第17話「誕生日はバイオレンス」①
今日も今日で変わらず料理を作る。
最近ではすっかり慣れた王宮のキッチンで仕上げた一品を机に置く。
料理を見た瞬間、ティアとリリィ以外の顔が渋く歪んだ。
「これはオオタラかな?」
「はい、フレイア様から下魚として処分されていると聞き使ってみました」
「……下魚と知って、王族の食卓に並べたわけか」
王宮の食卓にはあらゆる食材が集まる。
もっとも鮮度のいい魚、肉の希少部位から旬の山菜。
大陸のあちこちから集められるそれらは、俺から見れば天国のような環境だ。
そんな中であえて避けられる食材がある。
それが下魚をはじめとした『安物の食材』だ。
「ウィルディー、私は君の腕を買っている。だからきっとこれも美味しいのだろう」
「恐縮です」
「しかしね、これはいけない。ぼくらは人の上に立たないといけない人間だ。そんな人間が安く質の悪い食べ物を食べてみろ。それほどその国は苦しいのかと甘く見られてしまう」
いつか忘れたけどティアも似たようなことを言っていた。
貴族とは見栄が服を着ている生き物だと。
カルノ王はかなりオブラートに包んでいるけど、同じことを言っていた。
理屈はわかかる。でも、
「ご安心を、このオオタラは今でこそ下魚ですが、必ず高級魚へと姿を変えます。それこそアルベルノの料理で指折りの食材へと登りつめるでしょう」
「なに?」
俺も譲れないことはある。
たとえば絶対の自信をもって出した皿を不味いと言われた時。
たとえば腹の減った人を見つけてしまった時。
そしてたとえば、最高の食材を最高に調理する方法を知らないだけで、まずい食材の烙印を押す現状を見てしまった時。
「しかし、『身の白い魚はまずい』というのはぼくでも知っている常識だよ? たしかに君の手なら美味しくなるかもしれないけど、それが他にも浸透するとは」
「ご安心を。調理はいたって簡単です。それどころか食材はこの国に豊富にあり、この調理法が確立すれば、国の新たな名産物にもなるでしょう」
「……そこまで自信があるか」
強い言葉で否定したカルノ王以上に強い確信を持った俺に、みんな興味を抱いたらしい。
湯気をあげる料理に喉が鳴る音が聞こえた。
彼らにとっては見たこともない奇天烈な料理だろうに、この二年でずいぶん俺の作る者への耐性がついたものだ。
「お父様、あたしの使い魔が失礼いたしました」
「ティア、いや、迷惑ではない。僕の感覚が彼に追いついていないだけさ」
「ありがとうございます。しかし彼がここまで言うのはとても珍しいこと。一度試すくらいなら問題ないのでは? そもそも最近じゃ、『王宮の料理は変なのに美味しい』というのは有名な話です。今更下魚の一尾や二尾でかわりませんよ」
……あの、ティアさん?
フォローしてくれるのは嬉しいけど、それって援護射撃しながら背中から撃ち抜いてないかな? え、そんな噂が流れてたの?
「そう、か。そうだな」
戸惑う俺を置き去り、一人納得してしまったカルノ王が苦笑いを浮かべて俺を見る。
「わかった、食べよう。なんという名前の料理だい?」
納得いかない。でも食べてくれるというならそんな気持ちは脇に置いておこう。
俺は姿勢を正し、自信をもってその料理の名をあげた。
「『オオタラの天ぷら』になります」
※
この世界の料理はとにかく味が濃い。
関西人が「関東の料理は濃くて食えんわ~。わしら薄味好きやさかい~」とか言って玄人ぶるレベルじゃない。
もう醤油を原液で一気飲みしたんじゃないかってくらい濃い。
よく言えば豪快、悪く言えば大雑把なのだ。
とにかく食材には調味料をぶっかけて、飽きたら他の調味料をぶっかけて、また飽きたらさらにぶっかけて。そんな感じでとことん濃くしていく。
これは以前言ったように品種改良のされていない臭みの強いものが多いからという理由もあるけど、一番は酒を飲む文化の違いだ。
この世界……というか、たぶんこの国がなのだろうけど、水が硬水なのだ。
日本のように適当に地面を掘ればだいたいどこでも軟水が手に入る国ではわからないけど、硬水というのは飲料水には向かない。
少量ならばいいけど、大量に飲むとお腹を壊したりゲリになったりする。
じゃあそういう地域の人は何を飲んでいるのかといわれると――葡萄酒をはじめとするお酒だ。
果実を発酵して作られるこれらの飲み物は、一般的な飲料水として大人をはじめ子どもにも当然のように飲まれている。
まぁそのまま飲むのではなく薄めたりしてるけどね。
さて、そんなわけで飲み物がお酒という強い物である以上、食べ物はさらに強くなくてはいけない。
そんなわけで料理が濃い味になったのも仕方がないことなのだ。
今回俺が使ったオオタラというのは見た目だけなら綺麗な魚だ。
大きい物は五〇センチにもなり、ピンクの身体と見た目の力強さは惚れ惚れする。
ではなんで下魚なのか……白身魚なのだ。
白身は濃い味に慣れた人には『味がない』と嫌われやすい。
アメリカの寿司屋で白身魚よりマグロやサーモンが好まれるのも同じ理由だ。
象徴的なのがカリフォルニアロールだろう。
あれって平気でマヨネーズとかチリソースを入れるもんな。
握り寿司になれた日本人からすると『やっべww アメさん味音痴www』『醤油つけすぎぃいいい!!』と思うかもしれないけど、食べる物に強い刺激を求める、それが向こうでは普通なのだ。
でもね。
味を濃くするだけでいいのなら俺たち料理人なんか必要ないのだ。
何よりもこのオオタラが不味いなんて絶対にありえない。
だってこの魚ってさぁ。
※
(どう見ても鯛なんだもんな)
魚料理の豊富な和食でも最高位の一角。
高級魚の中の高級魚。
キング・オブ・めでたい魚。
それが鯛だ。
これが下魚だなんて許せるか?
適当に捨てられて野良犬のエサになるのを見過ごせるか?
いいや許せるわけがない!
そんなわけで俺が目をつけた簡単調理法、それが天ぷらだった。
まぁ天ぷらって言ってもソテーに近いんだけどね。
だから正確には『天ぷら風ソテー』なんだけど……細けぇことはいいんだよ!
「天ぷらは揚げ料理――卵をつなぎにパティを(パン)砕いた衣をつけた食材を植物性の油で一気に火を通す料理です。身には程よく火が通りホロッと口の中で崩れる。その繊細さを包むのはカリッとあがったパティの衣です。口の中で二つの触感をお楽しみください。味は素材の味をダイレクトに伝える塩と、コンブやカツオでとった合わせ出汁につけてお食べください」
白身魚でも濃い味つけに負けない和食の代表格。
一時は和食といえばスシ! テンプーラ! スキヤキ! と言われた王道中の王道だ。
最近はラーメンと焼肉に押されてるみたいだけど、どっちも和食じゃないんだよなぁ……いや、魔改造しすぎて元の原型とどめてないけどね!
……まぁそれはさておきだ。
マクスウェルの周囲には油分を多く含んだツバキのような実が多く自生している。
そのため材料に困らないという思惑もあった。
本当は鮮度もいいしお造りにもしたいんだけど、さすがにいきなり魚の生食は分が悪い。
なのでまずは白身の美味さを知ってもらってゆくゆくは、だ。
大トロだって昔は『猫さえ素通りする食べ物』と言われて捨てられていたのだ。
食の常識は変えられる。
これは俺の野望の第一歩ってわけだ。くけけけ。
「ウィル、あなた何悪いこと考えてるでしょ」
ティアにジト目で睨まれた。
……君のような勘のいい子は嫌いだよ。
「ううん、キノセイダヨー」
「はぁ、あまり面倒はおこさないでよ」
ティアをはじめ、家族一同オオタラの天ぷら――あらため鯛の天ぷらにナイフを入れる。
サクッとした感触に驚いたようだ。
そして衣に閉じ込められていた鯛の香りが爆発し二度驚く。
一瞬手を止めつつ、ひと口大の天ぷらをフォークに刺し口に運んだ。
「……ああ、美味い」
感想はひと言だった。
そのひと言に万感の思いが込められていた。
同時に、アルベルノ王国で下魚とされて白身魚が受け入れられた瞬間だった。
※
そんな一幕があった翌日からにわかに王宮内が慌ただしくなった。
またリリィが習い事から逃げて大捕り物になっているのか?
それともフレイアがまた変な職業に手を付けたのか?
はたまたティアが……いや、それはないか。
戻ってからの二年は随分大人しい。
ともすれ、王宮が慌ただしい時は決まって前者二人が原因だ。
今回もそんなことだろうと思い、ちょうど今日の料理はいいと言われ暇を持て余していたところだったこともあって、慌ただしく駆けていくメイドの一人に「手伝えることはないですか~? なんでもしますよ~」と尋ねてみた。
自惚れじゃないけど、あの二人とは良好な関係を築けている自信がある。
協力できることはあるだろうと、そんな軽い気持ちだった。
――結果的にそれがいけなかった。
「手伝ってくれるのですかウィルディーさん!!」
膝をついて両手で顔を挟まれた。
血走った目が目の前で怪しく光る。
コーホーと尋常じゃない息遣いがもう危険で危ない。
絶対暗黒い面に堕ちてるだろそれ。
「あ~~~、ちょっと用事を――」
「逃がしませんよマスター」
心の警笛ががなり立てるのでさっさと逃げようとしたら、見知った人物にしっぽを掴まれた。
背後に回り込まれてしまった! 逃げられない!
「なんでもするって、言いましたよね?」
振りかえると光沢のない目で見下ろすルナがいた。
「あ、はい」
こういう時、男に選択権なんてない。
というかここ数年俺に選択権があったためしなんかない。
常に俺に許されるのは『はい』か『YES』だ。
上司の命令には絶対服従! 忠誠をつくし馬車馬のように働くべし!
使い魔業ってブラック企業も真っ青だなオイ。
「よかった、本当に手が足りなくて……。エルドレム様の招待客は少ないって聞いてたのに、実際は国の偉いかたを全員連れてきたんじゃってくらい大勢で、準備も食材の調達も全然間に合ってなくて!」
愚痴りながら抱き上げられる。
絶対逃がさないという意志の表れなんだろうけど、よく持ち上げられるものだ。
俺は同じハイウルフの中では小さいとはいえ、大型犬くらいの体格はある。
さすが獣人、並の人間以上の筋力があるのだろう。
前から抱きかかえる腕はその細さからは考えられない力強さに……ってか胸でっかいなルナちゃん!? 出会った当時からさらに膨らんでない!?
これはまずい。
オオカミなおじさんのオオカミな部分が火を噴いちゃう!
なんとか気を紛らわすためにとにかくしゃべることにした。
「えっと、何の話?」
「へ? 知らないんですか??」
俺の質問がよっぽど意外だったのか、早歩きだった足が止まる。
「明日はミーティアさんの誕生日パーティーですよ?」
桃色だった脳内からサッと熱が抜けた。
この感覚を人は血の気が引くというのだろう。
…………えーと、マジ?
※
結論を言おう、マジだった。
あまりに多忙な毎日ですっかり忘れていた。
マズい、なにがマズいってなにもプレゼントを用意していない。
去年は魔術の練習がてら、こつこつ編んだテリーベアを真似したクマのぬいぐるみをあげたのだけど、「こんな子どもっぽい物……」とか言いつつ、今も抱き枕にして使ってくれている可愛いところのあるティアだ。
もしかすると今年も楽しみにしてくれているかもしれない。
そう思うと申し訳なさでいっぱいだ。
こうなったら魔術でなにか――と思ったけど、ティアにそんな安直なごまかしがきくとは思えない。なら料理で――と思っても毎日作ってる身としては有難味は少ないだろう。というか形に残らないものってどうよ?
……なんだか忙しくて娘の誕生日を忘れたオトンみたいになってるな俺。
「あの、ルナさん? そんなわけで僕はプレゼントの用意を――」
「逃がしませんよ? マスター?」
ですよねぇー。
「そもそもどうしてこんな状態になってるんだよ!? 風よ、我に答えよぉおおおお!」
王宮で一番広い部屋(立食パーティーを開いたりする、普段は物置きになっている大部屋だ)でテーブルを風で巻き上げ予定の場所に次々配置しながら叫ぶ。
ドドドドドッ! と、一つ一つ運ぶのとは比べ物にならない速度で配置されていくそれらに、メイドや使用人たちの「おぉ~~」という歓声と拍手が重なる。
あ、どーもどーも。
「エルドレム様ですよ、マスター」
「そういえばさっきもそんなこと言ってたよな? 予想以上に招待してきやがった~とか。でも仮にも婚約者の誕生日でパーティーを開くなら、知り合いには声をかけまくるだろうし、向こうじゃ人気者なんだろ? 予想できなかったのか?」
「人を呼んでも意味がないんですよ」
「? どういう意味?」
「去年のミーティア様の誕生日は覚えていますか?」
「まぁ、俺も料理を作ったしな」
ちなみに作ったのはよくあるホールのショートケーキだ。
誕生日にケーキを食べる習慣はなかったのでサプライズで作ってみたのだけど、あの反響もよかった。
フレイアなんて「これは悪魔の食べ物か」とか震えながら生クリームを舐めてたっけ。
どこの世界も高カロリーなケーキは女の子の味方であって最大の敵なのだ。
「ではフレイア様やリリィ様は?」
「覚えてるよ?」
「じゃあここまで大きなパーティーを開いたりしましたか?」
「ああ、そういえば」
改めて思い出すと今回ほどの大規模なパーティーではなかったと思う。
やって王宮で働く人たちを庭に集めて、カルノ王自ら料理を振る舞うくらいだった。
「ミーティア様とエルドレム様が婚約して二年です。王家では婚約二年目に、二人の知人を集めてパーティーを開き、そこで返事をするのが習わしなんです」
「返事?」
「本当に結婚するかどうかのです」
「………………あーーー」
すべて理解した。
なるほど、そりゃ誰も呼ばないと思われるわけだ。
二人には傍から見ようが遠目から見ようが、婚約者らしい甘い空気は一切ない。
誰から見てもエルドレムのひとり相撲だとわかる。
つまり、脈なしなのだ。
そしてティアの性格からして、衆人環視でのプロポーズで「この空気で断ったりしないっしょ?」という空気でも容赦なくふる。それがティアクオリティーだ。
そのことはエルドレムもわかっているだろう。
なら身内に恥じをさらさないように誰も招待しないと考えてもおかしくない。
それが、直前になってそれどころか大量に招待していることがわかっててんてこ舞いになっている、というのが現状のようだ。
「ふーん、変なの。何を考えてるんだろうね、あの人間」
毛の中から首だけ出してテリアもわからないと首をかしげる。
「やっぱり英雄さんだから、自信過剰になっちゃったのかな?」
「うーん、そういうタイプには思えなかったけど……次こっち? 風よ、我に答えよ!」
無駄話しつつ流れ作業のように準備を進める。
まぁ、どちらにしても今日を乗り越え無事明日に備えなければ。
あとはプレゼントだよなぁ。
さてどうしようか。
そんな感じで、一国の英雄の思惑なんかよりよほど重要で難しい、小さなご主人様への贈り物というミッションのため頭を動かすのだった。




