第3章幕間 『本当のこと』
遅くなりすみません。
今回は結萌と万緒歌、そして翔の過去について書きました。
それは朝方の事、いつもの起床時間になりベッドから起き上がり、乱れた髪を整える為テーブルにある手鏡を手に取った時だった。
最初は気のせいだと思い、気にせず鏡に映る自分の髪を再度弄っていると、
―――ガタッ
結萌はビクっとする、この隣の部屋は翔が使っていた部屋で、誰も使っていないのは知っている。
勝手に物が落ちたにしては『ガサガサ』と、何かを動かしたりしている様な音が結萌の部屋にまで聞こえてきていた、この後部屋に向かうと泥棒ではなく翔本人だった。
久しぶりに見た兄の姿は上下スウェットで、こんな格好で外に出てきたのかと思うと情けなく感じてしまう結萌、床に置かれたカバンには服や私物が詰められていた。
結萌の姿を見たあと早々と立ち去ろうとする翔、せっかく帰ってきたのにもう出ていく、少しでも話せば色々と分かり合える事があるかもしれない、そう考えてる前に翔の行く手を阻む。
それからご飯を用意し、食べられる段階までやって来たのに結萌はつい口にしてしまった。
それは『毎日ご飯を用意している事』『その度に万緒歌から翔の事を聞いてくる事』などを翔にぶつける、それが失敗したのか翔はリビングから出ようと歩き出し、止められる間も無く家を飛び出して行った。
結萌は開かれた玄関を見たまま、床にペタンと力無く座り込む、過去にしてしまった事を後悔していた。
それはまだ翔が実家で暮らしていた時のこと、その頃から母の万緒歌は仕事で走り回っていて、あまり家に帰ってこられなくなっていた、自分で会社をやるのが夢だった万緒歌は少し家族に気を配れず、構っていられる暇がなかった。
唯一側に居てくれたのは兄である翔、しかし、高校生になると付き合う友達が代わってしまい、不良グループと夜な夜な遊びに出かけてしまっていた。
家に1人取り残されてしまった結萌は、家事を全てこなす様になり、たまに帰ってくる万緒歌に晩御飯を作ったり、逆に作ってもらったりしていた。
丁度翔は反抗期に入っていた時期もあり、たまたま帰ってきていた万緒歌と親子喧嘩する場面も珍しくはなかった、万緒歌は結萌にいつも会う度にこう告げていた。
―――ゆーちゃんは翔見たいになっちゃダメよ?
それはつまり悪い事はするな、正しく生きなさい、そういう事を言っていると結萌は解釈した。
ただ万緒歌の知らない所があった、それは時計の針が天井を指した時間帯に翔が帰ってきた時のこと、いつも帰宅すると結萌にこの事を確認する。
『母さんは?』
もちろん今日も居ない、そう結萌が答えれば『そうか』と返してくる翔、このやり取りは何度もやってきた。
その度に翔はどこか寂しい様な表情を浮かべながら部屋へ入る。
この状況を何とかできないのか、どうすればいいの? いつも悩んでいるのは万緒歌や翔では無く、真ん中に居た結萌だった。
そして翔が家出をするきっかけになったあの日がやってきた、それはある深夜のことだ、勢い良く玄関の扉が開かれたと思えばリビングまで走ってきた翔の姿があった、丁度万緒歌が帰宅しリビングにやってきたタイミングだ。
息を切らし、母である万緒歌を鋭く睨みつけ、今にでも飛びかかりそうな体勢で翔は叫ぶ。
『誰だよあの男は!!』
その大きな声は2階の部屋にいた結萌にまで届いた、それを耳にした結萌は慌てて部屋から飛び出し階段を降りていく、親子喧嘩はもう聞き慣れていたはずなのだが、今回ばかりは翔の様子がおかしいと気づく。
その言葉を向けた先にいる万緒歌は『同じ会社の仲間よ』と、翔に対し冷静に返答する。
それを聞いた翔はさらに苛立ち始める。
『嘘ついてんじゃねぇぞ、最近ずっと一緒にいる見てぇじゃねぇかよ!!』
『だからってアンタには関係ないでしょ!?』
『毎晩毎晩遅いのもそいつと居るからだろ? 家を結萌1人にしやがってよ!?』
『アタシは仕事なのよ、それに彼はアタシの会社の夢を一緒に叶えてくれる為に居るのよ』
『それなら結萌を1人にしていい理由になるのか? それならそんな会社の夢なんか潰せよッ!』
『アンタだってゆーちゃんを1人にしてるじゃない!』
万緒歌から言われたその一言に翔は黙ってしまう、自覚していたからだ、翔も結萌を1人にしてしまっている事を。
まず、翔がどうして万緒歌が男と居たことを知っていたのか、当時の翔達のグループが溜まり場として使っていたのは駅前広場、深夜になれば人が行き交う数は激減し、バス停にあるベンチも使いたい放題になる。
そこを溜まり場として利用していた、この喧嘩が起きる1週間くらい前に広場のタクシー乗り場で万緒歌を目撃していた、その時横に立っていたのがその男で、翔自身も最初は会社の同僚か何かだと思っていた。
だがそれは毎晩の如く続き、さらには腕を組んで歩いているところまで見てしまい、この喧嘩になってしまった。
自分にも非がある、だが母である万緒歌にも非があるはずだと怒りに身を任せてしまっている。
『毎晩知らない不良と一緒でしょうが!』
『わりぃかよ!? 大事な仲間なんだよ!』
『仲間? 笑わせないでよ、そんな風に育てた覚えなんてないわよ!』
『んだとコラぁッ!?』
思わず翔は万緒歌に掴みかかろうとしたが、間に結萌が割り込み手を広げる。
それにより怒りは失速するものの、やり場のないこの感情はどうする事もできず、沸騰したヤカンのように顔を真っ赤にし万緒歌を睨みつけるだけとなる。
その時に結萌はあの言葉を口にしてしまった。
『出ていってよ、もういいから出てけッ!!!!!!』
母を庇うのか? と目を見開いてしまう、その一言は翔の心にじゅうぶん響かせる威力があった、結萌がそんな事を叫ぶとは思わなかった万緒歌も戸惑いを隠せていなかった。
2人には聞こえない声で翔は俯いて呟く、
―――俺は、寂しかっただけなんだよ………
すると、翔は突然家から飛び出して行った。
飛び出す直前に『翔! 待ちなさい!』と叫んだ万緒歌の声は届かず、涙を流している結萌に万緒歌は『大丈夫、大丈夫よ? すぐに帰ってくるから、ね?』と、優しく頭を撫でながら声を掛ける。
しかし、朝になっても次の日になっても翔が玄関から現れる事は無かった。
それから1年が経った日に、万緒歌が自宅にその男性を連れてきては結萌に紹介し、翔の居ない中でしっかりと話し合う形になってしまう。
話の内容は『彼はアタシに付いてきてくれた人よ、経営する為に手助けをしてくれる人なの、行く行くは再婚する相手になるの』と結萌に話をする。
そこからはよく万緒歌は『皇樹』と言う彼を自宅に連れてきては3人で食事をする機会を増やし、皇樹自身も万緒歌の娘である結萌と仲良くなる為に必死に話しかけていた。
当たり前だが、知らない男性をいきなり連れてこられたりしても戸惑う事しかできなかった結萌、警戒していると言えばそうなるが、それも2ヶ月少したった頃には打ち解ける。
そして結萌が中学最後の3年目を迎えた頃、万緒歌は会社を構える様になりさらに忙しさが増したのか、またも帰宅する機会が減ってしまった。
もう慣れてしまった結萌は『大丈夫だよ、私家事得意になっちゃったから』と、万緒歌に電話越しで口癖のように呟くようになり、そのやり取りを繰り返すうちにさらに月日は流れ、今の学園に入学した。
結萌はそんな過去を思い出していると、翔を引き止める時に落としたスマホが床の上で『ブーブー』とバイブレーションする、拾い上げで確認するとメールを受信していた、画面を開くと書かれた内容が表示される。
『来週パーティーに招待されたの、一緒に行きましょ? 今から衣装とか買いに出かけるから、準備できる?』
まさか、翔が飛び出した後にこのメールだ。
本当にどれだけすれ違えば気が済むのか、などと考えながら結萌はスマホの画面をタッチし、内容を返信する。
『うん、わかった』
掛け違えてしまったボタンは直せない、気がつくまでは。
3人の事について書きました、次回は今週中にまた上げます。
読了お疲れ様でした。




