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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第4章「帰る場所」

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第15話「もう一度、向き合う」

雨の日だった。



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相沢は仕事帰り、


駅へ向かう途中で足を止めた。



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目の前にある小さな喫茶店。



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昔、


健とよく入った店だった。



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事故の前。



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何でもない時間。



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くだらない話。



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将来の話。



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笑い声。



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そんな記憶が残っている場所。



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相沢はしばらく店の前に立っていた。



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今まで避けていた。



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思い出すのが怖かった。



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しかし、


今日は違った。



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扉を開ける。



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店内。



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昔と同じ香り。



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カウンター。



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窓際の席。



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その席に座る。



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店員は変わっていた。



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当然だった。



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時間は進んでいる。



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コーヒーを注文する。



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静かな店内。



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その時。



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「……相沢?」



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聞き覚えのある声。



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振り返る。



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山本だった。



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事故の日を知る友人。



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以前、


会社の前で再会した男。



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二人とも、


しばらく動かなかった。



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「久しぶり」



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山本が言う。



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相沢は頷く。



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「久しぶり」



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偶然だった。



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しかし、


避けていた再会だったのかもしれない。



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山本が向かいに座る。



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沈黙。



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先に口を開いたのは山本だった。



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「仕事、続いてるんだな」



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「うん」



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「交通安全の話もしてるって聞いた」



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相沢は少し俯く。



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「知ってるのか」



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山本は頷く。



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「ネットで見た」



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また沈黙。



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相沢は言う。



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「怒ってるか?」



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山本はすぐには答えなかった。



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「分からない」



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正直な答えだった。



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「事故の後」



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「俺もお前を憎んだ」



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相沢は黙る。



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「なんで止めなかったんだって」



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「なんで健だったんだって」



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「何度も思った」



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山本は窓の外を見る。



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「でも」



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「時間が経っても、答えは出なかった」



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相沢は拳を握る。



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「俺は……」



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「もっと強く止めるべきだった」



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「鍵を取り上げるべきだった」



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「一緒に帰るべきだった」



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「全部、後から思う」



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山本は静かに聞いていた。



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「なあ、相沢」



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「もし、あの日に戻れたらどうする?」



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相沢は答えられなかった。



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何度も夢見た。



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戻れるなら。



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絶対に変える。



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しかし、


戻れない。



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「……分からない」



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相沢は言う。



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「でも」



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「今なら絶対に止める」



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山本は頷いた。



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「俺も」



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その一言。



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長い時間をかけた言葉だった。



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「健はさ」



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山本が続ける。



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「お前のこと、悪く言ってなかった」



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相沢の表情が変わる。



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「……本当か?」



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「ああ」



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「事故の前も」



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「お前は真面目すぎるって言ってた」



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相沢は目を伏せる。



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知らなかった。



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「だから余計に苦しい」



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山本が言う。



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「いい奴だったから」



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「馬鹿な選択をしたことが」



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二人とも黙る。



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雨音だけが聞こえる。



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「許すとか」



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山本が言う。



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「簡単には言えない」



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「俺は健じゃないから」



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相沢は頷く。



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「でも」



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「お前が逃げずに生きてることは分かった」



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その言葉。



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相沢の胸に残った。



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店を出る。



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雨は止んでいた。



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「じゃあな」



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山本が言う。



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「また会うかもしれないな」



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相沢は頷く。



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「うん」



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一人になった道。



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相沢は空を見る。



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過去と向き合う。



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それは、


許しをもらうためではない。



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忘れないため。



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そして、


同じ悲しみを増やさないため。



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家へ帰る。



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玄関を開ける。



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「ただいま」



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返事が返る。



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「おかえり」



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その言葉を聞きながら、


相沢は思った。



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自分はまだ途中だ。



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人生をやり直している途中なのだ。



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第4章 第15話 完



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次回


第4章 第16話


「失われた時間」


相沢は健と過ごした最後の日々を振り返る。

楽しかった記憶と、事故へ向かう小さな変化。その夜の真実が少しずつ明らかになる。

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