第17話「誕生日はバイオレンス」②
そしてパーティー当日。
いつもメイド服や軽装をしているフレイアも、泥まみれな風の子リリィも、この日ばかりは綺麗に着飾っていた。それはもう「普段からそうしてしてろよ」と思う可憐さだ。
ちなみにルナの姿も会場にある。
ただ会ってにこっちに馬車馬のように走り回って忙しそうだ。
俺と目が合っても目礼するだけで動きを止めないということはよっぽど人手が足りていないのだろう。このぶんだと食事する時間もなさそうだ。あとで差し入れでも持って行った方がいいかもしれない。
で、肝心の主役はローゼンストックのお客人に囲まれていた。
それこそ孫を可愛がるノリのご老人から「可愛いのぅ、アメちゃんいるか?」とばかりにもまれ、もうすこし若い世代からは「なんでこんな小娘が」という内心を堪えた友好的な笑みを向けられている。
うわぁ、こりゃ面倒くせぇ……。
ティアの愛想笑いも引きつっている。
マジで切れる五秒前って感じ。
と、ぼうっと眺めていると視線がぶつかった。
「申し訳ございません。使い魔が呼んでおりますのでこれで……」
どうやら俺を口実にするつもりらしい。
そそくさと駆け寄ってきたティアは俺の前に立つと、すぐぷっと片頬を膨らませ言った。
「見てないで助けなさいよ」
「いや、あーいうのも社交なのかなって」
「そんなわけないでしょ」
はぁ……とため息をつき長い金髪を搔きあげ……ようとして、アップにしていることを思い出し、うなじを擦るだけにとどめた。
ちなみに今日のティアのスタイルは赤色を基本にしたドレス姿だ。
普通なら主張の強いドレスは着る者を選ぶんだけど、綺麗な金髪やワインレッドの瞳は決して見劣りしない。このあたり流石の美少女っぷりだと思う。
と、ふわっと香りが漂ってきた。
はじめて出会った時に使っていた花の香りではない。
どこか落ち着いた、大人っぽい香りだ。
「その香水って」
「あ、うん。気づいた?」
「そりゃ自分でプレゼントしたものだしな」
朝起きた時に渡したのは、アクアから習った【固定】の魔術で作った香水だ。
悩んだけど、去年が子ども扱いしたプレゼントだったし、今年は少し背伸びしたものがいいと思い作った、ウィルディーオリジナルブレンドだ。
「あなたにしてはいいセンスね」
「気に入ってくれてなによりだよ」
「ええ、悪くないわ」
相変わらず淡白な返答。
もうちょっと何かあってもいいんじゃないのか? そう思い視線をあげる。
と、そこには不機嫌な物調ずらがほろりと解け、いつもの調子に戻っていた。
いや、正確にはちょっとだけ。
それこそ誕生日らしく一歳分くらい大人っぽい表情を浮かべ呟いた。
「ありがとね、ウィル」
不覚にもドキッとしてしまったのはきっと場の空気だろう。
そう言い訳することにした。
※
それからカルノ王が壇上に立ち開幕の音頭をとる。
いよいよパーティーの本番だ。
今回は立食のビュッフエ形式。
ホールの後ろ半分には大きなテーブルが並び、来場者は各々遮光に励んでいる。
では前半分はというと、答えは流れはじめた生演奏ですぐにわかった。
おもむろに手を取り合った男女が前に出ると、曲に合わせてダンスを踊りはじめる。
年齢、身分、国籍、種族。
初々しいペアから、プロ顔負けのペアまで様々。
その中にはカルノ王とサテル王妃の姿もある。
皆、思い思いの楽しみ方をしているため、俺が思い浮かべていた貴族のパーティーという肩ぐるしさは感じない。どちらかといえば無礼講という空気すらある。
イメージとは違ったけど……うん、俺はこっちの方が好きだな。
「兄さん!」
で、そんな人混みの中、こちらに駆けてくる小さな影が一つ。
スーヤだ。今日も元気いっぱいにしっぽを振っている。
「お、来たんだね」
「うん! あ、えとえと……お招きいただきありがとうございます?」
ぎこちないその所作に思わず吹き出しそうになった。
たぶん今日の日のために淑女のあいさつみたいなものを勉強してきたのだろう。
それは人間の作法だとか、なんで疑問形なんだとか、いろいろツッコミどころは多いけど、そこは目をつぶって彼女の努力を称えなければ。
そんなわけで俺も一歩引いて首を垂れる。スーヤの前足を持ち上げその手を口に持って行くのも忘れない。
もちろんいつもみたいに舐めたりせず触れるだけだ。
「お喜びいただけたようでうれしいです、お嬢様」
「わ、わ、わ」
案の定、どう対処すればいいかわからず照れていた。
あ~いじりがい合って可愛いなぁもう。
そんな彼女は現在首輪をつけている。
首輪というよりタートルネックみたいな感じ。
口元まですっぽり覆った布製のものだ。
妹に首輪というとなにやら背徳的なものを覚えるけど、ちゃんと理由がある。スーヤの奴隷印を隠すためだ。犯罪奴隷である彼女を外に連れ出す苦肉の策である。
耳の付け根くらいに印があるため、これでも気を抜くとちらちら見えてしまうけど、王宮のパーティーに犯罪奴隷が紛れているとは誰も思ってないので、今日くらいは問題ないだろう。
何より、
「アクア様も今日はスーヤの付き添い、ありがとうございます」
「……いい、来るついでだから」
王国最高位の魔術師の連れとして来ているのだ。
オオカミだろうと奴隷だろうと、難癖をつけてくるバカな輩はいない。
うん、権力万歳!
「アクア様も楽しんで……いるみたいですね」
「ん、美味」
言いながら鳥のから揚げを口に放り込む。
モシャッと頬を膨らませ食べる姿は小動物っぽくてなんだか和む。
王宮の他の料理人にも俺の料理が浸透しつつある証だ。
ここ最近、こういうビュッフェ形式のパーティーでは、熱々のまま味の落ちにくい揚げ物が並ぶことが多くなっている。
アルベルノ貴族にとってはそろそろ馴れたものなのだろうけど、ローゼンストックの者たちには目新しいのか、反応は上々だ。
「相変わらず黒い衣装なんですね」
誕生日パーティーと会って、女性はみんな華やかな色で、ただし主役以上に目立たないように気をつけ着飾っている。
その意味で黒一色のドレスは……まぁ地味だけど、この子の場合主役を喰いそうな花になっちゃうから恐ろしい。
「魔女は黒が正装」
「はぁ」
「だから間違ってない」
フンスと鼻息荒くそんなことを言った。
いや、そうかもだけど……やっぱりこの子ちょっとズレてるよな。
「アクア様、追加の料理をお持ちしました」
「ん、ありがと」
音もなく傍に来たアンリヴァルが小さなお皿に山盛りになった料理を渡す。躊躇なくフォークでさすと、小さな口に入りきらなそうなひとにかぶりつく。
当然口の周りはソースでべとべとになるけど、アンリヴァルが無言でふき取っていた。
……相変わらず見た目の儚さとか神秘さとの落差が激しい子だ。
「まだ量はありますから、そんなに急がなくても」
「そうなの?」
「はい、何なら気に入ったものはあとで作りますし」
「じゃあ肉料理がいい」
「了解です」
と、言質を取られてしまった。
パーティーも中盤にさしかかり、思い思いのグループに分かれていた人の輪も、動きが鈍くなり始めた。
たぶんそれぞれ波長の合う相手を見つけたのだろう。
SNSがないこの世界で、この手の場は出会いの場だろうしね。
そしてあわよくば夜のパーティーとしゃれ込むのだろう。まったく、リア充爆破しろ。
その光景を俺は会場の隅でボーっと見つめていると、
「やあ、兄妹」
皿いっぱいに肉を盛ったガブリエルが手をあげ寄ってきた。
見た目美少年だけに、もっきゅもっきゅ肉をほうばる姿はちょっとシュールだ。
うん、君はリラックスしすぎじゃないかな?
「楽しんでる?」
「この姿で楽しめるわけないだろ?」
「あーそりゃそっか」
いくら無礼講とはいえ貴族のパーティーにワンコロが飯をガツガツしているのはね。
付け加えるなら今日の主役はご主人様だ。あまり粗相はできない。
そんなわけで俺は一口も料理を食べられないまま待機状態だった。
「じゃあぼくもここにいていいかな?」
「フレイア様の護衛はいいのか?」
「ただでさえ彼女は高嶺の花だからね。僕が隣にいたら誰も声がかけれなくなるだろ?」
それはドラゴンだから怖がられるという意味か。
それとも自分が美形だからという意味なのか。
どちらかによってこれからの付き合い方を変えなきゃダメかもしれないな。
「さてと、それでウィルディーくん?」
「なんだよ」
皿を地面におき壁を背に床に座ったガブリエルが、葡萄酒片手に覗き込んでくる。
「――気づいているよね?」
「……」
「結構な人数いるよね。一人、二人……うーん、でも厄介なのは数人かな?」
「ガブリエル基準で話すなよ」
俺から見れば全員厄介に見えて仕方ないんだからさ。
彼が言っているのはパーティー会場に紛れたあからさまに大きな魔力を持った人たちだ。
といっても隠れているわけじゃない。
むしろ堂々とパーティー衣装を着て出席している。
ただし気になるのは、そのすべてがローゼンストック側の人間……つまりエルドレムがそうかいした客人だったことだ。
「で? 潰すのかい? だったら協力するよ?」
「いやいや物騒だなおい! なにもしないよ。本当にただまねかれただけだったら国際問題になるだろ」
「なんだい、そのために全員が目に留まる隅っこで待機してたんじゃないのかい?」
「……これはただ単に居場所がないだけだから」
言わせるなよそんなこと。
ともあれ、ガブリエルの言う通り警戒していたというのもうそじゃない。
『エルドレムには気をつけろ』
そう言ったのはフレイアだ。
それらが喉に引っかかった魚の骨のように気になってしまっていた。
きっとガブリエルが警戒しているのも【契約】しているフレイアの影響なのだろう。
「ウィルディーくんが動かないなら僕も大人しくしようかな。何事もないといいね」
最後に意味深に呟くと、空になった皿をもって人混みの中へ消えて行った。
……そうさ。
何事もないに越したことはないのだ。
※
心配は杞憂に終わって、あとあと心配性な俺をみんなが笑い、俺も恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。そんな居心地の悪い未来になればいいだけの話しなんだ。
そう、思っていたのに。
どうしてか嫌な予感というのは当たってしまうものであるらしい。
ことがおこったのはよりによって、ティアとエルドレムが婚約者を続けるのか破棄するのか。
それを決めるため壇上に立った時だった。
「ミーティア、どうか僕と――」
「ごめんなさい」
エルドレムの告白を喰い気味に拒否してティアが頭を下げる。
その清々しいまでの玉砕に、会場からくすくす笑い声が漏れる。
わかっていたことだ。
ティアならこれくらいの容赦のないことはする。
ただ気になったのは、ローゼンストック側の人間が誰も笑っていないことだ。
英雄がすげなくふられる光景に怒るでもなく、怒鳴ることもなく。
ただ無言だった。
「そっか、やっぱりダメなんだね」
「はい、あたしにはどうしてもあなたに興味を持てなかったの」
「はは、相変わらずはっきり言う子だなぁ」
降参と肩をすくめた彼の横にスッと影が現れる。
いつの間にそこにいたのかわからなかったその人影はメイドだった。
見覚えがないということはローゼンストック側が連れてきた一人なのだろう。
エルドレムはメイドがお盆に乗せたグラスを取ると、再びティアと向き合う。
「じゃあせめて、婚約者として最後に乾杯させてもらえないかな?」
「ええ、それなら喜んで」
それは他人から見れば婚約者の終わりを少しでも清々しいものにしようとする。
エルドレムなりの計らいに見えただろう。
英雄は酷い振られ方をしても後を濁さない。
そんな紳士とした姿に、笑っていた貴族たちも感心したように笑い声を引っ込める。
実際ティアでさえなんの警戒もなくグラスを受け取った。
「それじゃあ、何に乾杯しようか?」
「両国の繁栄でいいのでは?」
「いいね。それじゃあ、アルベルノ王国とローゼンストック共和国の未来に」
きん、とグラスが音を鳴らし、ティアはそれを傾ける。
液体が唇へ振れる直前――
「え?」
――急ぎ駆け寄った俺はグラスを叩き落としていた。
「ウ、ウィル?」
二つの視線と驚き呆気にとられた複数の視線が突き刺さる。
それを無視して俺は地面に飛び散った葡萄酒に鼻を近づけ――確信した。
「なぁ、エルドレムさん。これは一体どういうことだ?」
それを嗅いだのは一度だけだ。
でもあからさまに危ないものだったこともあったし、オオカミの体は目で見たものより嗅いだ匂いの記憶の方が鮮明だ。
だから、会場の隅から二人のことを見ていた俺でも気づけた。
料理やお酒の匂いのせいで直前までわからなかったけど。
「なんのことだい?」
「とぼけてんじゃねぇよ」
気づけば俺はエルドレムの前に立ち、ティアをかばうように低い唸り声をあげていた。
だって、こいつは。
一切の悪意すら顔に浮かべず。
最低最悪なことをやりやがったのだから。
「この葡萄酒、なんでエンジェルパウダーが入ってやがる」
後ろから「え?」というティアの声が聞こえた。
でも俺は視線を逸らせない。
睨むエルドレムの口元が三日月の形に歪んだのは直後のことだった。




