第13話
対向車線にはたくさんの車。
もちろん、右に曲がることができない。
やむなく、吉沢、交差点の中央で車を止め、イライラしながら
「チッ!クソ!なにチンタラ走ってんだよ!」
レンは優しく話しかけた。
「吉沢さん。」
「え?」
吉沢がレンの方を向いたその瞬間。
レンが右手でバックから500mlのペットボトルを取り出し、
その抜いた勢いを利用し、ボトルの底で
吉沢の顔面を殴打した!
ガツン!!
「痛ァ!!!」
吉沢はあまりの痛みにシートにのけぞった。
レンは、すかさずシートベルトを外し体を伸ばして、運転席側のロックを解除。
「サヨナラ!!」
「痛!痛!くそォ!チクショウ!!!」
ドアをあけ、そのまま車道に飛び出した。
アタルは大汗をかいてフラフラになりながら、交差点に二人の車を見つけた。
「苦し…ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!
もうすぐで追いつく…あ…レンさん。何やってんの!?」
レンは慌てているためか、吉沢の車のほうを気にしながら
周りも見ずに交差点から歩道に駆け戻ろうとする。
そこに、直進車がせまる!
「レンさん!あぶない!!!!!」
「…キャ…………!」
自転車を乗り捨て、
車道にダッシュ!
6年間やって来たバスケット部レギュラーの腕をみせつけてやる…!
大地を思い切り蹴って、レンに向かって横ジャンプ!!!
とどけ…!!
「…アタルく…」
キィィィィィィィィィーーーー!!!!
ド!ドン!
それは、レンを押したと同時だった…。
交差点は大騒ぎだ。
叫び声、クラクションの音…。
「オイオイ!誰かひかれたぞーー!!」
「救急車!救急車!」
運転手は頭を抱えて
「コイツが飛び出してきたんだ!オイ!みんな見てたよなぁ…!?
ああ!くそ!なんで…!」
そんな中、レンは必死にアタルに呼びかけていた。
「アタル君!アタル君!アタル君!」
しかし、アタルから返事はない。
「あー!どうしよう!どうしよう!どうしよう!!」
逃げるように走り去る吉沢の車…。
遠くからサイレンの音が聞こえる…。
【M市総合病院:手術室】
ピ。ピ。ピ。ピ。ピ。と小さく機械音が聞こえる中
顔を押さえ、手術室前のベンチに座るレン。
彼女を見つけて話しかけてきたのはアタルの母だった。
「…吉沢さん?電話くれた方?」
顔を上げて、立ち上がってアタルの母に一礼した。
「ハイ。バイト先から連絡先を聞いて…。
私が!交差点で無茶しちゃってたんです!
そしたら、アタル君が助けにきてくれて…。
アタル君にもしものことがあったらどうしよう!エッ!エッ!エッ!エッ!」
アタルの母はその肩にそっと手を置いた。
「…大丈夫よ…。あの子、昔、ジャングルジムのてっぺんから落ちて、そこらじゅうの鉄棒に身体中ぶつけても、ケロッとしてたのよ?丈夫なの。昔っから…。」
「でも…でも…。血もいっぱいでてました…。」
「フフ…。ちょっとばかし血の気が減った方がいいのよ…あいつは…。」
二人が立っている通路の奥の方から声がした。
目を向けると、ユーヤとサオリだった。
「オバさん!」
「オバさん、アタルは??」
「うん…。まだ来たばかりだからね…。分からないのよ…。」
黙ったままのレン…。
「でも来てくれてありがとう。アンタ達に待っててもらっちゃ親御さんに申し訳ないから。もう、帰っていいわよ。あとは連絡するから…。」
「いや…。オレはもう少しいます。」
ユーヤに同調し、レンも
「あたしも!」
「いや…。あたしたちは、向こうに行きましょうか…。」
と、サオリはレンの肩を軽く叩いた。
「…え…?」
サオリがレンをひきつれてきたのは、待合室。
もう、人影もない。
非常口と自動販売機のランプだけが点いていた。
サオリは、飲み物を買ってレンに手渡した。
「ハイ。コーヒー。飲めるでしょう?」
「ありがと…。」
「アタルのバイト先のレンちゃんでしょ?あたしは幼なじみのサオリ。よろしく。」
「あ、ハイ…。よろしく…。え?名前…。」
「あっ。ツレから聞いたの。話聞いてたみたいよ?」
「あ…そうなんですか…。」
「アタルなら大丈夫よ…。昔、ジャングルジムのてっぺんから落ちても平気のへーざ。頭から血が出てるから、まわりは大騒ぎ!」
「……そうなんだ…フフ…。」
サオリも軽く微笑みながら
「自転車の時もあったなぁ。神社の階段を自転車で下る!とかってさぁ。2、3段で自転車から放り投げられて、石段の階段落ち!最後は、体の上に自転車がガッチャーーーンって…。」
「あはは…。」
「それでも、平気だったんだから…。もう、みんなで死んだと思ったよ…。」
少し、静寂が訪れる。レンがゆっくりとした口調で
「ずっと…昔から見てたんですね…アタル君のこと…。」
「そ。13年間。無茶なこともたーくさん。高校受験も「M高に入試する!」「なんで?」って聞いたら「近いから」バカでしょ?頭いいんだか、悪いんだか…。」
「そうなんですか?」
「そー。一緒にいたいから、必死にあたしも猛勉強。ついでにツレも受けるっつーから三人で勉強。そしたら、あいつ、ずーーっとモンハンばっか。もうね…あきれるの通り越して笑っちゃったよ。」
「あはははは」
「大学もM大受けるっつーから、だいたいわかってた。「近いからでしょ?」「うんそう」だって。もうね…。さすがに付き合いきれないよ。M大なんてあたし無理だし。ホントバカ。」
話しに笑い続けるレンにサオリは優しく微笑みを注ぎ続けた。
「…そんでもさ…カッコイイんだよね…。顔もだけど…行動もっつーかさ…。」
「ハイ…。」
「…あは…。でもさ…。フラれちゃったぁ。好きな人いるってさ。」
レンの胸がドキンと大きく鳴った。
「13年も一途に思ってたのにさ~。アイツのバカ…。…フフ…でもね…自分が思うよりも相手から思われた方が…いいのかなぁ~…って最近思ってる。」
「…それ…アタル君も言ってました…。」
「アイツからしたら、あたしじゃんね?」
「フフ。」
「アハハ。でもさ。一瞬だね。恋におちるって。13年の熱い思いが…真剣な目とかさ。真剣な言葉とか。アイツの13年の思いで変わっちゃった。」
「…一緒にいた方…?」
「そ。…フフ。」
「そうなんだ…。」
「…レンちゃんもさ…。変わっちゃったんじゃない?」
「え!?」
「真剣な行動と…その思いでさ…。」
「…ハイ…。」
「フフ。」
二人に友情が芽生え始めた頃、ユーヤが廊下を早足でかけてきた。
「おいおい!まだそこにいたんだな!先生でてきたぞ!今、オバさんと話してる!」
急いでかけつける3人。
医師は、アタルの母に
「頭も打ってませんし…。内臓にも損傷がありません。両腕は複雑骨折です…。右足首がヒビですね。ただ、身体を強く打ったので、まだ意識が回復しません。」
「いつ頃ですか?目をさますのは…。」
「明日なのか…一週間後なのか…もっとかかるのか…。人によって違うのでね…。」
「先生ありがとうございました。」
レンも少し遅れて
「ありがとうございました。」
と言った。
 




