第3章10 『表裏』
お待たせいたしました。
長めですがお付き合いください。
母の会社にやって来てから一時間、翔は本当に出番が無くただただ話を聞いているだけとなっていた、あらかじめ決まっているデザインの内容修正や間取りの状況など、翔にとって縁遠く難しい話ばかりで部屋に居ずらくなり始める。
女性陣が話し合ってる中、翔は『ちょっと出てくる』と、一言告げてから部屋を出た。
天気は良く日差しがたっぷりと廊下を照らしている、少し眠気すら感じてしまい、どこかに自販機が無いかを探す旅に出る事にした、こういった会社には必ず休憩スペースが設置されている。
その場所まではわからない翔は、壁に引っ掛けられたマップを頼りに休憩スペースへと向かう、その道中ポケットに入れたスマホが震え出す、ポケットに手を突っ込みそれを取り出すとメールが届いていた。
「屋敷のメイドからか」
送り主は屋敷で留守番をしているメイドからだった、内容は『何かあれば何時でも動けます』と書かれていた、今は特になにも起きていないしむしろ仕事でここに来ている感じだ、翔は簡単に『わかった』と打ち出して送信しポケットへ戻した。
その後も社内を散策しながら休憩スペースへとたどり着く、自販機に売ってある缶コーヒーの微糖を押し、ガコン! と取り出し口に現れたそれを手に取ると。
「おいおいマジか、ブラックじゃんか」
微糖コーヒーのボタンを押したのにブラックが出てきてしまった、どうやら業者が入れる場所を間違えていたようで、微糖を押すとブラックが出てくるトラップに化けていた、翔は微糖派で無糖は飲めない。
ひょっとしたらブラックの場所に微糖があるのか? と今度はブラックのボタンを押すと。
「…………ふざけんなよ」
またもブラックが出てくる、業者はとんでもないミスをしているようで、微糖とブラックの両方に混入してしまっていた、翔は諦めてスペースにあるテーブルにドカッと座り、ブラックの缶コーヒーのタブを解放する。
あまりの苦さに顔は歪むがちびちびと口にする、まるで人生の苦味を口にしているようだ、とそれ程長生きしていない翔は心で呟く。
もう一つ余ったコーヒーはメイド長か氷華に渡すことにし、スペースを後にしようと立ち上がった時だった。
エレベーターから慌てて廊下を走ってくる男性を見つける、その時翔はそいつの顔を見て、表情を歪める。
その男性は翔の顔をチラッと見るとニコニコしながら話しかけてくる、あのパーティーの後翔は彼の真実を知ってしまい、今まで以上に怒りを覚えてしまった。
「やぁ、確か万緒歌さんの」
「どうも………」
「少し出先でトラブルがあってね、遅れてしまったよ」
なんと涼しい顔だろうか、本当にトラブルに巻き込まれて遅れてきたのだろうか、今疑っていても仕方がないがその笑顔の奥に隠れた本性を暴いてやりたい、何ならいっそこの場で問い詰めても良い、だが翔はグッと堪えることにした、せっかく調査する為にやってきたのに身勝手な事をすればまた迷惑を掛けてしまう。
少し深呼吸をすると翔は『そうですか、今から戻るんで行きましょうか』と皇に返事を返す、2人は並んで歩いて社長室へ向かった。
2人は社長室へと帰ってくると、皇から七宝家の2人に挨拶をする、翔は再び出会った時に顔を歪めてしまったが2人は違っていた、所謂仕事モードと言うやつだ、表情は崩さずに名刺を交換しまた話し合いが始まる。
翔はフラフラと社長室の中を見て回る、社長である万緒歌が座る席のデスクには写真立てが2つ並んで置いてあった、4人は話し合いに集中している事を確認し、さり気なくその2つの写真立てを手に取り見てみると。
「これは………」
2つの内1つは家族写真だった、翔が中学生の時と結萌が小学生の時に撮った最初で最後だった写真、この頃から万緒歌は仕事で忙しく走り回っていた、そんなある日突然写真を撮ることになり、翔は嫌々と拒否をしていたが後ろから2人を抱きしめて捕獲し、万緒歌はニッとした表情で撮影した。
もう数年前の写真なのに大事に持っていることに翔は驚いてしまった、不覚にも涙を流しそうにもなる、だがもう一つの写真にはあの男が1人写った物だった。
万緒歌は知らない、あの男がどんな奴かどんなに最低な奴かを何も知らない、それでいて万緒歌はあの男に恋をしている、翔は怒りの感情を抑えられず唇を噛み締める、鉄の味を感じながらも強く。
家族を騙すような男は絶対に許さないと、翔はその時が来るのを少し耐えて我慢する、真実を知った時万緒歌はどうなるのか、壊れてしまわないだろうか、そんな不安もあるが必ず真実を話さないといけない。
長い話し合いが終わると万緒歌は少し用事で部屋から出ていった、部屋には氷華、メイド長、翔、そして皇の4人だけとなった。
少し沈黙した後翔は万緒歌が座っていたソファーに座る、メイド長は『お手洗いに行きます』と告げて部屋を出ていく、氷華は翔の隣に座りタブレットを操作し始める。
「いや、まさか七宝グループの方々が依頼をしてくれるだなんて、万緒歌さんもさぞお喜びでしょう」
「そうですね」
「これで内も安泰ですよ、万緒歌さんにはしばらくゆっくりと休んでもらいたいですよ」
「そうですね、皇さんはゆっくりしないのですか?」
氷華はタブレットを操作しながら皇の会話に返事をする、翔はポケットに入れてあるスマホに手を乗せて、目を瞑りながら何かを待っていた。
待っているものは『着信』だ、マナーモードにした場合着信をしても音は鳴らずスマホだけがバイブレーションする、氷華は翔に見えるようにタブレットを操作し、そこに文字を打っていた。
書かれた内容は『スマホがバイブしたら皇を問い詰める』と表示されていた、翔はそれを確認した合図でポケットに手を乗せた、メイド長が『お手洗い』に行ったのは何かをするためで、本当にトイレに言ったわけではなかった。
「僕はお抱えが多くてね、今日も万緒歌さんと別れた後仕事なんだよ」
「お忙しいのは仕方ありませんわね」
「これも万緒歌さんの為だよ」
その時だった、翔の手の下でスマホがバイブする。
メイド長からの合図だ、もう話しても大丈夫の合図、翔はパーティー後に聞いた話を頭の中で整理しながら、何から話そうか考えていた。
氷華は翔の目を見る、今にでも殴りそうな目つきをしているが抑えているのがわかっていた、相手からは見えない膝の上に乗せた手は強く握りしめられている、氷華は思わずその手を覆うようにギュッと握る。
するとゆっくりと力が篭っていた翔の手は柔らかくなり、氷華の手をゆっくりと握る。
ここで叫んだり文句を垂れても意味がない、しっかりと相手の確信を突かなければ弱みを見せない、氷華は片手でタブレットを操作しながらその時を待っていると。
「そっか、母さんの為か。アンタ面白い事を言うよな」
「何がだい?」
「はっ、アンタの素性は全部わかってんだよ」
「だから何がだい?」
「しらばっくれんなよ? 皇、テメェ他にも女がいるらしいじゃねぇか、あ?」
鋭い目つきで翔は皇を見つめる、一瞬だが目を逸らしたのが確認できた、氷華は掲示板でのやり取りや画像などを表示し、皇が座るテーブルの前に置く。
それをチラッと見ると歪めるかと思いきや笑い出す、何がおかしいのか、翔は舌打ちをするが今は相手のリアクションを待っていた、しばらくクスクスと笑い深呼吸をする皇は、
「それは昔の物じゃないか、今は万緒歌さん一筋だよ、確かに昔は色々あったが今はそんなのじゃないよ」
「昔だ? 寝言は寝て言えやクズ野郎、今も変わらないかもしれねぇだろ」
「それは君の偏見だよ。どうして僕を陥れたいのか知らないが、あまり酷いなら名誉毀損で訴えるよ?」
やはりちゃんとした証拠が無ければ意味がないのか? 当時の写真には確かに天羽デザインのバッジがある、しかしこれは万緒歌と付き合う前かもしれない、これでは確たる証拠にはならない。
いきなり詰んでしまった、後から証拠探しをしても恐らく消されてしまうだろう、翔はタイミングを誤ったのだろうか、いや、氷華やメイド長の作戦ミスなのか?
しかし氷華は涼しい顔をしながらタブレットを拾い、操作をする。
さっきから何をやっているんだ? と翔は疑問を覚えた時だった、氷華や翔からでは無く前に座る皇から着信音が鳴る、画面をチェックした皇は席を立ち上がろうとする、それを翔は制止する。
「待て、ここで出ろ」
「悪いが君のように暇ではないんだよ」
「ほー、ひょっとして女からか?」
「ほら見てみなさい、星蓮グループからだ」
「星蓮なら構わねぇだろ、出ろ」
「わかったよ」
皇は渋々といった感じで通話ボタンを押す、翔がビックリしたのはパーティーで初めて出会ったあの星蓮と、万緒歌の会社に繋がりがあった事だ。
奴が電話を出たタイミングで翔はソファーに深く腰をかけ直す、チラッと氷華を見ると何故か笑いを堪えていた、何故氷華は笑いを我慢しているのか翔にはわからないでいたが、それは直ぐにわかることになる。
電話の向こうに居るやつは声を大きくし、わざとらしい言葉で皇に話しかけていた、その言葉は皇の態度を大きく変えしまう言葉で。
――――次はいつ会える?
しっかりと翔は聞いた、『次はいつ会える』のかと女性の声で、皇は慌てて口振りを変えながら『つ、次はまた会議の時にでも』と、だが電話の相手は『早く会いたい』や『お金ならある』と声を大にして皇に話しかけていく。
皇の額からは汗が吹き出始めていた、氷華は何かを悟ったようにタブレットを仕舞い、ソファーから立ち上がり部屋の扉付近まで下がった。
なぜ氷華は下がったのか、そんなのはその場に居る人間ならすぐに分かる、翔から放たれる怒りのオーラをピリピリと感じ、氷華は翔から離れた。
そう、翔は元暴走族総長で喧嘩はあまりしていない分、キレた時はどうなるかわからないのが普段から優しい奴の性格、今目の前の男は慌てながらも携帯の通話を切り、翔や氷華を見ながら弁明をする。
なんとも哀れだ、先程まで威勢が良かった男でもボロが出れば直ぐに手の平を返す、翔の耳にはそいつの言葉なんて1ミリも入って来やしない、ゆっくりとそいつに近づき強く胸ぐらを掴み自分に引き寄せる。
「コラぁ、テメェ覚悟はできてんだろな………?」
「や、やめてくれ! これは違うんだ!」
「何が違うのか言ってみ……」
「い、今の電話は何かの罠だ!!」
「言いたい事はそんだけか?」
「やめ、やめてくれ、警察を呼ぶぞっ!?」
「あ? 呼びたきゃ呼べや、こちとらポリが怖くて暴走族なんかやってらんねーよ、あ?」
ガタガタと震えるそいつの足を強く踏みつける翔、逃がさないとばかりに睨みつけ壁際に叩きつける、さすがの氷華も少しこの空気にビビってしまう、よく見れば皇は目から涙を流し鼻水を垂れる、それだけの厳つい翔にどうしようもなくなり謝り始める。
同情なんてしてやるつもりは無い、全てを無駄にされたのはこいつのせいだ、翔は拳を強く構える。
「ご、ごめんなさい!! ごめんなさいごめんなさい!! そうです他にも女が居ます!」
「聞こえねーよもっとハッキリ叫びながら言えやッ!!!!」
「他にも女が居ますッッ!! 社長と別れた深夜に毎晩会ってますッ!!」
「テメェ見てぇな底辺ゴミ虫に居場所はねぇんだよッッ!!!」
「ふごはッッ!?」
その拳は今まで我慢していた分をパワーに変えて、物凄いスピードと威力で皇の顔面をぶん殴った、とてつもない威力だったせいで軽く吹き飛び床に倒れ込む。
その姿を翔は上から見下ろし睨みつける、まだ殴り足りないと倒れた皇のマウントを取りまた拳を構えるが部屋の扉が開き、入って来た人物を見て拳を下げた。
「翔、もういいわ」
「母さん、こいつは騙してたんだぞ!?」
「マリアさんから聞いたわ、全部」
「だったら!」
「だから、ここからは私がやる」
「……わかった」
マウントを取っていた翔はそこから立ち上がり、後ろに下がった、万緒歌は殴られて鼻血を出した皇を見ながら話をし始める、それは万緒歌が翔や結萌の父親と別れることになった話。
当時まだ小さかった翔や結萌は、どうして離婚したのかを知らないまま生活をしてきた、もちろん今も知らないままだ。
離婚した理由は万緒歌の『夢』の事だった、それは会社を立ち上げて独立し世界に認められたいと言ったもの、しかし翔の父は『今から独立をすれば家族との時間が無くなる』と反対、だが万緒歌は自分の夢を諦めきれなかった。
もっと家族と豊かに過ごすために、もっと円満な人生を送る為にと話をした、それでも父は反対し『それは仕方が無い事だね』と万緒歌に告げた後、離婚届を万緒歌に手渡した。
離婚はしたくないと万緒歌は反論するも『君は君の夢がある、それなら一度やってみればいい、何かがわかるかもしれないね』と、その言葉を最後に家を出てしまった。
それからというものの万緒歌は独立の為に走り続け、擦れてボロボロになったヒールでもお構いなく走り続ける、結果家族と過ごす時間は激減し、帰れば深夜を回ってしまっていた。
頼れる旦那は居なくなり、息子や娘には弱音を吐いたりしたくはない、そこで当時まだ独立をしていない時に同僚だった皇と出会った、いつでも優しく気を使ってくれた上に夢を一緒に追いかけてくれると話してくれたそんな男に、万緒歌は惚れてしまった。
だが本当は万緒歌と別れた後、お金持ちの複数の女と関係を持ち、いくつもの恋人を作っていた。
万緒歌のこともお金目当てで近づき、独立した今は一番お金を持っている女と思われていたようだ、昔話をしきりにした後皇の携帯を奪い電話帳を覗くと、そこには『女1』と名前では無く数字で分けられていたことがわかった。
「しゃ、社長……」
「もう私の目の前から消えなさい」
「そ、そんな!? どうやって生活をすれば!」
「その電話帳に載った女に助けてもらいなさいよ、アンタは」
――――クビよ、皇………
メイド長は警備員を呼び、直ぐに皇を会社から追放するように言い付け、目の前から信頼していた男は居なくなった。
一番ショックが大きかったのは万緒歌だろう、信頼を寄せさらには再婚相手に選ぶ予定だった男でもはとんでもない、詐欺師だった、長くその女性と関係を持ち信頼させ、タイミングを見計らい金だけを持っていく最低な男だった。
万緒歌は翔に謝りながら抱きついた、『今までごめんね』『寂しい思いさせてごめんなさい』と、泣きながら謝り続けた。
ふと翔は思った、自分の父親が言っていた言葉、『何かがわかるかもしれない』の台詞は翔自身も言葉は違っていても、意味が一緒な事を仲間に言い続けていたこと。
――――テメェの道をテメェで塞いでどうすだんよ
「え?」
「なあ? 俺は俺でもう独立した、夢なんかまだよくわかんないけどさ」
抱きついている母をゆっくりと引き剥がし、翔は真っ直ぐな瞳で万緒歌を見つめながら口にする。
「1人じゃないだろ、周りには母さんが知らないくらいの味方がいるんだよ、だから心配すんなよ」
「…………翔」
「家族だろ? なんかありゃ助けてやるよ、一番の味方じゃんか」
「……うっ、うん、ありが……とう!」
メイド長や氷華も少し涙ぐむ、これでバラバラだった家族の心は正しい形へと戻った、涙を拭いた万緒歌はコートを手に取り身支度を済ませていく、時間はまだお昼過ぎなのだが。
「今日はもういいわ、氷華さんマリアさん、お話はまた後日にでも」
「急ぎませんので、早く帰って差し上げてください」
部屋を走って去っていく姿を見届けた3人は、屋敷に居るメイドや美歩佳に報告を済ませ会社を出ていく、会社の前にある歩道にダンボールと1人の男がポツンと哀愁を漂わせていた。
追い出され行き先を失ったその男は見事地獄へと突き落とされた、翔はその男でもに近づきポケットに入れてあった缶コーヒーをそいつの前に置く。
ゆっくりと顔を上げたそいつに向かって翔は、
――――今のアンタにピッタリだよ
それだけを告げると3人は迎えに来たリムジンに乗り、会社を後にする、一度失った信頼や信用は取り戻すのにその時の何十倍も努力しなければならない。
今のアイツは恐らくどれだけがんばっても、信用や信頼は取り戻すことはほぼできないだろう。
翔は車の窓を開けて風を浴びながら、『がんばらねぇとな』と静かに呟いた。
次回は来週です、気長にお待ちください。
読了お疲れさまでした。
双葉。




