表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/60

EP 9

技術開発部門の意地(兵器改造)

 ラングーンでの会食から数日後。

 前線に近いメイミョーの第15軍司令部裏手にある、仮設の兵器廠(整備工場)。

 そこは、油の焼ける匂いと、整備兵たちの怒声、そして金属がぶつかり合う甲高い音に支配されていた。

「司令官閣下、このような薄汚れた場所に自ら足を運ばれるとは……」

 案内役の兵器部将校が、ハンカチで鼻を覆いながら恐縮しきった声を出す。

「構わん。現場ここが軍隊の心臓だ」

 坂上(牟田口)は、将校の言葉を冷たく遮り、工場の奥へと足を踏み入れた。

 史実の牟田口であれば、油まみれの整備兵など見下して一瞥もくれなかっただろう。だが、海上自衛隊の艦艇開発隊に籍を置き、次世代兵器のシステム設計に関わってきた坂上にとって、整備区画こそが戦力維持の要であった。

 工場内を見渡した坂上の太い眉が、不快げに中央で寄る。

 そこにあるのは、絶望的な光景だった。

 部品取りにされて鉄屑と化した九七式自動貨車トラック。弾詰まりを起こして放り出された九九式軽機関銃。そして、泥にまみれて錆びついた小銃の山。

「……ひどい有様だな」

 坂上は、作業台の上に無造作に置かれていた拳銃――将校用の十四年式拳銃を手に取った。

 ずしりとした重み。

 だが、現代の軍事技術を知る坂上からすれば、これは欠陥品に等しかった。

(……ストライカー式の撃発機構は悪くないが、泥や埃に弱すぎる。こんな隙間だらけの構造では、ジャングルの泥沼に落とした瞬間に作動不良ジャムを起こすぞ。現代のポリマーフレームを採用したグロック17の堅牢さには遠く及ばん。いや、それ以前に……)

 坂上はスライドを引き、薬室を確認する。

(使用する8mm南部弾はストッピングパワーが低すぎる。ジャングルでの遭遇戦では一撃の威力が生死を分ける。敵の英米軍が携行しているコルトM1911(ガバメント)の.45ACP弾と撃ち合えば、確実に撃ち負ける構造だ)

 現代兵器、特に銃器の構造にも精通している坂上にとって、旧日本軍の兵器はあまりにも「職人技に依存しすぎて、戦場の過酷さを想定していない」ように見えた。

「おい、そこの兵」

 坂上が声をかけると、油まみれのツナギを着た若い整備兵が、ビクッと肩を跳ねさせて直立不動になった。中将という雲の上の存在に声をかけられ、顔面を蒼白にしている。

「は、ハッ! 何でありましょうか、司令官閣下!」

「この十四年式拳銃、用心金トリガーガードが狭すぎる。これでは雨季の泥や、負傷して包帯を巻いた指では引き金が引けん。今すぐ、ここにあるすべての拳銃の用心金を取り外すか、大きく広げるよう改修しろ」

「えっ……? 用心金を、改造するのでありますか?」

「そうだ。兵器は飾りではない。使えなければただの文鎮だ」

 整備兵が戸惑うのも無理はない。天皇からの預かり物である兵器(恩賜の兵器)を、現場の判断で勝手に改造するなど、日本軍では重罪に問われかねない行為だったからだ。

「か、閣下! そのような勝手な改造は、兵器行政本部が……」

 同行していた将校が慌てて口を挟む。

「責任は私が取る」

 坂上は十四年式拳銃をドンッ! と作業台に置き、将校を鋭く睨みつけた。

「ジャングルで引き金が引けずに死ぬ兵士に、行政本部の書類が何をしてくれる? いいか、徹底的に『現場サバイバル仕様』にしろ。使えない照尺サイトは削り落とし、引っかかりをなくせ。泥が入る隙間には、現地のゴム樹液を塗って簡易的なシーリング(密閉)を施すのだ」

 その具体的な、かつ極めて合理的な指示に、整備兵たちの目の色が変わった。

 精神論しか喚かないと思っていた最高司令官が、誰よりも兵器の弱点と「現場の苦労」を理解している。

「……それから、あそこにある死んだトラックの山」

 坂上は、工場の隅に積まれた車両の残骸を指差した。

「あれのサスペンション(板バネ)と車軸を切り出せ。そして、周辺の村から頑丈な竹と木材を調達し、人力で引ける『高機動型の手押しリヤカー』を造れ。タイヤはゴムだ。泥濘でも沈み込まないよう、接地面積を極限まで広げる設計にしろ」

「リヤカー、ですか……! しかし閣下、エンジンブロックが重すぎて、クレーンなしでは解体作業が……」

 整備兵の長らしき下士官が、困り果てた顔で報告する。

 見れば、数人の兵士が顔を真っ赤にして、トラックの重いエンジンブロックをフレームから下ろそうと苦戦していた。

「……貸せ」

 坂上は舌打ちをすると、軍服の上着のボタンに手をかけた。

 防衛省の技術開発部門にいた頃、現場の技術者たちと共に汗を流すのは彼の日常だった。その血が騒いだのだ。

 上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖をまくり上げようとした――その瞬間。

(――ッ! いかん!)

 坂上はハッとして手を止めた。

 危ない。無意識にシャツまで脱ごうとしてしまったが、彼の背中には、若気の至りで彫り込んだ「阿吽の仁王像」の刺青が鎮座している。

 いくらなんでも、中将の背中に極道の代名詞である和彫りが入っているとバレれば、それこそ大スキャンダルだ。指揮系統が崩壊する。

「か、閣下? いかがなさいましたか?」

 整備兵たちが、不自然に固まった坂上を不思議そうに見つめる。

「……いや、なんでもない。少し、気合を入れようと思ってな」

 坂上は咳払いをし、上着を着たまま、エンジンブロックに群がる兵士たちの間へ割って入った。

 北辰一刀流の呼吸法で、丹田に深く気を落とす。

 筋力ではない。「力のベクトル」と「重心」のコントロールだ。

「おい、そこをどけ。俺が支える。お前たちは固定ボルトを引き抜け」

「えっ!? 閣下自らですか!?」

 坂上がエンジンブロックの下部に両手を差し込む。

 分厚い軍服の下で、北辰一刀流で鍛え抜かれた鋼の筋肉が、そして背中の仁王像が、見えない唸り声を上げた。

「フンッ!!」

 鋭い呼気と共に、数百キロの鉄の塊が、ふわりと数センチ宙に浮いた。

 まるで、巨岩が持ち上がったかのような錯覚。

 整備兵たちは目を剥いた。小太りに見えた牟田口中将の腕から、信じられないほどのトルクが発揮されている。

「ぼやぼやするな! 早く抜け!」

「ハ、ハッ!!」

 慌てて兵士たちがボルトを引き抜く。

 坂上は静かにブロックを横の台座へと下ろした。息一つ乱れていない。

 工場内は、水を打ったように静まり返っていた。

 一番偉い雲の上の将軍が、泥にまみれ、自らの手で重い鉄の塊を持ち上げたのだ。それも、達人のような身のこなしで。

「……いいか、お前たち」

 坂上は、油で汚れた手をハンカチで無造作に拭きながら、整備兵たちを見渡した。

「大本営の机上の空論など、どうでもいい。兵士の命は、最前線で戦う歩兵と、それを支える『お前たちの技術』に懸かっている。使えるものは敵の兵器だろうが残骸だろうがすべて使え。文句を言う奴がいたら、俺のところに連れてこい。俺が責任を取る」

「閣下……ッ!」

 整備兵たちの目に、熱いものがこみ上げていた。

 これまでの軍隊生活で、裏方である自分たちをここまで評価し、共に汗を流してくれた将軍など一人もいなかった。

「技術の意地を見せてみろ。俺の要求する兵站要塞を、お前たちの手で組み上げろ」

「ハッ!! 命に代えましても!!」

 工場中に、地鳴りのような敬礼と返事が響き渡った。

 彼らはもはや、ただの整備兵ではない。狂気のジャングルに「生存の道」を切り拓く、坂上真一の直属の技術開発部隊エンジニアへと変貌を遂げた瞬間だった。

 工場を後にした坂上は、ジープに乗り込みながら、一人ひっそりと冷や汗を拭った。

(危なかった……。背中の仁王を見られずに済んだ。だが、あの兵器の有様では、まだまだ改修が必要だな。鹵獲した英軍のステン短機関銃の構造でも図面に引いてみるか)

 遠山の金さんのように正体を隠したつもりが、逆に恐ろしいほどのカリスマを現場に振り撒いてしまった「現代のエリートアーキテクト」。

 彼の頭の中では、ジャングルを舞台にした巨大な「兵器と物流の魔改造計画」が、猛烈なスピードで進み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ