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第24話 Side:シャクヤ

 僕の名前はシャクヤ。ただのシャクヤだ。


 ルンビニ村という王都から離れた田舎の農村で暮らしている、ごく普通の一般人だ。

 そんな僕の人生に、二度の転機が訪れた。


 一度目はラニとの出会いだ。

 村に隣接する森にそびえ立つ大樹の下で出会った彼女とは、すぐに仲良し同士になった。


 村には僕の他に歳の近い子供がいなかったのも大きいだろう。

 見覚えがないから、最初は隣村の子なんだろうと思っていた。


「ここが、わたしのおうちです!」


 ところが彼女の家は洞窟だった。

 記憶喪失で、いつの間にかここにいたらしい。

 連れて行ってもらった洞窟にあった剣は、何だか凄そうな雰囲気を漂わせていた。


「ご飯とかお風呂とかどうしてるの?」


「なぁにそれ?」


 明らかにおかしい返事だった。

 普通なら付き合いを断つべき場面。


「ま、いっか!」


 でも僕は昔から楽観的なところがあった。

 楽しければそれでいいやと、それからも彼女と遊ぶことにしたんだ。


「こらシャクヤ! 家の手伝いすっぽかして、また森でラニちゃんと剣士ごっこしてたんでしょ! 魔物もいるから危ないってあれだけ言ったのに!」


「まあまあ母さん、男の子は聞かん坊なくらいが丁度いいさ。でもなシャクヤ、木の下に傷がある場所には絶対近づくなよ。魔物がいるからな」


 ラニのことは両親や村のみんなも知っていたけど、最初僕がそう勘違いしたみたいに隣村の子だと思っていた。


 僕も彼女が何者か説明できなかったので、都合がいいやとずっと訂正しないでいた。


「わたしはね、『じょうおう』なんだよ!」


「じょうおう……ってなに?」


「さあ……?」


 本人も知らないみたいなので村の物知りなお爺さんに聞いたところ、多分だけど遠い国の言葉で女王って意味らしい。

 そしてついでに、この国の古い言葉で女王はラニと言うことも教えてもらった。


「じゃ、今日から君をラニって呼ぶね!」


「うん! わたし……じゃなくてわらわ、ラニ!」


 大輪の花のような笑顔が印象的だったのを、今でも覚えていた。



 さて、それから十五歳になった。

 この国における成人年齢であり、一端の大人として扱われる年頃だ。

 当然僕も例に漏れず、大人として相応の振る舞いを求められるようになった。


「だからこれからは遊べる時間も減りそうなんだ。剣士ごっこも出来そうにない。ごめんね」


「ぶー……つまんなーい」


 ルンビニ村は交易路の近くにあるため、それなりの頻度で商人や冒険者がやってくる。

 うちは農業の他に宿屋の経営も行っていて、跡取りとして働かなければならなくなった。


 ラニとの時間も減って退屈な毎日を過ごしていたある日、二度目の転機は急にやってきた。


「ここに泊めていただけるとありがたいのですが」


 黒装束のその集団は、外見こそ怪しかったが対応自体はとても温和で、金払いもよかった。

 両親が喜んでいたのを覚えている。


 僕はというと、客の人数が多くて仕事が大変そうだなぁ、なんて呑気なことを考えていた。


 ──それは黒装束のお客さんをもてなすために必要な品物を、隣村まで買取りに行けと母さんにせっつかれた帰りのことだった。


 今でも鮮明に思い出せる。

 黄昏時、赤と紫が入り混じる時分。

 風に乗って、血と煙の臭いがした。


「なんだ、これ」


 嘘でしょ。まさか。そんなはずない。

 信じたくない気持ちが両足を前へ前へと動かしていく。気がつけば、自宅の前にいた。


「嫌だ……っ、父さん! 母さん!」


 お願いだから無事でいてくれ。

 その祈りは、眼前で燃え盛る炎の熱によって呆気なく焼き消えていった。


「そんな……父さん、母さん……」


 二人は宿屋の前で事切れていた。


 父さんは母さんを庇うように覆い被さっていて、その上から無数の剣で貫かれたのだろう刺し傷が、おびただしい量の血液を垂れ流していた。


 もう既に息は失われてしまっている。

 呼吸が、どんどん浅くなっていった。


「誰か……生きて……」


 おぼつかない足取りで村中を回る。けど、息がある人は誰もいなかった。


 よくおやつをくれた世話焼きなおばちゃん。


 気難しいで有名だけど僕に色んなことを教えてくれた物知りお爺さん。


 ラニと出会うまで遊び相手になってくれていたお兄ちゃんお姉ちゃんたち。


 僕に懐いてくれてた子供達も、ついさっきまで命だったモノが辺り一面に転がっていた。


「う゛……おえ゛え゛ぇぇ゛……っ!」


 吐き戻しても、吐き戻しても、胸に巣食う絶望と死臭は消えてはくれなかった。


「…………そ、うだ。ラニは!?」


 あの子は普段村にいない。

 村で一緒に遊んだり、家に泊まったりしたけど、何故かあの洞窟から長く離れようとはしなかった。

 もしかしたら彼女はまだ無事かもしれない。

 縋るように走り出した。


 お願いします。

 お願いします。

 どうか、どうかラニだけはいなくならないでください──!


「ダメっ、それはラニとシャクヤの剣なの!」


「黙れ小娘! この魔剣は我ら黒十字騎士団の兵器にするのだ! 邪魔をするなら殺すぞ!」


 ラニの姿を確認して、安心すると同時に横隔膜を締め付けられるような恐怖が襲った。


「やめろおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 咄嗟に黒装束の男の不意をついて飛び蹴りを喰らわせると、剣とラニを取り返すことに成功した。


「き、貴様! 何をする!」


「この子は僕の大切な人なんだ……!! 傷つけるなら容赦しない!!」


「チッ、ガキが一人生き残っていたか……黒十字騎士団に刃向かうとどうなるか思い知らせてやる!」


 これまで真剣同士でやりあう機会なんてなかったし、相手はファルシュという特別な力を持った剣を持っていた。


 流石にマズイ。

 死を覚悟したその時だった。


「シャクヤを傷つける人は、わらわが許さない!」


 ラニの体が突如輝き、光の塊となる。

 そして僕が持つ純白の剣と溶け合ったかと思うと──目の前の男の一人が持っている剣と、全く同じ装飾の剣に変貌したのだ。


 剣から強大な力が流れ込んできて、僕の身体機能を強化してくれたのが分かった。

 間違いない。これはラニの力だ。

 この剣を通じて、僕に力を貸してくれている。


「ありがとう」


 そうして僕は紙一重の戦闘の末、彼らを倒すことに成功した。

 達成感に震えていると、再び剣が光り、人の姿となってラニが現れた。


「やったねシャクヤ!」


「うん、ラニのお陰だよ!」


 昔からやってきた剣士ごっこは無駄じゃなかった。僕らは勝利を讃えあった。


 とはいえ冷静になってくると、これから先どうしようかという思いが湧いてくる。

 頼れる人は誰もいない。僕にはもうラニしか残されていないんだ。


「…… みんな、死んじゃったんだ……」


「シャクヤ……」


 無数に転がる死体の前で現実に打ちひしがれていると、国の騎士団を名乗る人達がやってきた。


「我々はサイフォス王国騎士団。私は整備補給部隊の隊長を務めるフヨウというものだ。……とは言ったものの、遅れて本当に申し訳ないね、どうにも」

 

 ボサボサの白い総髪と、分厚い丸眼鏡が印象的な女性だった。


「謎多き集団でね。自分達の痕跡ごと関わった人々を処分して回るせいで詳細は不明だったのさ。こうして尻尾を掴めたのは実に運が良かった。よければどうか話を聞かせてもらえるとありがたい」


 そうして事の一部始終を話していると、剣のくだりになったあたりで彼女が急に興奮し出した。


「ン〜すっばらしい!! 敵の剣を模倣する……それも、少女が剣と合体するだってぇ!? そんな魔剣は見たことも聞いたこともない!! これは歴史的な大発見だよ君ぃ!! 今すぐ騎士団、いや私の研究所に来てくれたまえ!!」


 圧が凄かった。


「っと、すまない。傷心の君たちには少し不躾がすぎたね。魔剣事だとつい我を忘れてしまう」


「い、いえ。みんなの埋葬も手伝ってもらってますから、構いません」


 その後も眼鏡の女性こと、フヨウさんが持っていた魔剣をコピーしてみせるとまた笑い出す一幕はあったものの、騎士団の助けもあって無事にみんなを眠らせてあげることができた。


 そして、彼女は最後にこう言った。


「悪いが君たちを王都に連行する必要がある。魔剣は千年受け継がれてきた破壊不能の戦争兵器。個人が私的に所有するのは許されていなくてね」


「そ、そんな……一体どうすればいいんですか?」


「そこで一石二鳥の提案だ。身を守るための強さも手に入る場所──サイフォス王立剣士学園に入学しないか?」


 僕らの未来を決める、運命の誘いをしてきたんだ。



「……それで、入学したはいいんだけど」


「おい、見ろよ……あいつが例の……」

「ああ、『王女殺し(プリンセスキリング)』の新入生……」

「きっと汚い手を使ったに違いないわ……」

「女連れで入学とかうらやまけしからん……」


 針のむしろとはまさにこのことだった。


「『王女殺し(プリンセスキリング)』って……別に殺してないよ……」


「シャクヤ、元気出して」


 魔剣使いは一般とは違う特別クラスに配置されるらしい。

 そこで出会ってしまったのだ。

 例の王女様に。


『あ、あ、あ……あの! ぼ、わ、私はその、田舎の出なもので世間というものを知らず、王女様に大変な無礼を働いてしまって、誠に、誠に申し訳ございませんでした……!』


『わ、わらわもごめんなさい!』


『ふふ、謝らなくていいわ。誰だって過ちは犯すもの。私も行きすぎた面があったわ。大切なのは過ちを認め、改善に努めていけるかどうか。違う?』


『王女様……!』


 流石は王女様だ。僕みたいな平民の失礼な態度にも優しい、なんて心の広いお方──!


『だから最強であるべきサイフォス次期女王のこの私が、貴方に負けただなんて過ちも改善に努める必要があるの。この意味分かるかしら? 無礼者♡』


 違った。

 権力に頼らず正々堂々自分の実力で僕をぶちのめすという意思表示だった。潔いなぁ(白目)。


「周りと仲良く出来そうには……ないかぁ」


「いんや、そんなことないよ?」


 突然聞こえてきた声に顔をあげると、そこにいたのは浅葱あさぎ色の髪をした少女だった。


「君は同じクラスの……サルファさん、だっけ」


「そそっ、ボクはサルファ・モンスゥ。一緒に食べてもいい? シャクやん、ラニちん」


 シャクやんってなに。

 聞き返そうとしたが、ラニが秒で適応して「いいよ、サルるん!」と返したので言いそびれた。


「見てたよ〜王女様との試合。凄かったねぇ、まさか魔剣をコピーしちゃうなんてさ」


「あれは……僕らもよく分かってないんだ。ただなんかできるってだけで。ね、ラニ?」


「うん。なんでわらわが剣と一つになれるのかもよく分かってない!」


「わーお、魔剣使いなんて大概規格外だけど、キミらはいっとう飛び抜けてるね」


 サルファさんは社交的な性格なようで、ほぼ初対面だというのにすんなり会話することができた。


「いやークラスのお友達は難しいかなって思ってたんだけど、結構人いてよかったよ」


「そうかな? ラニも含めて六人しかいないけど」


「いやいや、魔剣使いがそれだけいるって凄い偶然だよ? アレクサンドラ王女はともかく、シュテッケン法国から二人も来るとは思わなかったなぁ」


「ああ、セツカさんとラゴウくん」


 銀髪碧眼の少女と、白髪紅眼の青年。

 セツカさんからは透き通った氷のような印象を、ラゴウくんからは深く澱んだ闇のような印象を、それぞれ受けたことを思い出す。


「セツカちゃんはクール系って感じの超美人だったねー。シャクやんも好きになっちゃったりして?」


「む、シャクヤはそんな軽い男の子じゃないよ!」


「あははっ、ごめんごめん。で、ラゴウくんの方は……抜き身の刃物みたいだったね」


 そう、僕としては寧ろ彼の方が気になっていた。


『……ラゴウだ。法国のダイバー侯爵家の出だが、その名で呼ぶ必要はない。そも弱者に興味はない。故に馴れ馴れしく話しかけてくるな。以上だ』


 冷たく他人を見下す態度に少しムッときた。

 入学式前の戦いを観てないんだろうか。

 僕も王女様も弱者なんかじゃない。


 その思いから視線を向けた、その時だった。

 彼の血のように赤い瞳と視線があったのは。


 そして、気のせいだろうか。

 ほんのわずかだけ、ニヤリと笑ったのは。


「ま、何はともあれこれからよろしくね! シャクやん、ラニちん!」


「うん、よろしく」


「よろしくお願いしまーす!」


 ラニ以外で初めて同年代の友達ができて嬉しい。

 今後の学園生活に希望の光が差し込んだ。


「無礼者ー! 隠れてないで出てきなさーい!」


 ……絶望の闇も相変わらず深そうだったけど。




 あれから時間も経過し、時刻は午前零時。

 自室に戻って眠りについたが、一旦目が覚めたので、寮の敷地内にある中庭にやってきていた。


「これからここで暮らすって実感が湧かないや。周りはお貴族様ばかりで、勉強もついていけないし。……早速王女様相手にやらかしちゃったし」


 平民は一割もいない少数派で農民は皆無。

 宿屋の子として簡単な読み書きと計算くらいは教えてもらっていたけど、それだけだ。


「……でも、まあ、ラニと離れるよりはマシか」


 子供の頃から一緒に育ってきた無二の相棒。

 彼女と離れるくらいなら、地獄の底だろうが一緒についていった方がマシだ。


 ラニが何者なのか。

 それを知る為にも、僕はここにいる必要がある。


「そうと決まれば頑張るぞ──お?」


 その時、ふと黒い蝶が舞うのが見えた。

 吸い寄せられるように視線を向けると、月光に照らされる人影が見えた。あれは……。


「ラゴウ、くん?」


 問いかけに、彼は返事しなかった。

 代わりに赤い目をこちらに向けると、音もなく近づいてきて……すれ違いざまに、言った。


「──『運命さだめ』のときは来た。『黒』に気をつけろ」


「え?」


 それってどういう意味、と聞き返そうとして後ろを振り向くと、そこには誰の姿もなかった。

 ただ夜闇の『影』だけが静かに横たわっていた。


「……ど、どういうこと……?」


 問いに答えてくれる人も、もちろんいなかった。

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