第19話「法廷前夜」
裁判の前日、相沢はほとんど眠れなかった。
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眠れないというより、意識が切り替わらないまま夜が続いている感覚だった。
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部屋の明かりはつけていない。
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それでも暗さはあまり意味を持たない。
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頭の中だけが、ずっと明るい。
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机の上には、弁護士から渡されたメモが置かれている。
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・事実関係は争えない
・争点は「予見可能性」
・証人供述の整理
・感情表現は不要
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“不要”
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その一言が何度も頭に残る。
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感情は不要。
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では、自分は何を話すのか。
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夜が少し長くなる。
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相沢は立ち上がる。
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水を飲む。
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味がしない。
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ふとスマホを見る。
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通知はもうほとんどない。
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沈黙は慣れると重くない。
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ただ、空白が増えるだけだ。
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そのとき、母親からのメッセージが一つだけ残っているのに気づく。
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> 「明日は行けないけど、ちゃんと生きてね」
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相沢はそれを見て、しばらく動けない。
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“ちゃんと生きる”
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その意味が分からない。
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生きることと裁判は別なのか。
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それとも同じなのか。
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外では風の音がする。
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窓の向こうで、世界は変わらず進んでいる。
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だが自分の時間だけが、
一点で止まっている。
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翌朝。
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相沢は早く起きる。
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いや、眠っていないだけかもしれない。
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スーツを着る。
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少しだけ窮屈だ。
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鏡を見る。
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そこにいるのは、
まだ“人間”の形をしている。
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だが、その輪郭は少し曖昧だ。
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家を出る。
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空気は普通だ。
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いつもの朝。
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それが逆に怖い。
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裁判所へ向かう電車の中、
周りの人は普通にスマホを見ている。
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誰も知らない。
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誰も気にしない。
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その“無関係さ”が、
一番遠い壁になる。
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裁判所の建物が見える。
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白く、無機質で、
感情のない形。
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入口で一度立ち止まる。
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ここから先は、
日常ではない。
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弁護士が待っている。
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軽く頷く。
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「大丈夫です。事実を話すだけです」
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その言葉は安心ではない。
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ただの手順だ。
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相沢は小さく頷く。
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中に入る。
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扉が閉まる音。
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その音で、
外の世界が完全に切り離される。
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そして相沢は理解する。
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ここから先は、
人生の説明ではなく、
人生の判定が始まる場所だと。




