第21.5話 ある『脚』のこれまで
どうも皆様、初めまして。
私の名前はフラーラと申します。
孤児であったところをさらわれ、地獄という言葉がこれ以上なく相応しい日々を送ることを強制されてしまった不幸な美少女です。
こわい。こわい。こわい。
いたい。いたい。いたい。
だれかたすけて。こんなとこからつれだして。
いやだ、しにたく、ない。
当時の私はその一心で基礎修練を耐えていました。
けれどそろそろ耐えきれなくなって死を間近に感じていた、そんな時でした。
彼に声をかけられたのは。
「お前の分の薬物を追い投与したいから代わってくれないか?」
「あ、頭おかしいんですか……?」
最初はよくいる狂ってしまった子かと思いました。
でも違いました。
皆が生きる希望を見失う基礎修練の中で、彼だけは常に前を向いて笑っていました。
走り込みで足の爪が全て剥げ落ち。
打ち込み稽古で身体中が青黒くなり。
薬物投与で全身余すことなくナイフで刺されるような痛みに夜通し襲われ。
魔物との実戦で、耐毒実験で、いくら死にかけても。
団員候補番号0721番だけは、底冷えする雑居房の中でニヤニヤ笑えるほどの希望を持っていました。
「……ど、どうしてそんなに前を向いていられるんです……?」
それに対して、彼はあっけらかんと答えました。
「理想のために必要な試練だからだ」
そうとだけ答えると、基礎修練を終えたばかりだというのに自主練に戻っていきました。
ゆめ。それは目標。
この地獄の中で希望を持ち続けられるほどの目標とは、一体なんなのでしょうか。
いち早く正式な団員として召し上げられ、離れていってしまった彼のことを、私はずっと心に留めて日々を過ごしました。
何度も死にかけながらも基礎修練をなんとか乗り越え、正式な団員になってからも、彼と再び顔を合わせることはありませんでした。
当然でしょう。彼は今や魔剣使いとして次期幹部候補のエリート街道まっしぐら。
私のようになんの変哲もない美少女ヒラ団員とは格が違います。
「ケッ、魔剣適合者だからっていい気になりやがって。ガキが……舐めてると潰すぞ」
そんな調子だからやっかみも受けやすいようで、嫌がらせを企む者も少なくありませんでした。
そのたび彼に助けられた同期の皆で協力して、事前に阻止して回ったものです。
彼のおかげで生きながらえることができた人間は多い。
ある者は魔物から救われ。
ある者は薬物投与を肩代わりしてもらい。
ある者は体力が回復する薬草をもらい。
ある者は厳しいしごきに対して「そんな雑魚に構う暇があったらもっと俺に構って! ハリーアップ!」と庇ってもらったり。
彼の同期だった世代は例年より倍以上の人数が生き残ったことからも、それは明らかです。
「きっと何か大きいことを成し遂げてくれる」
「きっとこの組織をいい方に変えてくれる」
「だから余計な邪魔は自分たちが取り除こう」
黒十字騎士団ですら御しきれない怪物に、きっと私たちは希望を見出していたんだと思います。
「──お初にお目にかかります。わたくしは反逆の徒。黒き獅子を打倒せんとする虫食いの牙にございます」
その日の衝撃は今でも忘れられません。
狐の面をつけた彼女は、打倒黒十字を掲げて同志を募っていました。
数百年にもわたって君臨し続けた悪の組織を潰すための組織を立ち上げている最中とのこと。
黒十字騎士団の恐怖に染まりきらない戦士。
そういった人間に目をつけて勧誘に来た少女の手を、私は迷いながらもとりました。
きっと彼の存在が大きく関与していました。
私も彼のように、自分を強く持って在りたいと。
「どうやって勧誘する相手を選別しているんですか?」
「……多くは黒十字騎士団が不要と判じて処分し、地下の魔物施設に落とされた者達です。それをわたしが秘密裏に救助して協力を仰ぎました」
「私のような正団員の場合は?」
「……普段の生活態度や言動、過去から考慮しますが、最後は勘……でしょうか。わたしと似たものを持つ人間に声をかけております」
随分と不安定な判別法ですが、こと黒十字騎士団においては正しいと思いました。
この組織にいる人間は希望を持たない。
ただ絶望だらけの日々をなんとかやり過ごそうという後ろ向きな人生を過ごす。
前向きな希望を持っている人間はきっとどこかが違っていて、それを嗅ぎ取っているのでしょう。
「団員番号1080番フラーラさま。わたくしは黒十字騎士団に刃を向けることを、あなたさまに求めます。……如何なさいますか?」
「愚問ですね」
その誘いに乗ろうと決めた時点で退路は絶っていました。泥舟だろうが乗り込む覚悟です。
だってこのまま黒十字騎士団という大船に乗っていても、使い捨てのパーツとして当然のように使い潰されてしまうだけ。
それなら悲惨な最期が待っていたとしても、私は私の思うままに生きたい。
「直接戦闘は不向きですが、隠密諜報の才能を見込まれ専門の技能を叩き込まれてきました。よければこの麗しき下名に何なりとお申し付けください」
「うるわしきかめい……?」
「この美貌を活かしたハニートラップなどいかがでしょう?」
「はにーとらっぷ……」
結局、特に求められることはなくこの場はお開きとなりました。
後日指定された日付と場所に会う約束を交わしましたが、彼女は来ませんでした。
詐欺られたのかも。
そう思っていたところ、その数日後に再び狐面の彼女からの接触がありました。
私が密告しないか試されていたそうです。
確か少し前に『流言の流布』により一人の団員が処分されたという報せがありました。
あれは彼女の仕業だったのでしょう。
それからいくつかの試験をクリアして、晴れて私は彼女の組織の一員になることができました。
「わたしはあくまで組織を一時的に管理・統括をしている身に過ぎません。真の『主人』となられるお方は他におります。彼のお方の正体は信頼がおけると判断できた人員にのみ明かす予定でございます」
この組織の真の長、狐面の少女が慕う主人。
彼のような人だったらいいな。
そう思って、私はその日を迎えました。
ついに革命組織『蟲』が設立されました。
そこで私は衝撃の事実を知ることとなりました。
なんと、組織の『頭』とはあの彼のことだったのです。
「……これが彼がいっていた目標」
黒十字騎士団への反逆。
ここへ連れられ、地獄の日々を送るうちに誰もが牙をもがれ、忘れる反抗心。
彼はそれを持ち続けた。
そして遂に結実させようと行動に移し始めた。
ならば助太刀しない道理はない。
かつて彼に魅せられた人間なら、誰でも。
「獅子を内から食い破る『蟲』」
なるほど私たちにピッタリだと思いました。
一見すると美しい私には似合いませんが、虫の中にも蝶のように可憐な生き物はいます。
私は蝶となって『蟲』を支えましょう。
「今回の指令は……なるほど、サクナ様が留守にする間、ラゴウ様を見守る任ですか」
これは非常に重要な任務です。
『蟲』の頭であり、反乱計画の中核を担う存在。
彼にもしものことがあれば我々は終わりです。
だから普段はサクナ様が彼をストーキングもとい見守っていて、どうしても手の届かない場面では私のような隠密諜報員が代理の役を務めるのです。
「十剣に就かれて日もまだ浅い。勘違いした雑兵に絡まれないよう注意しなくては」
そうして、彼を見守る一日が始まりました。
「……前から思ってたけど、ラゴウって朝からめっちゃ食べるよね」
「理想の食事量は朝昼晩で4:3:3。朝こそ最も多くの食事量を摂取すべきだ」
早朝、セツカ様と二人で朝食を共にします。
サクナ様がいらっしゃらないので、今朝は彼が食事を作られたようです。
「十剣になったんだから部下に作らせればいいのに、自分か私たちの作ったご飯しか口にしないよね。なんで?」
「栄養学のえの字も知らん人間に食事管理など任せられるか……お前たちには適切な知識を仕込んであるから任せられるだけだ」
「意識が高い」
「志が高いと言え」
お互い遠慮のない物言いで、とても仲がいいんだなぁと思いました。
朝食を終えると、次に向かったのは基地の庭園に設けられた極東風の道場でした。
彼はここで十剣第一位の御方と鍛錬を行うのが日課なのです。
「廻れ『永闇』」
「日月永劫巡り給へ『潮月』」
影と時間を操るそれぞれの魔剣が交錯し、火花を散らします。直接戦闘力は団員内でも最下位クラスの私では、とても目で追えませんでした。
結果は、残念なことに彼の敗北で幕を閉じます。
「…………」
「男子が拗ねるな、見苦しい」
負けて悔しそうにいじけていた、と。
稽古が終わると、補食と称して食堂に向かいます。なんでも運動前後に食べるといいのだとか。
そこで、予想外の人間と遭遇しました。
「あら、あなたは……」
「新しく第九位になったラゴウちゃんじゃーん」
なんと、十剣の二人がいたのです。
第七位のコル・マクアルト様。
第六位のゼンゼ・モルス様。
ラゴウ様よりも格上の、いずれ我ら『蟲』が喰らう仮想敵でもあります。
「どうしたの? もしかしてあたしたちと同じでスイーツでもつまみにきた?」
「えー? ラゴウちゃんってイキって「甘いものは苦手だ」とか拗らせてそうなお年頃だし、それはないんじゃなーい?」
「……補食に作っておいた梅ササミのおにぎりを食べに来ただけだ」
「えー面白みがなーい。そこは具にバナナとか入れるべきじゃーん?」
「それも食べる」
「食べるんだ」
バナナも食べる、と。
その後もしばらく軽い運動を続け、昼食を取ったかと思うと、基地の地下へ向かいました。
そこで黒十字が飼育する強力な魔物たちを檻から出すと、多対一での戦闘を始めました。
私なら一体だけでも余裕で食い殺される魔物を相手にたった一人で圧倒する姿は、流石は十剣と言わざるを得ない戦いぶりでした。
「……チッ」
そんな彼を見つめる視線がもう一つ。
荒ぶる獣のように鋭い眼光を持つ男性。
第八位のエアフォルク・アハトゥングス様です。
どうして彼がこんなところに。
不思議に思っていると、黄色い瞳がこちらを向きました。気づかれた、そう確信しました。
けれどエアフォルク様は踵を返すと、そのまま一階へと立ち去ってしまいました。
「……私の見目麗しさに気恥ずかしくなったのでしょうか」
罪な女で申し訳ない気持ちでした。
さて、その後も同じように食事と鍛錬を終えた彼は自室で一人妙な書き物に励んでいました。
サクナ様いわく「黒十字に反旗を翻すための計画書のようなもの」だそうです。
つまり我々にとっての生命線。
誰も読めないよう独自の言語で記されているらしく、彼は知能の面でも飛び抜けているようです。
「時たま口元がニヤつくのは、いい計画を思いついた証かもしれない……と」
そうして、彼の一日が終了しました。あとは眠りにつくだけのようです。
ラゴウ様はぐーっと背伸びをしたかと思うと、ちらり、視線をこちらに寄越しました。
「さて……床に就く前に、そこの貴様」
どきり、鼓動が高鳴りました。
「俺を監視するのはいいが、やるならもう少し巧くやれ。『蟲』だか『脚』だか知らんが、その体たらくでは駒としても落第点だ」
そうとだけ残すと、寝台に横たわり規則正しい寝息を立て始めました。
「……流石ですね」
それでこその『彼』というものです。
人生を賭けて"推す"と決めた人。
ラゴウ様愛好会の会員として、サクナ様と共用でしたためている観察日記に漏れなく一部始終を記入して、私の今日も終わりを告げました。




