第5話「忙しくせわしないオオカミの日常」 後篇
スーヤの師匠がティアなら、俺の魔術の師匠はテリアだ。
こちらは魔術の勉強だけでなく、世界の知識も含まれていたため、師匠というより生徒と教師のような関係に近い。
とはいえそれでもやはり魔術関連の話しが大半で、
今日もその例に漏れず魔術の基礎が主題。
ただし、スーヤ達と比べると少し踏み込んだ内容になることが多かった。
「んじゃ魔術の属性はなにで決まるかわかるかい?」
「水と土と風と火の四属性で、生まれつきの才能で使える魔術は決まる、だったよな?」
この世界の魔術は基本四種類の属性にわけられらしい。
基本とつけたのはもちろん例外があるからだが、そのあたりは後程として。
この四属性だけとっても一つ一つ得意分野が異なり、まとめると次のような感じとなる。
水魔術:命の源。回復や解毒といったバックアップを得意とする。
土魔術:物質の生成、加工を得意とする。その固さによる防御を得意とする。
風魔術:体を軽くする、索敵をするなど、大気に触れた物へ影響を与える。
火魔術:もっともエネルギー量に優れた属性。攻撃魔術として使用される。
どうやら俺の知る魔術と大きな差異はないようで内心安堵する。
要するにバックアップ、防御、バフ、攻撃といった感じなのだろう。
「んじゃんじゃ、魔術を使うには?」
「詠唱を丸暗記するんだよな」
「そそ、詠唱を知るには?」
「名のある魔術師に弟子入りするか、学校に通うかの二択」
「正解、付け加えると天性の能力もあるから、それを魔術とするなら三択かな。ならその詠唱はどうやって作られたと思う?」
「…………む」
テリアの講義はとにかく論理的だ。
何故? どうして? どうやって?
そうやってとにかく掘り下げることで本当にわからないことを導き出す。
学ぶ側からすると面倒に思うことも多いが、実に合理的だ。
このテリアという精霊、意外と人へ物を教える才能があるのではなかろうか。
「むふふ、そこからなわけだね。しーかたないなぁ。無知な君にもわかりやすいように、ボクが教えてあげよう」
……もっとも、
この腹立つ上から目線な物言いでは向いていないと言わざるおえないけど。
「もともと魔術は大精霊様だけが使える奇跡――魔法だったんだよ」
「大精霊っていうとテリアの上司だっけ?」
「どっちらかっというと親とかご先祖様って感じかな」
親とご先祖様では似ているようでまるで違う気がするのだけど。
「もしかして、大精霊ってすごい長寿だったりする?」
「途方もないね~。なにせ神が世界で二番目に作った生命って言われてるくらいだし」
「……本当に途方もない話しだな」
「そんな神代の奇跡が魔法だったわけですよ。人間はそれを体系化し、無機質な理論に置き換えることで、『世界の奇跡の法』を『誰でも使える術』へと、不思議の座から叩き落したのさ」
「なんだか罪作りなことをしたように聞こえるんだけど」
言葉だけなら冒涜的な行為な気がしてならない。
「そう言ってる生き物は多いかな。とくにエルフなんかはブチ切れて人との交流を断ってるくらいだし」
あ、やっぱりエルフってこの世界にもいるんだ。
会ってみたいけど、話を聞く限り難しいのかな?
いや、見た目オオカミだしいけるか?
夢の広がる話だ。
「でも大精霊様はむしろ爆笑してたよ? 『よりによって百年も生きれない生き物が永遠の存在に最も近づくとかwww怖いもの知らず過ぎワロスwww』って」
「……大精霊って、結構軽い奴なんだな」
どうやら適当――もとい相当心の広いお方らしい。
「だっしょー? ま、だからってだけじゃないけど、ボクら精霊は基本的に人間が大好きなのさ」
テリアは静かに、自分が入っていた空ビンの隣に降りる。
しばらく思い出すようにジッと見つめ、ビン縁を足蹴りした。
「魔術を使うと魔方陣が出てくるだろ? あそこに書かれた文字は本来、大精霊様以外じゃエルフみたいな限られた人種と魔獣が辛うじてわかる言語なんだ。それを何世代も研究する人間の探究心と好奇心。人間の強みだね。見た目が変わり、食べるものが変わり、喋る言葉が変わり。変化を恐れず確実に前に進み続ける。ボクらが禁忌とするものも恐れず力にしてしまう。ときに紳士的に、ときに友好的に、ときに残酷に。見ていて面白いけど、怖くもあるよ」
そう区切って、冗談交じりにニカッに笑った。
「つまり怖いもの見たさってやつだね! ちょっと忙しなさ過ぎるのが玉に瑕だけど」
「……そっか」
ふと、どうして彼女がビンの中に閉じ込められていたのかが気になった。
でも、たぶん、
先ほどの表情を見るに、聞かないほうがいいことなのだろう。
とにかく、どこの世界でも人間の蛮勇さだけは変わらないことはわかった。
「っと、話が脱線したね。……えっと~」
「どうやって詠唱は作られるのかって話しだな」
「あぁそーそー。まぁ単純な話、大精霊様と使い魔契約した人間のおかげなんだよ」
「使い魔?」
これはまた、魔術っていうより魔法使いっぽい単語が出てきた。
やっぱり、どんな武器でも使える人を使い魔にしたりするのかしら?
「【契約】とも言われてる魔術だね。人間がはじめて編み出した古代魔術の一つだよ」
いわく、たった一定水準以上の魔術師が、人生に一度だけ死に瀕した傷でも回復させる奇跡を魔獣に与える代わりに、その魂を生きる限り縛りつける魔術なのだとか。
漠然としているがテリアの物言いからして、魔獣にとってはあまり喜ばしものではないことだけは伝わった。
「大精霊様と契約した人間は、人の身で奇跡を操る『魔法使い』になる。歴代に数人しか確認されてない彼らが、魔方陣の精霊文字を人間でもわかる言葉に置き換えたのさ。それが詠唱のはじまりってわけだね」
「つまり、ほとんどの人は精霊文字をわからないまま使ってると?」
「一部の人間はちょっとくらい理解してるんじゃないかな? じゃないと新しい魔術が次々に生まれるわけないし」
「あーなるほど」
なんとなくわかった気がした。
つまり高校数学の公式を丸暗記して解く問題か、大学数学の公式自体を解体し理解する問題の違いなのだろう。どちらが専門的で、どちらをできる人間が多いかなど言われなくてもわかる。
「それにしても君、本当に好奇心が強いね。まるで人間みたいだ」
冗談交じりに言うテリアの物言いに不覚にもドキリとした。
「い、いや、まぁ。オオカミだって変わり者はいるってことだよ」
「ん~それはないかな」
今までにない強い口調で断言された。
「君が普通の『狼』ならわかるけど、魔獣だ。だったらありえないことだよ」
「そんなことはないだろ」
「いや、いないよ。それが理だからさ」
納得いかない俺に、テリアは確信しているかのような姿勢を崩さない。
「魔獣は自分に課せられた領分からはみ出すことは絶対にしないからね。ボクらはどんなに力や知識があってもあくまで自然の一部。その調和を乱すようなことは絶対に考えない。それは大精霊様やドラゴンみたいな最上位の魔獣でも同じだよ」
思い当たるふしはある。
力のあるファウルだが、他の魔獣と争う姿は見たことがない。
そもそも他の魔獣というものに会った記憶がなかった。
これも『他のテリトリーを荒らさない』という魔獣間の常識……自然の理ということなのだろうか?
ふと、魔物もそういった存在の一部なのではないか? そんな考えが思い浮かぶ。
お互いに争わない魔獣の理から外れた魔物という存在。
彼らは自然界のウィルスのような存在なのでは、という考えだ。
完璧な安定は停滞を意味する。
それはある種の緩やかな死だ。
だからこそ『他のテリトリーを荒らさない』という制約外の生き物――魔物がいる。
彼らは時に争いや死をまき散らし、停滞に変化をもたらし真価を促す。
そういった存在という風には考えられないだろうか?
(まぁ辻褄しかあってない妄想なわけだけど)
とにかく今はどう誤魔化そうかと頭をひねる。
隠すつもりはないが、前世は人間だったということは、あまり言いふらさないほうがいいだろうと思ったからだ。
「ま、いいや」
答えが出る前に、テリアはあっさり折れてくれた。
「ハイウルフなのに魔術の才能がある時点で、君は特殊なんだろうしね。なにより……しばらく君から離れられない身としては、その方が面白い」
「面白いって」
相変わらず精霊という存在の考えは読みにくい。
刹那的にも見えるし、思慮深くも見える。永遠に近い寿命を持つとこういう考え方になるのか、それともそうじゃないとやっていられないのか。
「うん、ずいぶん話が変な方向に行ってしまったけど、続きをはじめようか」
「おう」
とにかく、なんとか誤魔化せたようでほっとして今日の特訓に汗を流すのだった。
※
「ただいまー」
「……ただいま、です」
日が暮れた頃スーヤと合流し、形だけテリトリー見回れば一日はおしまい。
あとは帰るだけである。
こうなると自由時間だ。
余裕のある魔力で魔術の復習をするもよし、保存食の試行錯誤にさくもよし。
その日の気分でやることは変えている。
とくに最近は自分のテリトリー内で取れる木の実や果実の加工がブームだ。
何だかんだ言いつつ俺も元シェフ。
こう長く料理をしていないと落ち着かなくなる。
なにより、森での生活に慣れて余裕が出てくれば、生肉生活をどうにかしたいと思ってしまうのは自然の流れだ。
そういう意味で、この世界に来て最も役立っているのは、間違いなく料理の知恵だろう。
何が食べれるのか、何が食べれないのか。
未知の山菜や食べ物を見てもなんとなく勘が働くことはかなりありがたい。
(やっぱり肉の熟成をしたいなら湿度と温度をどうにかする必要があるよな。それならまだ燻製とかの方が可能性はあるか。地面に穴をあければ簡単にできるし、それならオオカミの手でもどうにかできそうだ。ただ地味につらいは塩が手に入らないことだよな。となると結局焼いた後の味付けがないわけで……いや、木の実や果実があるならベリー系のソースくらいは作れるんじゃ――)
「あの、兄さん」
「ん?」
今日はなにに挑戦しようか。
そう考え込んでいると、おずおずとスーヤが話しかけてきた。
「ちょっとお時間貰ってもいいですか?」
この瞬間、自由時間の使い道は決定した。
妹をさしおいてまで優先する用事など俺には存在しないのだ。
「もちろん、なにかな?」
「えっと、ミーティアさんにそろそろ二重奏魔術に挑戦しないかって言われてて」
「もう二重奏に? すごいじゃんか!」
スーヤの報告に軽く驚く。
ティアが本格的に教えはじめてまだひと月ほどしかたっていない。
俺が我流とはいえ一年以上基礎をしてきたことを考えると、ずいぶんと早い気がした。
スーヤが優秀なのか、ティアに教師としての適性があったのか、あるいはその両方か。
どちらにしろ喜ばしいことである。
「あ、ありがとうございます」
ひねりなく褒められてスーヤは前足の外殻を爪で引っかく。
照れている時の彼女のクセだ。
「それでですね、二重奏水魔法には二種類あるらしくて。回復と解毒らしいんです」
「ほうほう」
「はい、それでですね。どちらを学んだ方が兄さんの力になれますか?」
「……」
返答に詰まり黙ってしまう。
最近になって気づいたことだったが、嗅覚しかり魔術しかり、スーヤは俺が必要とすることを伸ばそうとしているふしがある。
俺を基準に物事を決めていると言ってもいい。
世話を任されている俺に嫌われないように、また見捨てられないように振る舞っているようにすら見えるのだ。
我を殺して誰かに尽くす。
それは時として美談となるだろうけど、あまり褒められたことじゃない。
依存、というと大げさだが、それに近いものをスーヤからは感じた。
「スーヤのしたい方を選べばいいんだぞ?」
「? だから兄さんに聞いているのですけど……」
「それは僕に合わせてるだけで、スーヤのしたいことじゃないよね?」
「……えっと、難しいことはわからないです」
しばらく「んー」と考え込むと、おもむろにこうつぶやいた。
「スーヤの望みは、兄さんに群れを継いでもらうことですから」
言葉の意味がわからず眉をひそめた。
「群れを継ぐって、なにの?」
「群れのリーダーのことですよ?」
当然のように語るがやはり君がわからず首をかしげる。
一方でスーヤはハッとして頷いた。
「そっか、兄さんはまだパパから……」
「スーヤ?」
「あ、えっと。パパがもともと三人兄弟の長男だったことは知っていますか?」
「いや、初耳だな」
思い出せばファウルとその手の昔話をした記憶はない。
スーヤは二歳になるまでファウルやブレイヴと行動を共にしていた。
そのあたりの事情に俺より詳しくても不思議ではない。
「ですよね。スーヤもブレイヴ兄さんに聞かせているのを又聞きしただけなので」
「でも、だったらその兄弟って僕たちにとっておじさんになるよな? この森のどこかにいるのか?」
家族なら挨拶しておいた方がいいのかな?
そんなことを思いながら口にした言葉に、スーヤはゆるりと首を振る。
「パパが追い出したみたいです」
「へ?」
穏やかじゃない内容に虚をつかれた。
「だから、この森から追い出したんです。以来会っていないそうですね」
「いや、でも……えぇ??」
さすがに思考が追いつかず疑問符ばかりがこぼれ落ちる。
どんな理由があれば血を分けた兄妹を追い出すなんて事態になるのだろう。
「なにか大ゲンカをしたとか?」
「それがスーヤたちハイウルフのしきたり……なんだそうです。群れが産んだオス同士で決闘し、最も力のある者が先代からすべてを受け継ぐ。残りは家を追われる。そうしてより力のある子供を産んでいくみたいです」
「うわぁ……相変わらず脳筋な考え方だなぁ」
あまりの人間と考え方が違い過ぎて思わずぼやいてしまう。
ある意味徹底していると言えなくもないけど。
「パパはブレイヴ兄さんを跡継ぎに考えていたみたいです。兄さんは……その……」
「あ~まぁ、だろうね」
オブラートに包もうと言いよどむスーヤ。
ぶっちゃけ歯牙にもかけていなかったのが本音なのだろう。
そうなるとそのうち自分もここを追われるのだろうか?
だったらスーヤとも離れ離れに? それは、やだなぁ。
「でも、兄さんも狩りに同行させるようになったということは、魔物との一件で考えを改めてくれたのだと思います」
「ふむ、なるほど」
ブレイヴの敵対的な態度にもやっと納得がいった。
群れのオスは二匹だけ。しかもそのうち片方は見捨てられた落ちこぼれだ。
将来安泰、将来有望と思っていたところに突然返り咲いてきた弟。
なるほど、面白くないはずだ。
「スーヤは、兄さんに、跡を継いでほしいです」
ぽそりと呟くスーヤ。
小さな呼気の中には切実な思いが見え隠れしていた。
「このままだとスーヤはブレイヴ兄さんと添い遂げることになると思いますから」
「添い遂げるって……は? 兄妹だろ?」
「? おかしなことではないと思いますけど……ママとパパも兄妹ですし」
「…………マジか」
これまたカルチャーショックに眩暈を覚える。
兄妹で夫婦って、この世界では珍しいことではないのだろうか?
いや、オオカミだけの話しなのかもしれない。
さすがに人間では……ないよね?
「……スーヤは、ブレイヴ兄さんと添い遂げるなんて……やです」
本当に嫌われてるなー。
まぁ俺の知らないところでよっぽど嫌われることをしてきたのだろう。
妹に嫌われる兄という立場に可哀想になってくる。
自業自得だろうから同情はしないけどね。
「ん? でもそれだと、スーヤは僕となら添い遂げてもいいってことに――」
「とにかく兄さん」
なにかに気づきかけたところへ割り込むように、スーヤの言葉が滑り込む。
「スーヤは兄さんにリーダーとなってほしい。兄さんの力になれる能力が欲しいんです」
スーヤはそう真剣に語ると鼻息荒く見上げてくる。
……テリトリーを賭けた決闘かぁ。
正直な話し、興味のない話しだ。
すでにテリトリーを持っている以上、この土地に執着はさほどない。
むしろ無駄な争いはなるべく避けたい俺にとって、煩わしい悩みの種ですらあった。
でも、そこにスーヤがからむとなれば話は別だ。
可愛がっている妹が、粗暴なオスの元に行くというのは……なんだか面白くない。
「うん、そういうことなら僕も頑張ってみるよ」
「っ! はい! お願いしますね」
俺のひと言に安心したのか、人なっつこい子犬のようにしっぽを振りじゃれてくる。
その姿にほっこりしつつ今後に思いをはせる。
次代のリーダーねぇ。
また面倒にならなければいいのに、心底願うのだった。
早いもので10回目の投稿です
 




