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冷徹営業トップは私の限界オタクでした  作者: アル


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第5話「推しのファンミに参加しました。」

昼休みを知らせるチャイムが鳴った。


その音とほぼ同時に、営業部の入り口から寺内が滑り込むように戻ってくる。外回り帰りらしく、片手には鞄を持ち、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。


「春宮ちゃん!神崎!ランチ行こう!」


明るい声が、営業部中に響き渡る。


午前中いっぱい、神崎と山のような領収書を処理していた陽菜子は、肩がずしりと重い。


「そうですね。ご飯食べて体力取り戻します!」

陽菜子が拳を握って答えると、寺内は楽しそうに笑った。

「ずいぶん、疲れてるねぇ」


「想像していた以上に、領収書が多くて…」


「お疲れ様ッ!」


太陽のように明るい寺内の笑顔が陽菜子の心も明るくする。


「あの、私の同僚も一緒でもいいですか?」


「もちろん。いいよ!みんなで食べよう」


(陽菜子さんとのランチ……。しかも、ご友人までご一緒……)


神崎は無表情のまま静かに立ち上がった。


(これはもはやファンミーティングでは……? 陽菜子さんと同じテーブルを囲めるだけでも光栄すぎるというのに……!)


二人きりではない。それでも陽菜子と一緒に昼食を取れるというだけで、神崎にとっては十分すぎるほど特別な時間だった。


「この間、恵美とランチ行った定食屋さんがおいしかったんです。そこ行きせんか?」


「いいね。そこに行こうか」


即座に賛成する寺内。


陽菜子が神崎へ視線を向けると、神崎はいつもと変わらない落ち着いた表情でうなずいた。


「私も構いません。」

(陽菜子さんのおすすめの定食屋…)


神崎は密かに胸を震わせる。



定食屋へ着いた四人は、店員に案内されて四人掛けのテーブル席に座った。


陽菜子と恵美が隣同士に座り、陽菜子の向かいには神崎、その隣には寺内が腰を下ろす。


「ここのおすすめは、チキン南蛮定食なんです。タルタルソースも手作りで、すごくおいしいんですよ」


陽菜子はメニューを開き、向かいに座る神崎たちへ見せながら説明した。


「じゃあ、俺は春宮ちゃんのおすすめにしよっと」


寺内が迷うことなくメニューを閉じる。


「俺もそれにします」


神崎も間を置かず、静かにメニューを閉じた。


(陽菜子さんおすすめの料理を、陽菜子さんと一緒に食べられる...! これは立派な推し活…。)


表情こそ平静を保っているものの、神崎の胸の内は喜びで満ちあふれていた。


「へえ。お前、こういうの食べるんだ?」


寺内は隣から神崎の顔をのぞき込み、意味ありげににやにやと笑う。


「……何か問題でも?」


「いや、別に?」


そっけなく返された寺内は、ますます楽しそうに口元を緩めた。

料理を待っている間、恵美がふと思い出したように口を開く。


「寺内さん、知ってました? 陽菜子と神崎さん、会社では接点がなかったのかと思ったら、休日に公園でばったり会ったことがあるんですって」


「えっ」


陽菜子の肩がぴくりと跳ねた。

恵美はそれに気づかず、以前、陽菜子から聞いた話を寺内に説明する。


「へえ、そうだったんだ」


寺内は感心したように頷きながら、二人を交互に見た。

陽菜子が初めて営業部へ来た日から、神崎は彼女にだけ妙に親しげだった。普段は必要以上に他人へ関わろうとしない男が、自ら経理部まで迎えに行き、隣の席まで用意していたのだ。

不思議に思っていたが、今の話を聞いて少しだけ腑に落ちた。


「家が近かったみたいで」


恵美が何気なく付け加える。


「へえ。公園で偶然ねえ……」


寺内は意味ありげに呟き、神崎へ視線を向けた。

神崎は何も言わず、手元の水を一口飲む。その表情はいつも通り冷静だったが、グラスを持つ指先にはわずかに力が入っていた。


「それより、チキン南蛮、おいしいですよ!」


ちょうど運ばれてきた料理を指し、陽菜子は慌てて話を遮った。


「タルタルソースが本当においしいんです。冷めないうちに食べましょう!」


明らかに不自然な話題の変え方だった。

寺内は陽菜子の焦った笑顔を眺めたあと、神崎へちらりと目を向ける。

神崎は無表情のまま箸を手にしていた。

けれど、その耳だけがわずかに赤くなっている。


「ふうん……」


寺内は何かを察したように笑ったが、それ以上は追及しなかった。


「このタルタルソース、やっぱりおいしい!」


陽菜子はチキン南蛮を頬張り、幸せそうに目を細めた。


「春宮さん。」


不意に神崎が陽菜子を呼ぶ。


「はい?」


陽菜子が顔を上げる。

その瞬間、神崎が紙ナプキンを持った手を陽菜子の口元へそっと伸ばした。


「タルタルソース…ついていましたよ。」


挿絵(By みてみん)


神崎は何でもないことのように、陽菜子の口元についたソースを拭う。

突然触られた陽菜子は、驚いたように目を丸くした。

けれど、すぐ柔らかな笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。神崎さんって、お世話上手なんですね。」


「いえ…」


神崎は平静を装って答えた。

しかし、その手が陽菜子の口もロから離れたとたん、動きがぴたりと止まる。


(…待て)


神崎は自分が握っている紙ナプキンへゆっくり、視線を落とした。


(俺はいったい何を…)


陽菜子の口元に触れた。

直接ではない。紙を一枚隔てている。だが触れたことには変わりはない。


(紙を1枚隔てて、陽菜子さんの唇のそばに触ってしまった…!?)


神崎の耳が見る見るうちに赤くなる。


(なんという無礼を…!ファンとして失格だ…!)


紙ナプキンを持った手が、わずかに震え始めた。


「神崎さん?」


向かいに座る陽菜子は、不思議そうに首を傾げている。


「…申し訳ありません。」


「何がですか?」


状況をまったく理解していない陽菜子。

その一連の様子を見ていた寺内は口元を抑えていた。声を出して笑うのをこらえているため、肩が小刻みに震えていた。


「お前…世話上手なんだな。」


と、寺内は神崎をからかう様に言った。


「黙れ」


紙ナプキンを持って震えた手がぴたりと止まり、神崎は寺内にだけ聞こえる低い声で言った。


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