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魔王対魔王

『遅かったな』

 辿り着いた先にいた神は、胸の奥から人としての本能を呼び覚ますような、包み込むような何かがあった。

「ゴメンね」

 魔王は、ヨシュアは、かけられた言葉に対して、ただ親しげに返した。気圧される様では話にならないが、それでもこの目の前の神に対して敬い、親しむ気持ちがあった。

そう、この神の正体を、ヨシュアは知っている。それこそ、多分、生まれた時から。

『う、うぅ…』

 ふと、うめき声が聞こえた。ふと見ると、目の前の神の他にもう一柱…頭を踏みつけられている存在があった。

「それって…」

『あぁこれか。これはヴァルトローデだ』

 あっさりと言い放った。

『うぐ…オルティ、あ…いいところに来ました私をたす…ぐわぁあ!』

『見苦しいぞ?』

 足に思い切り力を込め、黙らせる。オルティア…それにマリアンヌとヴェートリッヒは多少同情混じりにそれを見守っていた。

『まあそろそろ退場願おう。あぁ安心しろ消しはせん。お前にもまだまだ働いて貰わねばならぬからな』

 目の前の神は、ようやっと足蹴にした神、ヴァルトローデをどうやってかこの場から追い出した。

 創生の神の力を狙い、あらゆる干渉をしてきた神、ヴァルトローデ。彼の神だけではないのだが、ヴァルトローデが率先して動いてきたことに過ぎず、ヴァルトローデを抑え込めば本来は全てが解決するはずだった。

 しかし、そうはならない。ここに、新たな支配者が、復活、したのだから。

「それで、君はいったい何者なのか」

『白々しいことだな勇者よ。お前も気付いているのだろう? それにお前に関して言えば、初対面でもないのだ』

 そして、名乗る。

『我は始まりの魔王。そして、お前たちの創造主だ』

 ヨシュアと、エルレイア以外はさすがに驚きを隠せなかった。魔王の正体、それについてはすでに知っていた。

 だが、それにしても解せない。始まりがそうであったとしても、歴代の魔王とは、その創生神の生まれ変わりだったはずだ。それが、なぜ今になって神として、再び蘇ったというのか。

『神の転生というのはあいにくとそう簡単には行かんのだ。必ずその核として、我の意識を引き継がねばならぬ。別人格として表出はしても、歴代の魔王というのはつまり全て俺に過ぎぬのだよ』

 もっとも、それは意識すら出来ない深層の話だ。大抵の場合、自我の芽生えと共に融和し、神とは別の『人格』として現れる。

 しかし、そこに例外が生まれた。

『そう、ヨシュアがあまりにも不完全な魂であったがため、我と完全に分離してしまったのだ。だからこそ、我は神として、今、こうして存在している』

「まさか…それもリースロンデ様の策略…?」

『何故そこにリースロンデが絡むと考えるのか分からんがそれはない。本来ならばただ人格が消え霧散するだけであったが、我が魔王として、人として転生し、いつしかその内に固まった、人としての我の魂の塊。それがヨシュアとして存在することが出来たのだ。だからこそ、我の魂を介さず完全に別の者として、在ることが出来た…まあもっとも、それを思い出したのもこの世界に来てからの話だが』

「そっか…そういうことなんだね。それで一つ聞きたいんだけど…あー君の名前は?」

『名、か…そうだな。魔王であるのはお前も同じ。であればややこしいか。我の名は―マオウだ』

「え!? ちょ、嘘でしょ! こんな時にふざけないで」

 マリアンヌが反射的に叫ぶ。

『ふざけてなどいない。我の真名はマオウ。まあそうだな。貶める意味もありその発音を巧みに利用していたのであろうよ。どうしても疑うというのであれば…そうさな五千年ほど歴史を遡れば出て来るか。その当時で記録物の文字を発音できるほどに研究と資料の保存が進んでいた文明は確か…』

「ア、ゴメンナサイモウイイデス」

『そうか…それでヨシュアよ。聞きたかったのは我の名前ということでいいのか』

「そうじゃないよ。君がこの世界に足を踏み入れることで、神として存在しているのは分かった。けれど、ヴァルトローデを排除して、君はこれから何をしようというのかな」

『いやなに。我としても、反省しているのだよ。そもそもで言えば、我の勝手な理屈を、人に押し付けていたのではないか、とな。

とはいえ、ヴァルトローデでは相応しくはあるまい。だから、我が戻ってきた。文句はあるか』

 世界を支配するに相応しき絶対者。きっとその世界は正しい。慈悲深く、人々を包み込み、導くのだろう。

「あいにくとそれはお断りするよ」

 しかし、魔王ヨシュアは当然のように、考えるまでも無く、答える。

『ほう…それは何故だ』

 人の神、マオウは声に険を混ぜる。

『お前たちは幾度となく世界を危機に晒してきた』

「ああそうだね。つくづく甘いと思うよ」

 謀略はあった。だが、それに騙されたのも人間だった。

 マオウを拒絶する世界を生きるというのなら、神の鳥籠に守られた世界を否定するというのであれば、言い訳などできないのだ。全てを、自らの意思で。責任で。生きなければならないのだ。

 そして、存在の全てを犠牲にしても。それでも人を守ろうとしたマオウに感謝を伝える。そして、それ以上に別れを。文句を。人が愚かで弱かったせいで隔たれた、神の試練に、ようやく辿り着く。

「僕にはエルレイアが、ヘリエルが、オルティアが、リリスが、フレイアが。マリアンヌとヴェートリッヒがいた。それは僕を満たしてくれる存在だった」


エルレイアが僕を守り、始めてくれた。


ヘリエルのためにも生きなければと思った。


孤独を埋めてくれるフレイアがいた。


生きていてほしいとそう願ったリリスがいた。


そして…オルティアが僕を選んでくれた。


「ワガママだけどね。僕は、世界の為だとかそういうものは考えたくないんだ。ただ、皆が大好きだ。それだけでいいというのではなくて、それだけが欲しいんだ。神様よりも、世界よりも、僕のことを選んでくれたのが嬉しかった。それを曇らせたくないって、それだけの話だ」

『…そうか』

 世界の命運は、自らが握らなければ意味はない。その幸福も不幸も、自らの決断だからこそ、悲しみ、怒り、喜ぶことが出来る。誰かに委ねた判断で、それが真実、自らの為であったとしても、その結果得られるものは空虚だ。

「まああれだね。僕はハーレムの皆を心底僕のモノにしたいって、ただそれだけの話だよ」

『ははは! そうか、その辺り、勇者辺りがのたまうかと思ったが…』

 自らの元から離れ、巣立とうとする魔王の姿を、心底眩しそうに、マオウは見ていた。

『とは言っても、やはり信用は出来んな』

 マオウは手をかざす。そして、現れる影に、ヴェートリッヒとマリアンヌは反応する。

「こいつら…!」

「ヴェートリッヒ様…申し訳ありません。私達は…」

「気にすんなよ。ま、好きにすればいいさ。俺も好き勝手やる」

「マリアンヌ…あれ? 生きてる」

「勝手に殺すなぁ! いや死んだけどさ!」

 ヴェートリッヒとマリアンヌが親しげに話すのを見て、確信する。

「彼らは…魔族なのか…」

 魔王によって導かれた満たされぬ魂。紛れもなく、人の過ちの形だ。

「さあ始めよう! 真の魔王とは格が違うのを見せてやる」

 シン。世界の大罪とは違う。救われ、魔王に従い、世界をよりよくするために魂を懸けた戦士達。

 始まるのは、世界の在り方を定めるための戦い。

「あいにくと僕も負けるつもりはないさ」

「ああそうさ! ねえヨシュア…この戦いが終わったら…その…分かってるよね?」

「あ! 抜け駆けは止めなさい! 私だってがま…我慢…」

「…仕方がないわね皆で一緒に」

「なんだかむずかしいはなししてる!」

「してねえよ! 微塵もしてねえよ! このクソ忙しい戦場で死亡フラグとか無駄に立ててんじゃねえ!」

(…なるほど、こうなったか…)

 マオウは、眺める。戦いを、それ自体を肯定するつもりはない。だが、明日を信じ、自らを貫くために戦い続け、そして、今、輝かしい未来を見据え、仲間と手を携え戦っている。

(あるいは…我は、このような光景を望んでいたのかもしれない)

 本来ならば、試練とはいえ世界に降り立つ必要は無かったのかもしれない。けれど、人をどこか眩しく見ていたのかもしれない。あるいは、ヨシュアが望んだ理想のように。世界の為ではなくて、どこまでも純粋で単純な絆を…

「魔王様…」

『…そう、か』

 付き従う魔族たちが指示を仰いでくる。その顔は明るい。

 マオウは、呼びかけただけだ。けれど、より良き世界を望むために、その理想を掲げるために、呼びかけに応じた。いや、きっと…

「まあ最後ですからのう。せっかく拾ってもらったこの魂。あなた様の為に使いましょう」

『…そうだな』

 最後まで戦う。

「悪いけれど、僕は、僕たちのために、戦う」

 ヨシュアも、世界のために戦った。それに、付き従うことを決めた魔族もいた。

「もうしわけありません。マオウ様…」

『よいとも…いや、それで…』

 意思ではなく理想で。意固地にならず、ヨシュアが、勇者が、魔王が望む世界が良いと思うのならば、それでいい。

 結局、マオウは、そう望んだ。

『我の負け、か…』

 そして、戦いにけりは着く。

「マオウ様…!」

『よい』

 まだ味方をしようとする魔族は存在した。だが、それを制する。

(あれは確か…神としての我を信仰していた神官だったか…)

 自分が殺したような者、と。そう思っていたのだが、最後まで…いや、最期を迎えてもそう訴え続けていた。

『さて、命乞いをさせてもらうぞ』

「僕も、別にマオウの存在を消そうとは思ってはいないよ」

 そうか、と。立ち上がる。当然のように、マオウに付き従う魂がそこにはあった。

「マオウ様…!」

『ヴェートリッヒ…マリアンヌ。お前たちが付き合う必要は無い。まだ、やらなければならないことがあるとお前たちの魂は、そう訴えているのだろう?』

 マオウにしか救えない魂があった。ただそれだけの話だ。

『さて支配者として君臨するのは止めだが…それでもやはり神として舞い戻らねばならぬかな』

「そうか…」

 マオウは、再び神の座へと戻る。もはや、会うことはないのだろう。

『そんなことはないぞ。我は魂の管理者だ。だから死ねば会えるともさ。あぁそうだ…まだまだお前たちの世界は未熟だ。だから…勇者の様な転生者…これはと思う魂をたまにそのまま送り返してやることとしよう』

「…大丈夫なのかな?」

『さてな。まあ…神の悪戯に翻弄されるくらいは許容しろ』

 くっくっと。面白そうに笑う。そう、きっと世界は、これから見守ることしか出来なくても、きっとより良き世界となる。

『それではな…』

 そして、一同は、元の世界へと帰っていく。その際、

『―――』

 マオウが、ヨシュアにだけひっそりと託すことがあった。

ヴァルトローデぇ…ごめんね(棒)


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