第18話「あなたがいない一週間。」
6月初めの月曜日。今日から陽菜子は経理部の自分のデスクへ戻った。
「陽菜子ー!おかえり。2週間近くいなくて寂しかったよ~。」
同僚の恵美は陽菜子に抱きつきながら言った。
「ねぇ、今月は寺内さんが営業成績1位だったんだって。」
「そうなんだ。寺内さんもすごいね。」
そのときは、神崎が一位ではなかったことを深く考えなかった。
お手洗いへ入り、個室にいると、手洗い場の方から話し声が聞こえてきた。
「神崎さん今月一位じゃなかったんだって。」
「えーそれって初めてじゃない?なんで?」
「最近、会社にいることが多かったらしいよ。社員食堂でもよく見かけたって。」
「え?神崎さんてランチもだいたい会食して、会社にほとんどいないんでしょ?」
「それがさ――」
二人の話し声は、お手洗いの扉が閉まる音とともに遠ざかっていった。
陽菜子の頭に、この二週間の神崎の姿が次々と浮かんだ。
隣のデスクに座っていたこと。社員食堂で一緒に昼食をとったこと。自分を心配して、外回りを減らしていたこと。
「……私のせい?」
誰にも届かない小さな声が、個室の中に消えていった。
自分のデスクへ戻ると、陽菜子のスマホに神崎から連絡があった。
『今日のランチご一緒にどうですか?』
その文字を見ただけで、陽菜子の胸は嬉しくなった。
けれど、すぐに先ほど聞いた会話が頭をよぎる。
神崎は本来、昼も取引先との予定が多い人だ。
それなのに、この二週間は何度も自分と昼食をとっていた。
――もしかして、私に合わせて予定を変えていたの?
本当は一緒に食べたかった。
それでも、これ以上自分のせいで神崎の仕事を邪魔したくなかった。
陽菜子は唇をきゅっと結び、返信する。
『ごめんなさい。今日は難しいです。』
すぐに既読がついた。
ほどなくして、神崎から返信が届く。
『分かりました。お仕事頑張ってくださいね。』
そして陽菜子はスマホを伏せた。
「……これでいいんだよね」
火曜日も、神崎からランチの誘いが届いた。
陽菜子はしばらく画面を見つめた末、昨日と同じように断った。
ランチから戻った陽菜子は、自分のデスクの上に置かれた小さなチョコレートを見つけた。
その下には、一枚の付箋。
『またご都合が付くときにランチ行きましょう』
見慣れた神崎の字だった。
「……ちくわくん」
思わず名前がこぼれる。
断ったのは自分なのに、その優しい言葉を見ると胸が痛んだ。
水曜日。
経理部へ領収書を届けに来るのは、佐藤や寺内ばかりになった。
「神崎さんは来ないんですね」
何気なく口にすると、寺内が陽菜子を見た。
「神崎? あいつ今週、かなり外回り詰めてるよ」
「そうなんですね」
陽菜子は小さく笑った。
寺内は何か言いたげに陽菜子を見たものの、そのまま営業部へ戻っていった。
昼休みになるたび、陽菜子は無意識にスマホを確認した。
けれど、水曜日も、木曜日も。
神崎からランチの誘いは来なかった。
金曜日。
退勤時間になり、陽菜子は鞄を持って席を立った。
この一週間、神崎とは一度も顔を合わせなかった。
これなら、神崎は仕事に集中できる。
営業成績だって、きっと戻る。
自分が望んだ通りになったはずだった。
それなのに――。
「……寂しいな」
口からこぼれた言葉に、陽菜子自身が一番驚いた。




