第15話「もう一度、向き合う」
雨の日だった。
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相沢は仕事帰り、
駅へ向かう途中で足を止めた。
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目の前にある小さな喫茶店。
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昔、
健とよく入った店だった。
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事故の前。
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何でもない時間。
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くだらない話。
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将来の話。
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笑い声。
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そんな記憶が残っている場所。
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相沢はしばらく店の前に立っていた。
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今まで避けていた。
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思い出すのが怖かった。
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しかし、
今日は違った。
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扉を開ける。
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店内。
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昔と同じ香り。
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カウンター。
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窓際の席。
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その席に座る。
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店員は変わっていた。
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当然だった。
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時間は進んでいる。
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コーヒーを注文する。
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静かな店内。
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その時。
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「……相沢?」
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聞き覚えのある声。
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振り返る。
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山本だった。
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事故の日を知る友人。
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以前、
会社の前で再会した男。
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二人とも、
しばらく動かなかった。
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「久しぶり」
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山本が言う。
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相沢は頷く。
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「久しぶり」
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偶然だった。
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しかし、
避けていた再会だったのかもしれない。
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山本が向かいに座る。
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沈黙。
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先に口を開いたのは山本だった。
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「仕事、続いてるんだな」
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「うん」
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「交通安全の話もしてるって聞いた」
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相沢は少し俯く。
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「知ってるのか」
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山本は頷く。
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「ネットで見た」
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また沈黙。
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相沢は言う。
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「怒ってるか?」
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山本はすぐには答えなかった。
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「分からない」
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正直な答えだった。
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「事故の後」
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「俺もお前を憎んだ」
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相沢は黙る。
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「なんで止めなかったんだって」
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「なんで健だったんだって」
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「何度も思った」
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山本は窓の外を見る。
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「でも」
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「時間が経っても、答えは出なかった」
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相沢は拳を握る。
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「俺は……」
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「もっと強く止めるべきだった」
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「鍵を取り上げるべきだった」
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「一緒に帰るべきだった」
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「全部、後から思う」
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山本は静かに聞いていた。
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「なあ、相沢」
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「もし、あの日に戻れたらどうする?」
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相沢は答えられなかった。
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何度も夢見た。
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戻れるなら。
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絶対に変える。
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しかし、
戻れない。
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「……分からない」
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相沢は言う。
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「でも」
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「今なら絶対に止める」
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山本は頷いた。
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「俺も」
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その一言。
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長い時間をかけた言葉だった。
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「健はさ」
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山本が続ける。
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「お前のこと、悪く言ってなかった」
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相沢の表情が変わる。
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「……本当か?」
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「ああ」
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「事故の前も」
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「お前は真面目すぎるって言ってた」
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相沢は目を伏せる。
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知らなかった。
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「だから余計に苦しい」
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山本が言う。
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「いい奴だったから」
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「馬鹿な選択をしたことが」
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二人とも黙る。
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雨音だけが聞こえる。
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「許すとか」
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山本が言う。
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「簡単には言えない」
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「俺は健じゃないから」
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相沢は頷く。
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「でも」
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「お前が逃げずに生きてることは分かった」
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その言葉。
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相沢の胸に残った。
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店を出る。
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雨は止んでいた。
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「じゃあな」
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山本が言う。
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「また会うかもしれないな」
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相沢は頷く。
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「うん」
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一人になった道。
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相沢は空を見る。
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過去と向き合う。
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それは、
許しをもらうためではない。
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忘れないため。
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そして、
同じ悲しみを増やさないため。
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家へ帰る。
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玄関を開ける。
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「ただいま」
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返事が返る。
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「おかえり」
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その言葉を聞きながら、
相沢は思った。
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自分はまだ途中だ。
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人生をやり直している途中なのだ。
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第4章 第15話 完
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次回
第4章 第16話
「失われた時間」
相沢は健と過ごした最後の日々を振り返る。
楽しかった記憶と、事故へ向かう小さな変化。その夜の真実が少しずつ明らかになる。




