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第七十六夜 ひきめ


 遠い、遠い、遠い日のことです。


 生まれ落ちた時より、呪われた忌み子として日の目をみることなく生きてきた姉妹は、ある時、思いあまった父母によって殺されるところでした。

 しかし、幼くとも人に倍する力を有する姉は、諾々と殺されるを良しとしなかった。いえ、その頃、自らの足で立つことすらできなかった病弱な妹を思ってのことで御座いました。


 双子の姉妹、かさねとくず。


 姉のかさねと、妹のくず即ち私のことです。当時、畜生腹ともいわれた双子は忌むべきものであり、表に出すべきものではありませんでした。それも、生まれた時から牙のような八重歯を生やして立って歩いてみせた姉と、これまた対照的に、いまにも息絶えそうなほど病弱で、蛭子ひるこの如く、ぐにゃぐにゃの私と。呪われた姉妹とみられても仕方がない。


 押し込められていた穴ぐらを逃げ出して、野に潜み、山に生き、獣を狩り、時には人を狩って生き延びたのです。


 岩室いわむろに住まいし、戸隠とがくしの鬼として恐れられるようになった。私もまた、ほとんど床を離れられぬほど病弱な身ではありましたが、自分を養ってくれる姉の助けにならぬかと文字を学び、薬を煎じること、またまじないをぎょうとすることを覚えたのです。


 薬師くすしとして人々のやまいを癒すことは喜びでありました。手妻てづまの如きまじないも、その一助というところで。


 自ら煎じた薬のおかげもあって、気分の良い日には表へ出ることもできるようになり、時には鬼無里きなさの子供らと遊ぶこともあったのです。


 それがあのようなことで。今宵の語り手は、懐かしき里の子、ひきめより。



……くずさまは、おやさしい。


 腫れあがって膨れあがって、かき傷だらけのあたしの顔を怖がりもせず、嫌がりもせず、丁寧にいて薬をぬってくれるのだもの。


 やまあいの岩室いわむろにお住まいで、里へ降りてこられることは少ないけど、はやくお会いしたいなぁ。


 もうそろそろ来るころかと、みんなで石神様のところへいって遊んでいたら、くずさまじゃなくて、馬に乗った偉そうな人たちがやってきた。いつもいばりちらしてばかりで、村の人たちをいじめるから、あたしは嫌い。


 せっかく作った作物も、ぜんぶ持っていってしまう。畑を耕しもしないくせに。


 さっさといっちまえ、と道の端によって見送ろうとしたのに、そいつらはそこに馬を止めたの。どうどう、と馬をなだめて聞くんだ。妙なねこなで声でさ。


 おまえたち、くずとやらを知っておるな。月の初めころに姿を現すと聞くが、どうじゃ、もう来たか? それとも、ここで出迎えるところか? なに、少し用事があってな。くずの煎じる薬はよく効くと評判であろう。いくらかわけてもらいたいのでな。ん、どうだ? 知らんか?


 と気持ち悪い笑みを浮かべていう。でも、どの子も答えようとしない。当たり前だ。どうせ、くずさまの薬をただで持っていこうというに違いない。


 みんなが黙っていると、痺れを切らしたのか、猫なで声をやめて怖い顔で睨みつけてきた。返事をせぬか、怪しげな術師に惑わされおって。戸隠とがくしの鬼を庇うつもりか。などと責め立ててきた。


 そのとき、幼なじみのほそみが口を開いた。黙ってやり過ごせばいいのに、くずさまを悪くいうな! なんてさ。もう、ばかなんだから。案の定、下卑げびた顔つきの男は、ほれ、知っておるではないかと、にんまり笑ってほそみを縛りあげてしまったんだ。



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