碧の章2
その日の夕方、栗山さんから預かった写真を持って冴子の家に行った。
冴子は俺の顔を見るなり
「碧!!いいとこに来た!」とほっとした表情を見せた。
「どした?」
「うん、あの・・・。ね。」
「もしかして、またあれ?」
「うん、ごめん!!お願いっ!!」
冴子に拝まれて俺は苦笑した。
キッチンに行って冷蔵庫を開けると「お頭付き」のアジがバットに並んでいた。
冴子は料理は得意だが、魚がおろせないという弱点があった。
「スプラッタ」はダメなんだそうだ。
最近の子供が、魚は切り身の状態で海を泳いでいると思っている、とかいう
話をきいて、これはいかんと最近一念発起したらしいのだが、
結局、最終的には俺にお鉢がまわってくるというわけだ。
手を洗ってアジを取り出してみると、エラのあたりにいくつか「ためらい傷」が残っていた。
「冴子、これ・・・。」
「めんぼくない・・・。」
あ、でもウロコはとれるようになったのか。まだだいぶ残ってるけど。
「2枚?3枚?」
「3枚。フライにする。」
「ほな、血合い骨も抜いといたほうがええな。ナツメは?」
「今呼んでくる。」
ウロコをかいているとナツメが来た。
手を洗わせて横に立たせる。娘のほうは理科の授業のカエルの解剖も全然平気な強者だ。
「では、介錯つかまつる。」
頭を落として腹に包丁を入れ、内蔵を引き出す。ナツメがスタンバイしたビニール袋に投入。まな板の血をいったん洗い流す。
「おかあさん、もうええで。」
冴子がおそるおそる後ろから覗き込むなか、アジの解体ショーだ。
骨をはずして皮を引いた身をナツメに渡す。
「ここな、指でなぞったら小骨に触るからな、ピンセットで抜いて。
・・・ああ、ちゃうちゃう、反対の手で押さえながら・・そうそう。」
「ごめんなーーー。今日こそは!って思ってんけどな。」
冴子が申し訳なさそうに言った。
「ええけど・・・。今日俺が来るってわかったんか?」
「うん。栗山さんからメール来たし。」
「メール?」
「なんか言付けたからたぶん行くと思う・・・って。」
「ああ、それでか・・・・。」
はっとした。
「栗山さん、なんかヘンな画像とか送ってへんやろな。」
「へんな画像?」
「いや、来てへんにゃったらええんや。」
「なに?」
さっきまで骨抜き作業に没頭していたナツメが顔をあげた。
しまった。やぶ蛇だった。
「なんでもないて。それよりナツメ、俺の写真なんかどうするんや。」
ナツメはまたアジに視線を戻して言った。
「別に。」
「別にって。」
「だってテレビで見てたかて、なかなか顔が映らへんもん。」
ぷっと頬を膨らませる。
「今日撮ったやつは?顔映る?」
今日のか。顔はたぶん映るけどな。お前には見せられんわ。
「さあ、どうやろなあ。」
「出来た!手ぇが魚臭い!」
「お、ご苦労。手ぇ洗うてこい。」
アジに塩をふってペーパータオルで包み、バットに戻す。
「ほな、あとは宜しく!」
「ありがとう~~。助かったー。今お茶たてるな。」
手を洗っていると、横手からナツメが俺の懐に手を入れてきた。
「わっ!こそばいぞ!こら!うひゃひゃ・・。」
勝手に探って写真を探しあてるとさっさと持って行ってしまった。
「なんやあんたら仲ええなあ。」
冴子が後ろから呆れたようにつぶやいた。
「そうか~?」
「うん、なんか妬けるー。」
「え。」
ちょっとドキリとした。
俺もいつまでも、こんな宙ぶらりんなとこにおったらあかんな・・・。
とても居心地のいいこの場所。
でももう一歩。ちゃんと進もう。