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碧の章4

不安がるナツメをなんとか寝かしつけてから、俺は冴子の部屋に行った。

そっとドアを開けてそこから暗がりに向かって声をかける。


「大丈夫か。」

「碧・・・・。うん。ごめんな。」

ベッドに横になったまま、弱々しい声で冴子が答えた。


「俺、今晩ここにおるから。リビングのソファ、借りるで。」

「え・・・、あんな狭いとこで?」

「うん、大丈夫。なんかあったら呼べ。」


ドアを閉めようとしたとき、冴子が呼んだ。

「待って。」

「どした?」

「・・・・・。こっち、来て。」


少し迷ったが部屋に入った。

「ドア、閉めて。」

「電気は?」

「つけんといて。」


そのままドアを閉めると、窓からの月明かりだけになった。

「どした?」

もう一度尋ねた。

「・・・・・。」

立ったまま見下ろしているのもどうかと思ったので、ベッドサイドに

しゃがみ込んで、冴子と顔の位置をあわせた。

すると冴子は、月明かりの中で照れくさそうな表情を浮かべて半身を起こした。


「起きて大丈夫なんか。」

「うん。・・・碧もここ座って?」

ベッドの端を手で指し示す。

言われた通り、ベッドの端に座った。


「碧・・・・。」

「うん。」

「・・・ナツメの父親のこと、今までいっぺんも訊かへんかったな・・・。」

「冴子が・・・黙ってるんやったら訊かんとこ、て思てた。」


「秘密にしてたわけと違うねん。」

「うん。」

「なんていうか・・・・。自分でもうまいこと説明できひんていうか。」

「うん。」

「自分のなかで解決してへんていうか。」


「ええよ。あわててしゃべらんでええ。そのうち話せるようになるやろ。」

「それが、そうも言うてられへんようになってしもた・・・。」

「さっきの電話か?」

「うん。」


「それは、俺が知っといた方がいいことなんやな。」

冴子は困ったように首を振った。

「・・・わからん。碧はもしかしたら訊きたくないかもしれん。」


そして、少し考えて、言った。

「でも、わたしは訊いて欲しいと思う。」


俺も腹をくくることにした。

「ん、わかった。ほんならどこからでもええから、話せるとこから話してみ。」


冴子は体をずらして、俺の背中にもたれるように座りなおした。

顔が見えなくなる。そのほうが話しやすいのか、と思った。


「・・・そのひとは、なぐもかけるっていう名前で。南の雲に飛翔のしょう。」


俺の知らない冴子の話を、それから聞いた。

18で高校を卒業してから、冴子が26歳で京都に戻ってくるまで、俺と冴子は音信不通だった。

大学の話はきいたことがある。北村さんの工房に住み込むようになってからのことも、断片的には知っていた。


だが今耳に入ってくるのは、俺のまったく知らない冴子と、カケルという青年の話だった。


年は同じだったけど、あとから工房に来たこと。


最初からすぐみんなに打ち解けて人なつこい性格だったこと。


樹の話をはじめたらいつも夜あけまで終わらなかったこと。


雨の日に子猫を拾って来て大騒ぎになったこと。


結局子猫が死んでしまって、ふたりで泣きながら埋めてやったこと。


気がついたらつきあっていたこと。


家具のことを学びに、イタリアに行きたがっていたこと。


お金がなくて、いつもデートは森や山だったこと。



聞いてて楽しい話かといわれれば、全然だ。

だが俺は、黙って全部聞いた。

ただの元カレの話ではない。ナツメの父親の話だからだ。


和歌山の・・・と話しはじめた冴子がちいさく震えているのが、

背中から伝わって来た。

背中合わせのまま、冴子の手を探り当てて握った。

大きくひとつ深呼吸をして、また冴子は続けた。


和歌山の山奥に、伐採予定の南天の古木があると聞いて・・・


「南天・・・。」

俺は思わずつぶやいた。


ふたりで出かけた。


温泉宿をとった。


ふたりで、泊まった。


寝物語にまた樹の話をした。

イタリアのことも。北欧にもいきたいな、とか。


そして、半分夢のような声で


「ねえ冴子、結婚しようか。僕ら。」


と囁いて、すうっと眠ってしまったカケル。


自分は眼がさえて眠れなくなった。


夜明け前にようやく寝付いた。


そして、目覚めたら。


「いなくなってた。」


俺は思わず振り返って冴子を見た。

冴子は哀しげに微笑んで言った。

「ほんまに、それっきりやねん。」


冴子が、自分のなかで解決していない、と言った意味がようやくわかった。


「でもな、京都に帰ってくるとき、とりあえずはあきらめたんや。」

だから写真一枚持たずに戻って来た。

もう、死んだものと、いや、はじめからいなかったものと思ってこれまで来た。

このまま行けると思っていた。


電話のことを思い出した。

では、あの電話は・・・。

「見つかったんか、カケルくん。」


頷いた冴子の瞳の奥が光った。小さくカチカチと歯が音をたてている。


「骨が、出たって。」


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