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冷徹営業トップは私の限界オタクでした  作者: アル


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第17話「デート?いえ、ファンサービスです。」


朝食を食べ終えた二人は一緒に食器を片づけていた。


「ちくわくん、今日この後って空いてますか?昨日のお礼も兼ねて映画でも行きませんか?」


神崎の手から、危うく皿が滑り落ちそうになった。


「い、行きます! ぜひ一緒に行かせてください!」


幸い、今日は土曜日。神崎には特に予定もなかった。


「あ、その前に一度家に帰ってから支度してきていいですか?」


昨夜からずっと陽菜子の家にいたため、神崎はまだスーツ姿のままだった。


「私も支度したら行くので、10時に駅待ち合わせでお願いします。」


 「分かりました。では、後ほど」


 そう答えて玄関を出た神崎は、扉が閉まった瞬間、その場で顔を覆った。


 (映画……陽菜子さんと映画……!?)


耳も真っ赤になるほどだった。




午前十時―― 。

待ち合わせ時間の十分前には、神崎はすでに駅前に到着していた。

(早すぎたか……いや、陽菜子さんを待たせるよりはいい)

スマートフォンで時刻を確認していると、遠くから聞き慣れた声がした。

「ちくわくーん!お待たせ。」


神崎が顔を上げる。

人混みの向こうから、陽菜子がこちらへ手を振りながら駆け寄ってきた。

その姿を見た瞬間、神崎の目が大きく見開かれる。

ふんわりとした白いロングワンピースに、淡い色のパンプス。

いつものオフィス姿とはまるで違う、柔らかな雰囲気だった。


挿絵(By みてみん)


(……待ってください。)


神崎は言葉を失った。


(その服装は……どう見てもデートでは!?)


もちろん、陽菜子がそんなつもりで選んだのかは分からない。

それでも神崎の目には、完全にデートへ来た女性にしか見えなかった。


「ちくわくん?」


目の前まで来た陽菜子が、不思議そうに首を傾げる。


「……陽菜子さん。かわいすぎます。」


神崎は鼻を片手で覆った。

本当に鼻血が出そうだった。


「ありがとうございます。ちくわくんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです。」


陽菜子は照れくさそうに髪を耳へかけ、ふわりと笑った。


(ギャアッ!! 朝から尊いッ!!)


神崎は心の中で絶叫しながら、どうにか平静を保つ。


「では、行きましょうか」


「はい!」


二人は並んで映画館へ向かった。

歩き始めると、自然と肩が触れそうなほど近い距離になる。

神崎は横を歩く陽菜子を意識しないよう、ひたすら前だけを見つめた。


(近い……。陽菜子さんが近い……。落ち着け。これはただ一緒に映画を観に行くだけ。デートではない。デートでは……)


そう自分へ言い聞かせながら、映画館へ到着した。

館内へ入ると、二人は上映中の映画が並ぶ案内板の前に立った。


「どれにしましょうか?」


陽菜子がポスターを眺める。

神崎も一つずつ確認していった。

恋愛映画。


(無理。隣に陽菜子さんがいる状態で恋愛映画なんて観られない。)


ホラー映画。


(陽菜子さんが怖がったら……いや、それはそれで……いやダメだ。)


アニメ映画。


(陽菜子さんが興味あるかわからないな。)


そして最後に目に入ったのは、オタクの青年が主人公のコメディ映画だった。

推しを前にすると冷静さを失ってしまう主人公が、さまざまな騒動を起こすという内容らしい。

神崎はポスターをじっと見つめた。


「陽菜子さん。これにしませんか?」


「あ、面白そうですね!」


陽菜子も楽しそうにポスターを見る。


「これにしましょう」


二人はチケットを購入し、売店でポップコーンとドリンクを買った。


「ポップコーン、一つでいいですよね?」


「え?」


「二人で食べればいいかなって」


陽菜子は当然のように言った。

神崎の動きが止まる。


(ひ、一つを……二人で……?)


「ちくわくん?」


「は、はい! 一つで大丈夫です!」


大きめのポップコーンを一つ買い、二人は上映室へ入った。

客はまばらで、二人の周囲にも空席が目立っていた。

指定された席へ並んで腰を下ろす。

陽菜子が二人の間の肘掛けへポップコーンを置いた。


「これなら二人とも取りやすいですね」


「そ、そうですね」


やがて照明がゆっくりと暗くなった。

映画が始まる。

スクリーンには、憧れの女性を遠くから見つめる主人公の姿が映し出されていた。

普段は無口で冷静なのに、その女性を見つけた瞬間だけ取り乱す。

推しから声をかけられれば固まり、手が触れればその場にしゃがみ込む。

陽菜子が隣で小さく笑った。


「ふふっ」


神崎は嫌な予感がした。

しばらくすると、映画の主人公が推しからプレゼントを渡され、その場で膝から崩れ落ちた。


「ふふふっ……」


とうとう陽菜子が声を押し殺して笑い始める。


「この人……」


陽菜子が神崎のほうへ顔を寄せ、小声で言った。


「ちくわくんみたいですね」


「…………」


神崎はスクリーンを見つめたまま固まった。

否定できない。

むしろ、自分のほうがひどい自信すらあった。


「そう……かもしれませんね」


「やっぱり」


陽菜子は楽しそうに笑う。

その笑顔を横目で見ているだけで、神崎には映画の内容などほとんど頭へ入ってこなかった。

しばらくして、神崎はポップコーンへ手を伸ばした。

同時に、陽菜子も手を伸ばす。

指先が触れた。


「……っ!」


神崎の肩が大きく跳ねる。

陽菜子は何事もなかったようにポップコーンを一つつまんだ。


「ごめんなさい。先にどうぞ」


「い、いえ! 陽菜子さんこそ!」


神崎は慌てて手を引っ込めた。

心臓が痛いほど鳴っている。


(触れた……)


スクリーンでは主人公が何か面白いことを言っているらしく、館内から笑い声が上がった。

しかし、神崎には何一つ聞こえていなかった。


(今、陽菜子さんの指と俺の指が……)


隣では、何も知らない陽菜子が楽しそうに映画を見ている。

神崎はそっと自分の指先を見つめた。


(今日、この指は洗いたくない……)


神崎は一人、暗闇の中で静かに葛藤していた。


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