第16話「空白の証言」
検察庁の面談室は、警察署よりも静かだった。
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静かというより、“音が不要な場所”に近い。
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机の上には、整えられた書類が一式並ぶ。
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そこに乱れはない。
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「確認します」
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検察官は最初から結論に近い位置にいる。
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「あなたは飲酒状態で車両を運転し、結果として事故を起こした」
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文ではなく、構造の説明だった。
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相沢は頷くことも否定することもできない。
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「同乗者の供述は揃っています」
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その言葉で、紙が差し出される。
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そこには“空白”が多い供述整理表があった。
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覚えていない
はっきりしない
止めたか不明
判断できない
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相沢はそれを見て、少しだけ息を吐く。
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“空白”
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それは逃げではなく、
残った余白だった。
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検察官が言う。
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「このケースでは、“最も明確な行動”が重視されます」
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相沢は視線を上げる。
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「つまり……」
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「運転行為です」
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その一言で、すべてが一点に収束する。
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飲酒でもない。
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同席でもない。
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空気でもない。
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“ハンドルを握った事実”
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それだけが残る。
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相沢は小さく言う。
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「他の人は?」
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検察官は一瞬だけ間を置く。
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「関与の度合いは個別に判断されます」
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その言葉は、
答えではない。
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回避だった。
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相沢はそこで理解する。
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全員が少しずつ離れ、
最後に残る一点だけが裁かれる。
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それが今の自分だ。
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「弁明はありますか」
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その問いに、
しばらく沈黙する。
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弁明。
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何を言えばいいのか分からない。
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夜の記憶は曖昧で、
でも結果だけは明確だ。
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「……ありません」
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その一言で終わる。
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検察官は資料を閉じる。
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「では次は起訴手続きに進みます」
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その言葉は冷たいが、
事務的だ。
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相沢は立ち上がる。
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部屋を出ると、
廊下の光がやけに白い。
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その白さの中で、
すべてが均されていく。
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友人の声も。
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会社も。
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記憶も。
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残るのは、
ただ一つの行動だけだった。




