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第11話 落花

 アシハラの皇族が代々受け継ぐ神器。

 太陰刀『潮月』と、それを守護するための二振り涙刀『冰雨』、妖刀『永闇』。


 前者の封印に綻びがないか、後者の機能に毀損がないか。

 その確認をするため、皇族や御三家と呼ばれる一族が年に一度神事を執り行う。


 とはいえ、それはあくまで大人の事情。

 子供のセツカにはつまらない行事でしかない。

 儀式が終わると、その分の退屈を紛らわすために神宮から少し離れた場所にある人気のない庭園へと足を運ぶ。


 そこで、サクナと出会った。


『あなた、だあれ?』


『わたしは……花鏡、サクナと申します』


 まるでお人形さんみたいだと、セツカは思った。

 舞い散る雪の白と対比するような綺麗な黒髪。

 もっとお話ししたい。そう思った。


『サクナ……って、どういう字でかくの?』


『……きっと、まだお習いになっていない字ですから、分からないと思います』


『む』


 しかしサクナの方は話したくなかったようで、冷たくあしらわれてしまう。

 それが少し腹立たしくて、セツカはしつこく話しかけることにしたのだ。




「はぁっ!!」


 銀閃が走る。

 最初に仕掛けたのはサクナだった。

 右上段から袈裟斬りの形で放たれた斬撃は、しかしセツカの刀によって防がれる。


「っ痛ぅ……!」


 火花が散り、鋼と鋼が打ち合う衝撃が刀身、柄を通じて剣を握る両手を痺れさせる。


 今、自分たちは殺し合いをしている。

 その事実が実感を伴ってセツカの心を打ちのめす。


「そこっ」

「ぅ!?」


 次にサクナが繰り出したのは、自らが得意とする中下段からの突きだった。

 刺突とは線ではなく点の攻撃。

 回避も防御も難しい瞬きの一撃だ。


 セツカはそれを間一髪でいなすと、サクナの刀を弾いて後ろに距離をとる。

 仕切り直し。

 しかし、どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。


「……どうしました、セツカさん。いつもの稽古ではもっと打ち込んできているでしょう。無策で後手に回るのは悪手だと、あの人から学んだはずですが」


「……だって……そんな……!」


「来ないなら、わたしの方からいきますっ!」


 サクナが駆ける。

 黒髪を風になびかせ、接近して刀を振るう。


 袈裟斬り、逆袈裟、一文字。

 斜めからの振り下ろし、振り上げ、横薙ぎといった剣術における基礎の斬撃がセツカを襲う。


「ぐ、ぅ!?」


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 都合七度に渡ってはしる斬撃を、セツカは神がかり的な刀捌きでいなしていく。


 だが、それはその場凌ぎの防御に過ぎない。

 先手を取られ、後手に回り続ける一方。

 これでは勝てるはずもない。


「…………やはり、『冰雨』の所有者は彼女で決まりか」


 その様子を、獅子王は上階から見下ろしていて。

 サクナは、そうやって監視されていることに気づいているからこそ、攻めの姿勢を緩めなかった。




 セツカがサクナと会うのは一年に一度、儀式の為に数家が神宮に集まる時だけだ。

 儀式は一週間を通して続く。

 一年に七日だけ、彼女たちは関係を持てた。


『私の名前は「雪」に「花」って書くの。サクナは?』


 この時のセツカは、年頃の幼子らしい屈託のない笑顔を振りまく少女だった。

 一方のサクナは凍りついたような無表情で、今とは正反対の関係だった。


『……言いたくありません』


『ぶー、じゃあいいよ。ねね、それよりけまりできる? 私とくいなんだ!』


『は、はあ……見たことならありますが……』


『じゃあ教えてあげる!』


 けれど、根本の関係性は変わらなかった。

 セツカはサクナの後ろについていって、サクナはそんなセツカの面倒を見る。


 同じ年頃の遊び相手がいないセツカにとって、サクナは貴重な友達であり──でもあった。


『セツカ様、あの妾の子と関わり合いになるのはお辞めください。皇族の名に傷がつきかねません』


 だから、お付きの人からそう言われても無視して遊んでいた。


『サクナがめかけのこ? だから遊ぶなっていわれたー。ひどいよね。ところでめかけのこってなに?』


『……セツカさんが知る必要のないことです』


『ふーん。ねえ、それより今日は何して遊ぶ?』


 幼いセツカでも、やんごとない事情があるのは察していた。

 きっと知れば今までの関係ではいられなくなる。

 だから知ろうとはしなかった。


 この関係を続けていたかったから。

 この温かい繋がりを保っていたかったから。

 こうして楽しく遊べれば、それでよかったから。


 そうして三度目の七日間を迎えた雪の日。

 それは起こった。




「っ!?」


 甲高い鋼の音が決闘場に鳴り響く。

 それはこれまでとは違い、力の入った斬撃同士が競り合う音だった。


「……ようやく、打ち合う気になりましたか」


「ぅ……」


 だが、戦意自体はまだ湧いていない様子だった。

 俯きがちで、現実を受け止めきれないでいる。


 それも仕方ない、とサクナは思う。

 だってセツカは良い子だから。

 汚くて嫌な現実は、サクナが背負うべきなのだ。


「ですが……少し反撃したくらいでは、わたしに勝てませんよっ」


 再びの猛攻。しかし今度は少し違う。

 セツカの側も的確に対応していた。


 受けるだけではない。

 フェイントを織り交ぜてサクナの攻撃を出させないようにしたり、ここに踏み込めばやられるという位置に誘って警戒させたり、積極的に動いていた。


「どうやら、いつもの調子が出てきたようですね」


 セツカは何も答えない。

 俯きながら視線だけはサクナを捉え続けていた。


「それでは……全力でいかせてもらいますっ!」


 サクナは姿勢を低くして一気にセツカの懐まで詰め寄り、今度は連続で刺突を繰り出す。


 セツカは刀の腹を叩いて軌道を逸らすことで、平突きの猛攻を捌いていった。


「……よ……」




 その日も雪が降っていた。

 セツカとサクナはいつもより遅くまで遊んでいたから、帰る時は急ぎ足だった。


 父と母に怒られてしまう。

 子供なりに本気で走ってみたりして──着いた先に広がっていたのは、地獄絵図だった。


『……これは、一体……』


 さっきまで命だったはずの『物』が、辺り一面に散らばっていた。


『お父さまぁ!! お母さまぁ!!』


 それはセツカの両親、つまりアシハラの帝も例外ではなかった。


 血を流し、倒れ伏す彼らの傍ら。

 サクナの叔父である花鏡スイゲツが、国宝である太陰刀『潮月』の刀身に血を滴らせて、不気味に佇んでいた。


『……あれがそうだ。連れて行け』


『黒髪の方はどうします?』


『……一応、連れて行け』


『了解』


 そこからは知っての通りの流れだった。

 両親の名を泣き叫ぶセツカを気絶させた黒装束の集団は、サクナ共々縄で縛ると、見知らぬ地へと連れ去ってしまった。


 黒十字騎士団。

 世界の裏で暗躍する悪の組織。

 そこで魔剣使いとして忠義を捧げることを強制させられた二人は、先の光景が極楽浄土のように思える地獄を味わわされた。


『やだやだやだやだやだやだやだやだ!!!! お願いだから注射しないで!!!! 痛いのやだ!! やだ!! いやああああああ!!!!』


『な、なんだよこの魔物……だ、誰か助けて!! 死にたくない!! いやだ、たすけ──ぎゃああああああああああああ!!!!!????』


『お、俺は悪くないんだ……! 生きるためだから、殺したっていいんだ……! ひひっ、死ねっ! 死ねっ! 死ねよおっ!!』


『0427番、貴様は規定の能力値に達していない不良品と見做され廃棄処分が決定した。よって地下で飼育している魔物の餌になってもらう。……連れて行け』


 昨日見た顔が、今日にはいなくなっている。

 それが一人二人ならまだいい方だ。

 酷い時には十人単位でいなくなる。

 そんな環境で過ごしているうちに、いつしかセツカの顔から笑顔は消えてしまっていた。


『こわいよぉ……サクナ……っ』


 房で共に眠る時だけが心の休まる時間だった。

 その時だけはセツカも胸の内をさらけ出して、不安と恐怖をサクナに吐き出した。


『……大丈夫、大丈夫ですから……』


 そんなセツカを抱きしめながら。

 サクナは、彼女だけは助けようと固く決意した。




「ぅ、あぁぁああっ!!!」


 これまで沈黙を保ってきたセツカが初めて吠えて、力の限り刀を振るった。

 ここまで攻勢を保っていたサクナが、初めて防戦に回った。


「く、うぅ……!」


 そこからは一方的な戦いだった。

 セツカの剣技はあらゆる面でサクナを上回っていた。


 スイゲツの動きのベースとなる新陰流は後の先を得意とし、相手を狙い通りに動かして勝つ活人剣。

 それはこの世界における『徒神影流』においても変わりなかった。


 つまりセツカが意気消沈の状態でなおサクナの猛攻をしのげていたのは、反射神経で対応していたからではなく。

 

 落ち込んでいてなお、サクナの攻撃を捌きやすい位置に誘導できていたからに他ならなかった。


「流石は皇族の血筋というべきか。私にとって望ましい筋書きになりそうで安心したよ」


「スイゲツからの報告通りの結果ですね。あの少女……どうにも刀が合っていないように見えます」


「長物の方が性に合っているだろうね。どうでもいいことだが」


 冷静に現実を評価されていることなど知らずに、二人は何度も打ち合いを繰り返した。

 鋼が切り結び、火花が散る。

 終わりの時は、そのすぐ後に来た。


「はあぁっ!!」


「っ!?」


 剣道に『巻き上げ』という技がある。

 自身の竹刀をくるりと手首で回転させ、相手の竹刀を渦の中に取り込む。

 相手の構えを崩すだけでなく、握りが甘くなった瞬間を狙えば、そのまま上に弾いて武器を奪い取ることすら可能だ。


 セツカはそれを、真剣でやってみせた。

 実力差が離れていないと行えない技術。

 それはつまり、覆しようのない決着の証だった。


 刀を失ったサクナの首元に刃が添えられる。

 後は少し引くだけ。

 頸動脈が切られたサクナは、それで死ぬ。


「……どうしました。わたしを殺さないと、ここからは出られませんよ」


 あくまで冷たく、努めて冷静にサクナは言い放つ。それに対して、セツカはぽつりと漏らした。


「……だよ……」


 サクナとセツカの視線が交差する。

 紅水晶の瞳に映ったのは、大粒の涙をこぼす綺麗な青玉の瞳だった。


「むりだよぉ……! サクナを殺すなんて、そんなのできっこない……!」


 あと少しでサクナを殺せる。

 けれどセツカにはできなかった。


「……セツカさん、どうして」


 日頃から鍛錬している分、セツカとの実力差は誰よりもサクナが分かっていた。

 だから追い込んで、無理にでも自分を殺させようとした。なのに、

 

「サクナは私の、だいじなお友達で……たった一人の味方で……ずっと、ずっと……!」


 原作でのセツカには、ここまでの技能はなかった。だからサクナに追い込まれ、無我夢中で振るった剣で思わずトドメを刺してしまうという結果になってしまった。


 だがこの世界では違う。

 ラゴウとの訓練の過程で地力が鍛えられ、原作より早くスイゲツの技を覚えた彼女は、一段上の技術で勝負を収めることに成功した。


「いっしょに逃げよ……? もしそれで、組織の人に殺されても……サクナを殺すより、ずっとマシだから……!」


「……セツカさん」

 

 セツカは刃を離して、サクナに手を伸ばす。

 サクナも、その手を取ろうとしてしまった。


 けれど忘れてはいけない。

 どこまでいっても、ここは飼い主が支配する鳥籠の中なのだということを。


「ふむ、自らの手で殺してしまうというのが一番望ましかったのだが……仕方ない」


 テンマ=ジナが指を鳴らす。


「下手な真似をされても面倒だ。──落とせ」

「御意に」


 その命令が下された瞬間。

 サクナは、セツカを突き飛ばした。


「え」


 直後、サクナの足場が忽然と消え失せる。

 下は明かりのない暗闇が広がっている。

 どこまで続いているか分からない。

 自らの死を悟ったサクナは、最後に笑って、


「ありがとう」


 闇の中へと落ちていった。

 何十秒も遅れて、その事実を認識したセツカの慟哭が、決闘場に響いた。

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