
「おいおい、まさか」
そのまさかだった。
揺れが収まった瞬間、地面が爆ぜる音が響いた。
家を、店を、人を。区別なく吹き飛ばし現れたのは、王宮に現れた触手だ。
「なっ! 何でこいつがここにいんだよ!」
アクアが押さえてくれているんじゃないのか!?
そう叫びそうになった俺の耳を、ずっと隠れていたテリアが引っ張る。
「ウィルくん、あれ」
言われて振りかえり――言葉を失った。
そこには目の前の触手と同じ物があった。
一本……二本……一〇本……。
数は時間とともに増え、街を破壊していく。
貴族区の綺麗に舗装された石畳を突き破り現れ、逃げ遅れた人々を襲っていた。
……いや。
本当に貴族区だけなのか?
もしかして、被害は街全体なんじゃ?
というか、え? もしかして王宮で見た触手……本体じゃないのか?
数を確認するごとに足元の地面が崩れるような絶望が這い上がる。
「うそだろ?」
ノウシウス、他の生き物では絶対に敵わない魔物の総称。
その意味を、俺たちはやっと理解したのだった。




