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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第7話「戻らない会話」

面会のあと、


相沢はしばらく感覚が鈍かった。



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作業場へ戻っても、


手だけが動いている。



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番号を見る。



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仕分ける。



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確認する。



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いつもの流れ。



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だが頭の中では、


健の言葉だけが残っている。



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> 「俺ら全員あの日で止まってる」





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その一文が、


作業音の隙間で何度も反響する。



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夕方。



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作業終了。



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廊下を歩く。



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いつもと同じ距離。



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同じ壁。



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同じ照明。



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なのに今日は、


少しだけ世界が揺れて見える。



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面会室で聞いた“外の話”。



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会社を辞めた。



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飲み会に呼ばれない。



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気まずさ。



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それらは自由な世界の話のはずだった。



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だが実際は、


外側も事故に閉じ込められている。



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部屋へ戻る。



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布団に座る。



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静か。



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その静けさの中で、


久しぶりに“昔の会話”を思い出す。



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事故の前。



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仕事帰り。



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居酒屋。



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「次どこ行く?」



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「ラーメン食う?」



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「明日だるいな」



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そんな、


何の意味もない会話。



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だが今思い返すと、


その“意味のなさ”が異常に遠い。



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普通の会話。



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普通の時間。



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普通の未来。



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全部、


事故の前提で成立していた。



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相沢は壁を見る。



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ここでは誰とも雑談しない。



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会話は必要事項だけ。



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だが本当に失われたのは、


“会話量”ではない。



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“未来を前提にした会話”だった。



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事故前の自分たちは、


明日が続く前提で話していた。



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来週。



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次の休み。



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夏。



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年末。



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だが今は違う。



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ここでは未来は予定表でしかない。



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感情の延長線上に存在していない。



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消灯時間。



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照明が落ちる。



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暗闇。



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相沢は目を閉じる。



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健の顔が浮かぶ。



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疲れていた。



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だが責めてはいなかった。



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それが逆に苦しい。



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怒鳴られた方が楽だったかもしれない。



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「お前のせいだ」と言われた方が、


責任の形が単純になる。



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だが現実は違う。



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誰も完全には切り離されていない。



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健も。



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隆も。



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直樹も。



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翔も。



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優斗も。



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全員が、


少しずつ事故を引きずっている。



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その中で、


自分だけがここにいる。



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その事実は、


責任を明確にすると同時に、


奇妙な孤独も作る。



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相沢はゆっくり息を吐く。



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もしあの日、


誰か一人でも強く止めていたら。



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いや。



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もし自分が一回でも、


“帰る”と言えていたら。



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考えても意味はない。



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裁判は終わっている。



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結果も固定されている。



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それでも人間は、


終わった選択肢を何度も見直してしまう。



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相沢は薄く目を開ける。



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暗闇の中、


天井だけがぼんやり見える。



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ここへ来て初めて、


相沢は少しだけ理解する。



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後悔とは、


感情ではない。



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“戻らない会話”を、


頭の中で繰り返し続ける現象なのだと。

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