↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冷徹営業トップは私の限界オタクでした  作者: アル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/31

第23話「私、『推し』のままでは嫌になりました。 」

夜、陽菜子は神崎と待ち合わせをしているイタリアンバーへ着いた。

すでに神崎は到着しており、店の前で待っていた。

神崎はスーツではなく、黒を基調とした私服姿だった。

その姿を見た瞬間、陽菜子は足を止めた。


――あの日と同じだ。


公園で初めて出会った夜と、よく似た格好だった。

胸が、どくんと大きく鳴った。

昨日までなら、『ちくわくんに似てる』としか思わなかったはずなのに。

今夜は、神崎がひどく格好よく見えた。


「陽菜子さん。」


陽菜子に気づいた神崎が、柔らかな笑顔を浮かべる。


「こんばんは。お待ちしていました。」


「こんばんは……。」


陽菜子は小さく頭を下げた。

まともに顔を見ることができない。


(どうしよう……。昨日までは普通に話せてたのに。)


恋だと気づいただけで、こんなにも違って見えるなんて思わなかった。


「陽菜子さん?」


「な、なんでもないです!」


不思議そうに覗き込まれ、陽菜子は慌てて顔をそらした。


「と、とりあえず入りましょう!」


「はい。」


二人は店へ入った。

以前と同じカウンター席に並んで座る。

あの夜と同じ店。同じ席。

隣にいるのも、同じ神崎。

けれど、陽菜子の気持ちだけが、あのときとはまるで違っていた。


注文した飲み物が運ばれてくる。

陽菜子はグラスを両手で持ったまま、何度も神崎を横目で見た。

今日ここへ来たのは、伝えたいことがあったからだ。

けれど――。


「陽菜子さん」


「はいっ!」


突然呼ばれ、肩が跳ねた。

神崎は少し緊張したように陽菜子を見つめていた。


「昨日、お電話で……俺に伝えたいことがあるとおっしゃっていましたよね。」


「……はい。」


陽菜子はグラスへ視線を落とした。

言わなきゃ。

そう思うのに、寺内から言われた言葉が頭をよぎる。


――恋じゃん。


途端に頬が熱くなった。


「私……。」


神崎が息を呑む。

陽菜子は勇気を振り絞るように顔を上げた。


「ちくわくんのこと、ずっと考えてみたんです。」


「……はい。」


「会えないと寂しいし、一緒にご飯を食べたいし、もっとちくわくんのことを知りたいって思って……。」


神崎の目が少しずつ見開かれていく。


「それで……分かったんです。」


陽菜子は胸元へ手を当てた。

心臓が痛いほど鳴っている。

本当は、その先まで言いたかった。

好きだと。


けれど――。


どうしても、その言葉だけが喉につかえて出てこなかった。


「私も……ちくわくんのファンになったみたいです。」


「…………。」


神崎が固まった。

数秒の沈黙。


「……俺の?」


「はい。」


陽菜子は照れくさそうに笑う。


「ちくわくんが私を推してくれてるみたいに、私もちくわくんを推してるんだなって。」


神崎はゆっくりと口元を覆った。


「陽菜子さんが……俺のファン……。」


みるみるうちに耳まで赤くなっていく。


「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫ではありません……。」


神崎は片手で顔を覆ったまま俯いた。


「人生最推しから『ファンです』なんて言われて、平静でいられるわけが……。」


「ふふっ。」


いつもの神崎の反応に、陽菜子は思わず笑った。

けれど、胸の奥には、少しだけ引っかかるものが残っていた。

違う。

本当に伝えたかったことは、これじゃない。

自分は神崎の『ファン』になったわけではない。

もっと、違う。

神崎に特別な誰かができるのが嫌だった。

自分以外の女性と並んで歩くところなんて見たくなかった。

自分に向けてくれる笑顔を、ほかの誰かへ向けてほしくなかった。


――私は。


陽菜子はそっと神崎の横顔を見つめた。

この人に、私を見ていてほしい。


その後、二人はいつものように他愛のない話をした。

けれど、陽菜子の胸の奥には、言えなかった言葉がずっと残り続けていた。

店を出る頃には、夜もすっかり深くなっていた。


「今日はありがとうございました。」


神崎が嬉しそうに笑う。


「陽菜子さんが俺のファンだなんて……今日は一生忘れません。」


「……ちくわくん。」


「はい?」


陽菜子は少し迷ったあと、神崎を見上げた。


「少しだけ、寄り道してもいいですか?」


「もちろんです。」


「行きたいところがあるんです。」


陽菜子が歩き出す。

神崎は何も聞かず、その隣を歩いた。

しばらくして辿り着いたのは、住宅街の中にある小さな公園だった。

神崎は入口で足を止める。


「……ここ。」


「覚えてますか?」


「忘れるわけありません。」


二人が初めて出会った場所。

あの夜、怪我をした神崎が座り込んでいた木も、あの日と変わらずそこにあった。

陽菜子はゆっくりとその木の近くまで歩く。


「ここで、初めてちくわくんに会ったんですよね。」


「はい。」


「あのときは、本当にびっくりしました。」


陽菜子は懐かしそうに笑った。


「知らない人が怪我して倒れてるし。家まで送ったら、うちのちくわくんにそっくりだし。」


「俺はそれどころではありませんでしたけどね。」


「そうなんですか?」


「陽菜子さんだと分かった瞬間、人生で一番混乱しました。」


陽菜子はくすっと笑った。

少しだけ緊張がほぐれる。

けれど、胸の鼓動はまだ早かった。

陽菜子は一度深く息を吸った。


「ちくわくん」


「はい」


「さっき、私……ちくわくんのファンになったって言いましたよね」


神崎が陽菜子を見る。


「はい」


「でも……違いました」


「……え?」


神崎の表情がわずかに強張った。


「違うっていうのは……」


「私、うまく言えなくて。」


陽菜子はぎゅっと手を握った。

怖い。

けれど、今度こそ逃げたくなかった。


「ちくわくんは、私のことを『推し』だって言ってくれましたよね。」


「はい。」


「私も、それでいいんだって思ってました。」


陽菜子はゆっくりと神崎を見る。


「でも……嫌なんです」


「……何が、ですか?」


「ずっと、『推し』のままなのが。」


神崎の目が大きく見開かれた。

陽菜子の頬が熱くなる。


「ちくわくんにとって私は、見ているだけで幸せな人なのかもしれないです。」


「それは……。」


「でも私は。」


陽菜子は一歩だけ、神崎へ近づいた。


「もっと近くにいたいです。」


神崎が息を止めた。


「一緒にご飯を食べたいし、休日も会いたいし……ほかの女の人と仲良くしてたら嫌だって思います。」


言葉にするたび、顔が熱くなっていく。

それでも、もう止めなかった。


「だから……。」


陽菜子は神崎の目をまっすぐに見た。


「私のことを、『推し』としてじゃなくて……。」


一瞬、声が震える。


「一人の女性として見てほしいです。」


静かな公園に、陽菜子の声だけが響いた。

神崎は何も言わなかった。

瞬きすらせず、陽菜子を見つめている。


「……ちくわくん?」


「…………。」


「神崎さん?」


その名前で呼ばれた瞬間。

神崎の肩が大きく震えた。


「それ……。」


掠れた声が落ちる。


「今の、どういう意味か分かって言ってますか?」


いつもの敬語。

けれど、その声には今までにないほどの動揺が滲んでいた。

陽菜子は真っ赤になりながら、それでも小さくうなずいた。


「……はい」


そして、今度こそ逃げずに、神崎を見つめた。


挿絵(By みてみん)

ここまでお読みいただきありがとうございます!

これからも毎日更新していきます。「面白い!」「続きが気になる」と思ってくださったら、ページ下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。