表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』  作者: 月神世一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/60

EP 4

悪魔の憑依イメチェン

 数時間後。

 第15軍司令部の会議室には、作戦参謀だけでなく、後方支援を担う輜重しちょう兵連隊の将校や工兵隊の指揮官たちが急遽集められていた。

 彼らの顔には一様に、困惑と恐怖が浮かんでいる。

「……集まったな」

 上座にどっかりと腰を下ろした坂上(牟田口)が、低く凄みのある声で唸った。

 かつての甲高くヒステリックな声ではない。腹の底から響く、歴戦の艦長特有の「号令」の響きだ。

「貴様らに集まってもらったのは他でもない。ウインパール作戦における、兵站計画の全面的な再構築についてだ」

 輜重兵の将校たちがビクッと肩を揺らす。

 これまでの牟田口司令官といえば、「弾がなければ銃剣で戦え」「食料は現地で調達せよ」と、彼ら兵站部門を最も軽視してきた張本人である。それが突然「全面再構築」と言い出したのだから、明日は槍が降るのではないかと本気で疑っていた。

「よいか。これまで本軍は、現地での徴発――いや、ハッキリ言おう。略奪を前提として作戦を立ててきた。だが、本日からこれを一切禁ずる」

「き、禁ずる、でありますか!?」

 兵站参謀の一人が悲鳴のように声を上げた。

「閣下! 我々にはインパールまでの数百キロを踏破するだけのトラックも、駄馬も足りておりません! 現地調達を禁じられれば、将兵は餓死してしまいます!」

 その言葉に、坂上はゆっくりと立ち上がった。

 そして、白板の代わりに壁に掛けられた巨大な黒板の前に立ち、チョークを握りしめた。

「だから、発想を変えるのだ。兵士に『歩きながら運ばせる』から無理が生じる」

 カツ、カツ、とチョークが小気味よい音を立てる。

 坂上が黒板に描き出したのは、ジャングルの進軍ルートと、等間隔に配置された複数の「点」だった。

「現代の……いや、これからの戦の基本は『ハブ・アンド・スポーク』だ。部隊の進撃に先んじて、夜間のうちにチンドウィン川の水運と、少数精鋭の工兵隊を使い、ルート上に極秘の『事前集積所キャッシュ』を構築する」

「じ、事前集積所……?」

「そうだ。一人が一度に運べる量は知れている。だが、部隊が到達する予定のポイントに、あらかじめ数日分の弾薬と糧食が埋めてあればどうなる?」

 将校たちは息を呑んだ。

「……兵は、最小限の装備で、最速の進軍が可能になります」

「その通りだ」

 坂上はチョークをへし折るほどの力で黒板を叩いた。

「牛に荷車を引かせてチンタラ歩くのではない。荷物は先に置いておく。兵は手ぶらで走り、拠点で補給を受け、また走る。これを繰り返してインパールまで駆け抜けるのだ」

 それは、現代の物流システムや、特殊部隊の作戦では常識とされる手法だった。

 だが、この時代の、しかも「精神論」が蔓延る日本陸軍においては、異星人の技術を聞かされているに等しい衝撃があった。

「しかし閣下、それらの拠点まで物資を運ぶ手段が……」

「壊れて放置されているトラックをすべて解体しろ。エンジンが死んでいても、車軸とサスペンションが生きているなら、それを荷車に移植しろ。木の車輪より何倍もマシだ。工兵隊の総力を結集して、悪路に耐える『最強のリヤカー』をでっち上げろ」

 坂上の脳内には、自衛隊の災害派遣で培われた「ありあわせの機材で泥海を突破するノウハウ」が渦巻いていた。

「さらに、ジャングルの植生を分析し、食べられる植物と毒草のリストを全部隊に徹底させろ。マニュアル化だ。勘で食わせるな。病原菌対策として、生水は絶対に飲ませるな。必ず煮沸しろ。違反した者は、その上官ごと私が直接殴り飛ばす」

 矢継ぎ早に放たれる、極めて合理的で、冷徹なまでの生存戦略。

 将校たちは、目の前の男が本当にあの「牟田口廉也」なのか疑い始めていた。

 以前の彼なら、「日本兵は草食動物だからジャングルでも生きていける」などと狂気じみた発言を平気でしていたのだ。

 それが今、誰よりも兵の生存確率と補給の計算に執着している。

 まるで――合理主義という名の悪魔に憑依イメチェンされたかのように。

(……よし、なんとか形にはなりそうだ)

 周囲の圧倒された空気を読み取り、坂上は内心で安堵の息をついた。

 冷や汗で軍服の背中がベタベタと張り付く。背中の仁王が、汗疹あせもになりそうで気持ち悪い。

 猛烈にコーヒーキャンディを噛み砕きたかったが、今は我慢するしかない。この「理にかなった恐怖の独裁者」というキャラクターを崩すわけにはいかないのだ。

「いいか、貴様ら」

 坂上はダメ押しとばかりに、作戦室の全員を睨みつけた。

 北辰一刀流の達人が放つ、本物の「殺気」。

 空気が凍り、数人の将校が思わず後ずさる。

「……俺は、一兵たりとも無駄死にはさせん。餓死などという無能の極みで部下を殺した指揮官は、俺が軍法会議にかける前に腹を切らせる。補給を繋げ。命を繋げ。それが、貴様ら後方部隊の『最大の戦い』だと思え」

「は、ハッ!!」

 ビリビリと空気が震えるほどの、一斉の敬礼。

 彼らの目には、もはや侮蔑の色はなかった。恐怖と、そしてわずかながらの「希望」の光が宿っていた。

 作戦は過酷極まる。しかし、この狂気の沙汰を「理詰め」で突破しようとする司令官がいれば、あるいは――。

 その時だった。

 作戦室の重い木の扉が、乱暴に蹴り開けられた。

 バンッ!! と凄まじい音が響く。

「司令官閣下はおられるかッ!!」

 怒声と共に現れたのは、土埃にまみれた軍服を着た、鋭い目つきの男だった。

 その顔を見るなり、久野村参謀長が顔を引き攣らせる。

「さ、佐藤中将……! 何故ここに!?」

 第31師団長、佐藤賢了さとう けんりょう

 史実において、牟田口の狂気の作戦に最後まで反対し、インパール戦線で「補給なき軍は戦うべからず」として、日本陸軍史上初となる「独断撤退」を決行した男。

 いわば、牟田口にとって最大の政敵であり、最も扱いづらい猛将である。

 佐藤は、周囲の空気に構うことなく、大股で坂上(牟田口)の前にズカズカと歩み寄った。

 その手は、腰の軍刀の柄にかけられている。一触即発。

「牟田口閣下。こんなふざけた作戦(インパールへの進軍)、我が第31師団は絶対に承服できん。兵を犬死にさせるつもりか。今すぐ大本営に中止の電報を打たれよ!」

 作戦室が、水を打ったように静まり返った。

 史実通りの牟田口であれば、ここで顔を真っ赤にして「抗命か!」と怒鳴り散らし、決定的な亀裂が入る場面だ。

 だが。

 坂上真一は、ゆっくりと腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。

(来たか、一番の『常識人』が。……この男なら、話が通じる)

「……待っていたぞ、佐藤」

 静かな、しかし確かな威圧感を込めた坂上の声が、佐藤の怒声をピタリと止めた。

 現代最強のロジスティクスと、帝国陸軍随一の反逆児。

 二人の運命の歯車が、今、完全に噛み合おうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ