あなたとの優しい時間
とても美味しそうな匂いで目が覚めた。何だかお腹に起こされるなんて癪だけど 昨日はあまり食事もできなかったから仕方がないかもしれない。
「おはよう」
「おはよう」
樋口は以前と変わらず台所に立っていた。会社の人は知っているのだろうか?樋口はとても料理が上手い。洗濯も掃除も完璧にやれる人なのだ。一緒に暮らしていた時、私は皿を洗うくらいしか手伝いはできなかった。
「ひなた、目玉焼きとオムレツどっちがいい?」
「…目玉焼きがいい…」
テーブルの上には既にご飯と味噌汁が置かれている。目玉焼きを焼きながら自分の分を用意し始めたあたりは全く以前と変わらない。私は猫舌で炊き立てのご飯や作りたての味噌汁がどんなに美味しいとは言ってもすぐ食べられない。だからいつもできたらこういう風によそって机の上に置いてある。食べる頃には適温に冷めているように…
「今日の予定は?」
「うん、これからちょっと出かけてくる。夕飯は…用意しなくてもいいよ。済ませてくるし…」
「…それって俺が付いて行ったらダメなところか?」
驚いて食べていたご飯をこぼしそうになった。急にこの人は何を言い出すのだろう?
「ダメって言うか…」
「車があったほうがいいだろ?俺が乗せて言ってやるよ」
結局樋口は私に付き合ってくれることになった。途中で花屋に寄り、大きな花束を作ってもらった。私の目指すところは…両親の眠るお墓だ。
私は母が亡くなって納骨された時もここには来なかった。だからここにきたのは祖母の納骨の時以来になる。たぶんもうここには来ることはないのかもしれない。以前祖母と父の骨を分骨しようと思っていたこともあった。だがそんなことをしたら父が『俺の体をあっちこっち持っていってどうするつもりなんだ!』と怒るような気がしたのでそれは実現していない。私が死んだらここに入ることになるのだと思うけど、正直母親と同じ墓は勘弁してほしいと思うのでやはり散骨なのだろうか?少し帰ってから調べておく必要がある気がした。
車でやってきたので時間が大幅に余ってしまった。そのことを樋口に話すと
「じゃあ俺に付き合ってくれないかな?」
そう言って車を走らせた。着いた所は動物園だった。さすがの彼も今まで1人でここには来れなかったらしい。確かに今日は日曜日と言うこともあって家族連れが目立つ。それに若いカップルが手をつないで歩いている中で中年の男1人って言うのは不審者にしか見られないかもしれない。
「どうして動物園なんですか?」
「あれ?知らなかった?ここにはほかの動物園にいない動物が何頭かいるんだよ」
…全く知らなかった。私は彼に連れられて動物園の中へと入っていった。
「これは孫悟空のモデルと言われている猿だ。だがその話も日本のサル研究者がテレビ番組中でそうかもしれないと言った一言が勝手に一人歩きしたもので、西遊記の研究者からは否定的な見解がされてるらしい。骨が薬になったりするから乱獲されて現在ではワシントン条約で取引を規制されている動物だ」
「へぇ…」
そういわれてみればそうかもしれないけど猿は猿だよね?まあ薬になるって言うなら確かに乱獲されちゃうか。だって象牙だってそうだもんね。
私達は少し休憩するために木陰のベンチに座った。冷たいお茶が喉を走っていく。
「樋口さんて動物のこともよく知ってるんですね」
「そうか?」
「小さい頃から動物園とかよく来たりしたんですか?」
「そうだな…結構動物は好きだったから連れてきてもらった記憶がある気がするな。ひなたも両親に連れてきてもらったことがあるだろ?」
「いえ…私は…」
父は私がまだ小さい頃に仕事中の事故で亡くなっている。それに母は私達を育てるので手一杯でこういうところに連れてきてもらった記憶はない。ついでに言えば彼氏と…なんてこともなかったのでたぶん小学校の遠足以来なのだろう。
向こうのテーブルがあるところでは家族連れで たぶん母親の手作りお弁当をみんなで食べているようだ。楽しそうな子供の笑顔がある。
「さて、樋口さんもう見たい動物は終わりましたか?あ、私爬虫類はあまり好きじゃないので見に行きませんよ?」
樋口に私が落ち込んでいるのを悟られないようにわざと元気に振舞った。帰りに売店で動物のぬいぐるみを買って私達は動物園を後にした。




