表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/29

第10話 雪花

 セツカの誕生日がやってきた。

 これで彼女は十歳。晴れて魔剣を贈呈される資格を得られる年齢だ。


 それはつまり。

 サクナとセツカが、殺しあう日がやってきたということだった。


「童、よもや邪魔立てをする気はなかろうな」


 太陽がまだ登り切っていない黎明の時間帯。

 いつものように稽古をしていると、ふとスイゲツがそんなことを言い出した。


「まさか。俺は奴らの兄弟子であって、それ以上でもそれ以下でもない。所詮この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ。それだけの話だろう」


 それにサクナが生き残ってしまっては原作から大きく外れすぎる。そうなれば原作知識が役に立たなくなってしまって、俺の計画どころか命さえも危うくなってしまう。

 だからこれでいい。これでいいんだ。


「…………さはさり」


 それだけだった。

 後はいつも通り、スイゲツと打ち合って稽古を終える。


 ただ去り際に垣間見た表情は、どこかいつもと違ったように思えた。



「ラゴウさま、朝食の用意ができました」

「今日はサバのみそに。おみそしるは私が作った」

「たかが味噌汁で胸を張るんじゃない」


 最初の頃はお湯に味噌をといただけのまずい味噌汁だったが、今では合わせ出汁の効いた美味しい味噌汁になっていた。

 継続は力なりということだろう。


 食事を終え、二人の方を見る。

 視線の理由がわからず首を傾げる二人に「なんでもない」と言って誤魔化すと、


「ではな」


 別れを告げる挨拶だけ残して立ち去った。

 次に会う時はセツカだけになっている。

 後は冷たく突き放してやれば軌道修正は完了だ。


 それ以上のことは考えないようにして、俺は地下室へと向かった。



 今朝は二人にとって、まるであの日を思い出すかのような雪の降る日だった。


 とても寒くて、吐息は白に染まる。

 サクナはかじかむ両手にハァ、と息を吐きかけながら、セツカと共に基地の廊下を歩いていた。


「雪降ってるし、後でお外で遊ぼうよ」


「構いませんが……セツカさんは本当に雪がお好きですね」


「綺麗だし、楽しい。……それに雪は、私の名前でもあるから」


 雪。空から舞い落ちる六の花。

 それは彼女にとって、唯一自分に遺された両親の形見でもあった。

 だから特別思い入れがあるのだろう。

 サクナからすれば、少し羨ましいことだった。


「……私たち二人に用事って、なんだろうね」


「さあ、セツカさんの誕生日ではありますが」


「誕生日をお祝いしてくれるような組織とは思えない……」


「ですね……」


 サクナは窓の外で降り頻る粉雪を眺めながら、胸の内に湧く気持ちを抑え込む。

 雪には複雑な思いを抱いていた。

 あの日のことを抜きにしたとしても。


 他愛もない話をしながら大広間に向かう。

 最近はラゴウの二人に対するいびりがすっかり少なくなってきたこと。

 数をこなしたおかげでセツカが失敗せずにお味噌汁を作れるようになったこと。

 最初は冷徹な怪物に見えた兄弟子が、その実温かい心を持った人で良かったということ。


「厳しいの口だけだよね」


「ふふ。ラゴウさまは本当はお優しい方ですから」


 ここへ来るまでは想像もしていなかった、厳しくも楽しい日々。

 地獄とは無縁の穏やかな日常。

 こんな幸せな時を過ごせるのなら、黒十字に来た甲斐もあったかもしれない。


 そう思ってしまうサクナは、いわゆる平和ボケという状態になってしまっていたのだろう。


 自分がどんな世界で生きているのか。

 そのことを、否応なしに突きつけられる時間がやってきた。


「御上セツカ、花鏡サクナ。君たちにはこれから涙刀『冰雨ひさめ』の所有権を巡って殺し合ってもらう」


 大広間にいたのは、浅黒い肌に相反して純白の長髪を持つ男性と、冷たい印象を受ける眼鏡をかけた紅葉色の髪の女性だった。


 ラゴウと同じ髪の色。

 けれど何故かサクナには、どこか禍々しく見えて仕方なかった。


「こ、ろし、あい……?」


「それは……どういう……」


「言葉通りの意味だ。魔剣の適合者が二人、所有契約を結べるのは一人。なら二人に殺し合ってもらって、残った方を魔剣使いとする。簡単だろう?」


「そ、そんなの!」


 嫌だ、と叫ぼうとしたセツカに、紅葉色の髪の女性が視線を向けた。

 それだけ。

 たったそれだけでセツカは恐怖にすくみ、声も出せなくなってしまう。


「口を慎め無礼者。跪き、こうべを垂れなさい。この方をどなたと心得る。我らが黒十字騎士団を治める御方、獅子王テンマ=ジナ様であらせられるぞ」


「そう凄むことはないよ、ミラ。私はそれほど大層な『人間』ではない」


 白髪の男性──獅子王テンマ=ジナは、悠然と二人の方に歩み寄ってきたかと思うと、優しく肩に手を置いた。


「だからこれは命令ではなくお願いだ。──二人とも、やってくれるね?」


 その手から伝わってくるのは、子供の二人でも分かるほど、濃密で邪悪な魔力の気配だった。


 断ってはいけない。

 二人は蛇に睨まれた蛙のように硬直しながら、なんとか首を縦に振った。


「良い子だ。では実戦用の剣──君たちは刀か──を与えよう。魔剣ほどではないが、良質な鉱石から鍛えた黒十字自慢の一品でね。人体程度なら容易く切り裂ける」


 抜き身の鋼が手渡される。

 その刀身には、サクナの顔が映っていた。


「勝った方が次期『十剣シュヴェルト』の有力候補だ。文字通り死力を尽くして頑張ってくれたまえ」


 恐怖にひきつる、サクナの顔が。



「やだ……やだよぅ……サクナところしあうなんて、そんなのやだぁ……」


 殺し合いは一時間後、基地の一階にある決闘場で執り行われることになった。

 それまで心身を落ち着かせろといわれ、二人は控え室で過ごすよう命じられた。


「セツカさん……」


「どうしよ、このままじゃ私たち……ね、ねえ、ラゴウに助けてもらお? きっとなんとかしてくれ……」


 サクナは首を横に振る。


「命令したのは獅子王……黒十字の頭です。もし逆らえば、ラゴウさまにも危険が及んでしまいます」


「じゃ、じゃあ……どうしたら……」


 大粒の涙を流し、嗚咽を漏らすセツカを抱きしめながら、サクナは打開策を考える。

 そんなものはないと分かっていながら。

 

「大丈夫、大丈夫です。セツカさんを死なせはしませんから」


 彼女にできたのは、そう声をかけることだけ。

 けれど嘘はつかない。

 絶対に必ず、セツカだけは死なせない。

 サクナはあの日から、そう心に決めていた。


 だから、選ぶ道もとうに決まっていた。


「時間です。行きなさい」


 紅葉色の髪の女性、ミラの指示に従って二人は実剣を手に決闘場へ向かう。

 そこは団員たちが命をかけた模擬戦を繰り広げるための場所だった。


 石畳が敷き詰められた、巨大な円形の舞台。

 サクナがふと上を見上げると、ガラス張りの向こうに一室があった。


 獅子王はそこで優雅に椅子に腰掛け、湯呑み(ティーカップ)を傾けながら、階下の様子を余裕そうに観察していた。


「戦闘終了条件はどちらかの死亡。それまでこの場から退出することを禁ずる。それだけ守れば、あとは何をやっても構いません」


 淡々と告げるミラの瞳は、戦場を照らす光を反射した眼鏡によって隠されていた。

 声音も見た目も、まるで無機質な機械のよう。

 事実、ミラは機械のように冷たく二人の成り行きを監視するだけだ。


「ただ相手を殺し、生き延びることだけを考えなさい。……では、始め!」


 開始の合図が言い放たれる。

 もう引き返せない。

 ここから先、立っていられるのは一人だけ。

 命を賭けた戦いの火蓋が、今切られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ