第6幕:ハサミが繋ぐ1万年の笑顔
投稿が遅くなりました。よろしくお願いいたします。
「キャッ!?」
「さあ、行ってきな! 日本最古の文明へ!」《どこですかぁ~》
ゴオォォォオオッ!!未来の世界の電子音とも、江戸の風とも違う、大地そのものが地鳴りを上げるような凄まじいエネルギーの渦がサロンを包み込む。《迫力満点!!》 絢葉の身体は、光の激流に押し流され、一万年以上前の過去――日本最古の文明へと、真っ逆さまにズドーンと落ちていくのだった!まぶたをゆっくり押し上げると、視界に飛び込んできたのはサロンの慣れ親しんだ天井ではなく、どこまでも高く澄み切った青空だった。
身を起こそうとした絢葉の手に、ふかふかの絨毯ではなく、湿り気を含んだ土と瑞々しい草の感触が伝わる。ツンと鼻を突くのは、濃密な緑と大地の匂い。戸惑いながら見上げれば、天を衝くほどの巨木がざわざわと葉を揺らしていた。
「……う、嘘でしょ……何ここ……どこ!?」
呆然と立ち尽くす彼女の前に現れたのは、獣の皮を身にまとった奇妙な人々だった。 ここがどこなのか、彼らが何者なのか!?絢葉は図らずも彼らの――縄文人の集落へと迎え入れられることになる。
縄文人の朝は、アラームの電子音ではなく、小鳥のさえずりで始まる。 麻やカラムシを編み込んだ、ちょっとしたアジアン雑貨風のオシャレな特製ウェアに身を包んだら、いざ男性は狩り、女性は採集へ出発!《いってらっしゃーい》
「今日のランチ、何にする?」
「木の実や山菜もいいし、奮発してシカとかイノシシのジビエ肉いっちゃう?」
そんな会話をしながら歩き、近くの海辺へ着くと、みんなでワイワイ貝や魚を獲りまくっている。ちなみに、食べた後の貝殻をポイポイ積み上げたのが、教科書で習ったあの「貝塚」。現代風にいえば「超巨大・映えスポット」だろう・・・・。そして驚くべきは、ここから。 なんと彼らは、1日に4時間くらい働いたら「お疲れっしたー!」と終了しちゃう。《マジか!!》
「え、明日の分は?」って?
「いや、明日獲ればよくない?」
という、圧倒的ポジティブメンタル。残業? 休日出勤? そんな不穏な言葉は縄文辞書には存在しないらしい。じゃあ、残りの長い自由時間は何をするのか? なんと彼ら、全員が「ガチの芸術家」に変貌する。《どういう事・・・!?》ある人は「ちょっとエモいのが、できたわ」と、グニャグニャした謎のウネウネ縄模様をあしらった超絶デザインの土器や、不思議なポーズの「土偶」をコネコネしたり、またある人は「これ、次のお祭りで着けよう!」と、最高級のヒスイをピカピカに磨いて、一点物のハンドメイドアクセサリー作りに没頭している。 そう、縄文時代とは、全人類がクリエイターだった「大・趣味人時代」なのです。
お日様が沈むと、お気に入りのマイホーム「竪穴住居」へ潜り込む。地面を丸く掘って、柱を立てて草で屋根をふいた、秘密基地感バツグンの空間です。部屋のど真ん中には、炉がパチパチと燃えている。 4〜5人のファミリーで火を囲み、今日ゲットした新鮮なジビエ肉や魚をジュージュー焼きながら、「今日のあのイノシシ、デカかったわー!」なんてトークに花を咲かせる……これ、現代でやったら最高級のグランピングみたい。彼らは、それを毎日やっている。
この世界には、血を流し合うための鉄の剣も、他者を支配するための巨大な石城も存在しない。 ただ、大自然に寄り添い、水に馴染み、互いを慈しみ合う、穏やかで高潔な魂だけがそこにあった。この美しき平穏な時代が、これから一万年もの長きにわたり、現代の考古学として紡がれていく。絢葉は、想いを馳せていた・・・・・。
「……あ〜あ、私も前世は縄文人が良かったなぁ……なんて、本気で思っちゃう!」
私はふと、自分の腰にぶら下がっている革製の小さなポーチに目を落とした。
指先でそっと触れると、中にある硬くて冷たい感触が伝わってくる。 ――そう、私がこの時代にタイムスリップした時、何があっても絶対に手放さなかった、現代の「ハサミ」だ。いくら縄文ライフが「超・ホワイト」で魅力的だとしても、私は現代の文明をすべて捨て去ったわけじゃない。このハサミは、私がかつていた世界と、今いるこの優しい世界を繋ぐ、たった一つのワガモノ。
「よし、今日の4時間労働が終わったら、このハサミでみんなの髪をオシャレにカットしてあげようかしら。アジアンウェアに似合う、最先端の縄文ヘアスタイルにね!」
ポーチのボタンをパチンと留め直し、私は目の前に広がる青い海と、楽しそうに笑う縄文人たちの輪に向かって、大きく一歩を踏み出した。縄文人の少女に優しく微笑みかけ、スナックのママ時代に培った抜群の包容力で安心させると、その髪にハサミを入れた。シャキ、シャキ、と静かな森に響くハサミの音。汚れを落とし、髪を短く整え、編み込みを施し、近くに咲く美しい野花を飾る。仕上がった自分の姿を、水たまりに映して見た少女の顔が、パッと魔法のように輝いた。 集落中から歓声が上がる。
「あ、トモちゃん! その編み込み、すっごく似合ってる!」
縄文の集落にハサミの音が響いてから、早いもので数ヶ月が経っていた。 スナックのママ時代に浴びるほど聞いてきた「男と女の愚痴」や「夜の街の喧騒」は、今や遠い幻のよう。今の絢葉の日常は、鳥のさえずりと、お腹をすかせた子供たちの無邪気な笑い声に満たされている。すっかり集落の一員となった絢葉の一日は、やっぱり驚くほどホワイトだった。午前中のわずか4時間。男性陣が森へ狩りに出かけるのを見送った後、絢葉は女性陣と一緒に近くの山へ入る。
「絢葉、これは食べられるよ。こっちは、お腹が痛くなるやつだよ。」
少女のトモに教えてもらいながら、トチの実や山菜をカゴに摘んでいく。最初は「虫が!」「土が!」と騒いでいた絢葉だったが、今では泥にまみれた栗を素手で拾い上げ、「今日のご飯は、栗ご飯にしない?」なんて鼻歌交じりに提案するほど逞しくなっていた。お昼を過ぎ、川辺で男たちが獲ってきたアユや、森の恵みをみんなで分け合えば、今日の「お仕事」はすべて終了だ。
「さーて、絢葉サロン、開店よ!」
午後の長い自由時間の始まり。絢葉が切り株に腰掛け、腰のポーチからハサミを取り出すと、集落のあちこちから目を輝かせた縄文人たちが集まってくる。 今日のイメチェンは、狩りのリーダーを務める大柄な男・タケだ。
「タケ、ちょっと髪伸び放題で、せっかくのイケメンが台無しじゃない。これじゃ獲物のシカも逃げちゃうわよ。」
シャキ、シャキ、シャキ……。 静かな森に、小気味よい金属音が響き渡る。 絢葉は、スナックのカウンター越しに何千人もの客を観察した経験、オープンさせた美容室での技術。だからこそ、その人が一番魅力的に見えるバランスが直感でわかる! むさ苦しく伸びきった髪を短く刈り上げ、麻の紐でワイルドに結び直す。仕上げに、近くで拾った美しい鳥の羽をワンポイントで挿し込んだ。水たまりに自分の姿を映したタケは、目を丸くして、それから破顔した。 「ウオオッ! オレ!? カッコいい!」 周囲の仲間たちからも「おおおー!」と地鳴りのような歓声が上がる。言葉は完璧に通じなくても、彼らが「美」に感動し、心から喜んでいるのは痛いほど伝わってきた。
「お代は、あっちのイノシシのジビエ肉、多めでよろしくねっ。」《ちゃっかりしてる絢葉笑笑》
ウインクする絢葉に、タケルは誇らしげに胸を叩いて応えた。夜になると、お気に入りの竪穴住居にみんなで集まる。 部屋の中央でパチパチと爆ぜる炉の火を見つめながら、絢葉は贅沢に炙られた肉を頬張った。口いっぱいに広がる、濃厚で野性味あふれる旨味。現代のような化学調味料は一切ないけれど、身体の芯から満たされていくのがよくわかる。
「ママ、お店、もう閉めるの?」と聞いてくる酔っ払いはここにはいない。
「この髪型、私に似合っていない!!」クレーマーもいない。
『あるのは、「今日も、美味しかったね。」「明日も、晴れるといいね。」という、シンプルで優しい想いだけ。残業も、売上のノルマも、既読スルーのイライラもない。……本当にここ、天国だわ。
都会のネオンに疲れていたはずの心が、大自然の結界と、縄文人たちの無垢な温かさによって、ゆっくりと、しかし確実に解きほぐされていく。 絢葉は、星空が見える屋根の隙間を見上げながら、そっと胸のハサミを愛おしそうに撫でるのだった。焚き火を囲み、縄文人たちの笑顔を見ながら、絢葉の心にあった曇りはすっきりと晴れていた。
「そうか……。資格がどうとか、学校がどうとか、そんなの型に嵌められて悩んでいただけ。髪を整えて、その人の心を奪うほど笑顔にする。これが、私のやりたかった『美容』の原点だ!」
スナックのママとしての艶っぽいおもてなしも、サロンでの洗練された技術も、すべてはこの縄文の少女が見せた「純粋な喜び」に繋がっていたのだと、絢葉は確信する。
今日も、ありがとうございます。




