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【IFストーリー】「禁じ手」使い、決定的動画を入手 if暗黒報道#54

近未来の専制国家「日本」 「逆らう奴は殺す」。軍事国家を目指し、報道を弾圧する最高権力と闘う天才女性記者。権力と報道機関の内幕を抉る社会派サスペンスのIFストーリー

 大神由希は首相公選に立候補することを決めた。立候補表明の記者会見は1か月後に設定された。それまでは記者として国内外を走り回る。

 弁護士の永野洋子に頼み込んで、赤坂にある永野法律事務所内の一室を借りて閉じこもった。ネットで日本全国の弁護士リストを検索しては、顔写真を見つめ続けた。4万5000人以上いる弁護士のうち男性の顔をすべてチェックするつもりだった。写真1枚で3分はかかった。


 ほとんど寝ずに部屋に籠もりきった。どうしても睡魔に襲われた時はソファで1時間ほど仮眠し、目が覚めたらまた顔写真を見つめる。また眠くなったら仮眠する。その繰り返しだった。昼も夜も深夜もなかった。若いころからいよいよ根を詰めなければならない時によくやった仕事の方法だった。同僚だった橋詰圭一郎記者からは「大神先輩、スクランブル態勢に入りましたね」と言われたものだった。そして「お願いですから、少しだけでもいいから途中でお化粧をしてくださいよ」とも付け加えられた。


 スクランブル態勢に入って5日目の午前9時、部屋から出てきた大神を見て、出勤してきたばかりの永野は吹き出した。

 「どこのホームレスさんですか。目の下に隈を作ったままノーメークの顔とよれよれの服装なら、外出しても変装する必要はないわ。誰も近づかないでしょう」。茶化す永野に大神は言った。

 「見つけました。間違いありません」。名簿の中の1枚の顔写真を指さした。黒縁のメガネをかけた角張った顔の男だった。広島市に住む弁護士高橋治三郎と書かれていた。


 水本セイラが大阪の毒物混入事件の犯人がわかる決定的証拠となる動画を撮影していた。そして弁護士に預けた。大神はその弁護士が誰なのかを調べていたのだ。手掛かりは1つだけあった。夏樹が死亡した後、セイラが預けられた松本市の親戚の所に大神が訪ねて行った時のことだ。公園で遊んでいたセイラを問い詰めていた時に、セイラの叔父とその息子に囲まれて投げ飛ばされた。その際、息子が捨て台詞のように言った言葉が頭に残っていた。


 「刑法第224条。未成年者略取罪及び未成年者誘拐罪で3月以上7年以下の懲役。必ず刑を受けさせてやる」


 普通の人は使わない表現だ。法曹界に生きる人かもしれない。柔道技で投げられたのは一瞬で、言葉を交わした時間は短かったが、顔ははっきりと覚えていた。

 セイラが動画を渡した弁護士の可能性がある。名前の割り出し方法はいろいろあるが、大神は顔写真に賭けた。一縷の望みを託して、顔写真を1枚ずつめくっていった。松本市や長野県の法律事務所に所属する弁護士をチェックしたが見つからなかったので、北海道から順番に確認していった。そして、広島弁護士会に登録している弁護士の顔写真を見ている時にピンときた。


 大神に柔道技を仕掛けた張本人で間違いはなかった。高橋弁護士の経歴を調べると、出身は松本市だが、広島大学法学部に進学して法律を学び司法試験に合格し、そのまま広島弁護士会に登録して働くようになった。松本市に住む両親がセイラを預かることになり、法律的な手続きの手伝いで一時的に実家に戻ったのかもしれない。


 大神は松本市に行ってセイラと会った公園に行き、周辺の聞き込みをした後、広島に向かった。高橋弁護士が所属する弁護士事務所の打ち合わせ室で大神と高橋弁護士は向き合った。大神は広島まで尋ねて来た理由を説明した。

 「セイラから預かったもの? そんなものはない。帰ってくれ」と高橋弁護士は預かったこと自体を否定した。大神は諦めなかった。事務所や高橋の自宅に何度も通った。

 「13人の死者がでた事件を解決に導く決定的な証拠なのです。預かっている物があるはずです。お願いです。チェックしてもらえませんか」

 「そんなものは預かっていない」と繰り返していたが、何度も話をしているうちに、高橋の発言は「私は弁護士だぞ。顧客からの依頼をペラペラ話すはずがないだろう」と変わっていった。高橋は動画を持っている。大神は、確信した。


 「私ではなく警察からの依頼であれば提出しますか」

 「任意である限り応じることはできない」。何度説得しても同じだった。このままでは毒物混入の瞬間を撮った動画は永遠に見ることができなくなる。大神は焦った。諦めかけて最後の面会にしようと臨んだ時だった。もうやぶれかぶれになっていた。

 

 「痛い」。大神は苦悶の表情を浮かべて腰に手をやった。

 「私は腰を痛めているんです。医者からはもう治らないと言われ診断書もあります。松本市の公園で柔道の有段者からいきなり背負いで投げられた時に負ったけがです。学生時代に全国大会で活躍した著名なアスリートが、か弱き女性を投げ飛ばすなんて信じられますか? 親からは告訴状を提出するように言われています。長野県警に提出すれば、投げ飛ばした理由はともかく間違いなく逮捕され、家宅捜索を受けるでしょう」


 実際は腰を痛めてはいなかった。診断書もない。ダメ元で繰り出した作り話だった。一笑に付されると覚悟していたが、高橋は予想外の反応を示した。お化けでも見たかのように恐怖に歪んだ表情になった。明らかに動揺していたのだ。

 

 「君は、君は俺を脅迫する気か」

 「調べたところ、高橋さんは柔道で活躍したアスリートだったのですね。今も広島県警で柔道を教える姿がネットで流れています。そんな模範的な方が、実は女性をいきなり投げ飛ばす『暴力男』でもあった。あの時、どさくさの中で私の胸にも触りましたね。『暴力男』でありかつ『暴行魔』でもあり、『痴漢』でもあった。あの日以降、私は心を病みました」。全く別の悩みで心療内科を受診した時の診断書を見せつけた。鞄に入れている睡眠導入剤の薬を机の上にばらまいた。もはやなんでもありの「禁じ手」だった。


 「ふ、ふざけんな。俺を陥れようとしたって無駄だ。証拠はないだろう。証人もいないはずだ」。高橋弁護士は開き直った。大神も負けていなかった。

 

 「残念でした。証人がいるんです。公園で投げられた時に、すぐ脇の道路を歩いていた親子連れです。私が投げられているのを見て悲鳴をあげた方です。高橋さんも悲鳴を聞いていますよね。ここに来る前に松本に行き、公園の周辺を一軒一軒訪ねてようやく見つけました。2年前に近くのマンションに引っ越して住んでいる人でした。今でも怒っていますよ。高橋弁護士の顔写真を見せたら、『この人で間違いない』と言いました。警察でも裁判でも見たままを証言してくれると言ってくれています」

 大神は、女性との会話をICレコーダーで録音していた。それを高橋弁護士に聞かせた。高橋は固まった。そして落胆した表情を見せた。


 「私は無茶なことを言っているのではありません。かつてない凶悪事件の真相を解明する決定的な証拠が眠ったままになっているのはどう考えてもおかしい。眠らせていること自体が犯罪です。提出していただければ、私は告訴することをやめましょう」


 「やはり脅迫ではないか」。高橋の声は弱々しくなっていた。

 「脅迫ではない。取引です」。高橋は考え込んでいた。

 「とはいっても、弁護士としての守秘義務があるんだ。それを破るわけにはいかんだろう」。大神への相談に変わってきた。

 

 「依頼主を説得してください」

 「その依頼主が一筋縄ではいかないんだ」

 「セイラですね。高橋さんが言われている意味はよくわかります。わたしもこれまでさんざん振り回されてきましたから。でももう堪忍袋の緒が切れました。大神がカンカンになって怒っているとセイラに言ってください。これ以上、だだをこねているとおねえちゃんは許さないからね、と言っていたとお伝えください」


 「そんなことを伝えたって言うことを聞くはずないじゃないか」。高橋は呆れた顔をしながら続けた。「まあ、一応言ってはみる。俺が脅迫されていることも含めて話してみる」


 翌日、大神に連絡が入った。リモートで話しかけてきた相手はセイラだった。

 「ヤッホー、おねえちゃん、元気? というかめちゃくちゃ元気みたいね。張り切っちゃって」。セイラはやたらにハイになっていた。久々に大神と話ができることがうれしかったのだ。

 「今、どこにいるのよ」

 「北アフリカのチュニジア。カルタゴの遺跡はすごいよ。おねえちゃんも来たら。一生に一度は見た方がいいよ。日本の遺跡とはスケールが違うもん」


 「わかったわ。いつか行くわ。本題に入るけど、江島容疑者がヒ素を混入した瞬間の動画、預かるわよ」

 「一本取られちゃったね。『弁護士に預けてある』とつい本当のことを言ったのが間違いだった。誰かの家のお庭に埋めてあると言えば絶対にわからなかったのにね。おねえちゃんのことを甘くみていたわ」


 「高橋弁護士は動画を見ていないし、見る気もないと言っている。私がいったん預かって中身を確認した後、警察に提出するからね」

 「ほとんど脅迫ね。おねえちゃん、怖い」

 「ふざけている場合ではないのよ。高橋弁護士から預かるからね、わかった?」


 「高橋を傷害で告訴するの? 相当ビビっていたわ。痴漢扱いされてショックを受けていた。警察に逮捕されて関係先を捜索されれば、江島の動画も押収されるだろうから、先に渡した方がいいって言っていたわ。『おねえちゃんが告訴するはずがないから無視したら』って言ったら、『大神由希といえば有名なジャーナリストであり、公選首相候補に名前があがっている人物だ。もし告訴状を出されたら、警察は間違いなく受理して捜査を開始するだろう』と言っていた。公園に設置された防犯カメラの映像は私が持っている。だから証拠はないはずだと思ったけど、目撃者を捜し出してくるところはさすがだね。足で稼ぐって、このことを言うんだ。高橋は告訴されるのがよほど怖いみたい。エリート育ちの弱いところね」

 

 「動画の提供を受ければ告訴はしないと約束をしたから」

 「わかった。高橋に言っておく。でもおねえちゃんの嘘も相当なもんだね。腰が痛いなんて嘘でしょ。この前会った時、そんなそぶりはなかった。油断ならないね」

 「そんなことより、セイラ自身も病院からパッと姿を消してしまって警察は大騒ぎよ」

 「それは大丈夫。リモートで連絡とるから。私もあいまいにしていた点もすべて話すわ。『すぐに日本に戻ってこい』と言われると思うけどそれは勘弁してほしい。世界でやることがあるし。ところで、おねえちゃんは首相公選に立候補するの?」

 「それは内緒。はっきりしたら連絡するわ」

 「それは立候補するという意味ね。まあ、私は記者でもないし、対立候補でもない。発表までは黙っておくから。遠くからだけど応援しているよ」

 「ありがとう。セイラちゃんが味方についてくれるとうれしいわ」


 「あっ、それとね、動画をおねえちゃんに渡す代わりに条件があるの」

 「部下にならないかっていうのはお断りよ」

 「それはわかっている。江島が部下失格になりそうだから、別の人がほしい」

 「別の人?」

 「うん、この前に話した岸岡雄一よ。調べたけどあの人、やっぱりすごい才能の持ち主だ。使える。スカウトして一緒に新時代のゲームソフトを開発して世界を征服するわ」

 「だめよ、岸岡君は刑を終えたら報道の仕事に戻ることになっているんだから」

 「あの気が弱くて真正直すぎる性格では、報道の世界で生きていくのは無理でしょ。得意の分野を活かさなくちゃ。そうそう、岸岡にはすでに伝えてあって契約も結んだから。今は口頭だけどね」。すでに連絡を取り合っているという、その行動力には驚かされる。 

 「もう、勝手にしなさい」


 「私ね、おねえちゃんのことが好きだよ」。突然、何を言い出すのか。また別の取引を持ち掛けられるのかと身構えた。

 

 「ママが連行されちゃった時、マンションに来たよね。『大丈夫?』と言ってたよね。その時はまだ、おねえちゃんのこと、好きじゃなかった。記者の匂いをプンプンさせていたもん。でも、ママが死んじゃった時、またマンションに来てくれたよね。私の姿が見えないのに、『セイラちゃん』と叫んでいたよね。あの時、私、マンションにいてわんわん泣いていたの。ちょうど叔父さんが車で迎えに来てくれた時だった。おねえちゃんの叫びは心からのもので、記者の取材で来たのではないと思った。うれしくてマンションから飛び出そうとしたのに、叔父さんに止められた。『マスコミだ。こんな夜中に来るなんて。あいつらに会ってもろくなことはない』って言われて出ていけなかった。そして、今度は松本まで来てくれたよね。投げ飛ばされちゃったけど」


 大神は思い出していた。夏樹が亡くなってからは、取材という意識は全くなくなっていた。確かにセイラが心配で、探し回っていた。

 「人の心つかむってことはそういうことなんだね。誠意っていうのかな。真心がおねえちゃんにはある。それが報道の世界でも成功している理由だよ、きっと。私は小さい時からいじめられてきた。以後人を疑ってばかりいた。だからおねえちゃんを見て、変わらなければいけないなと思ったんだ」


 江島が真犯人であるという決定的な動画は、高橋弁護士から大神を通して大阪府警の捜査本部に渡った。


(次回は、■2度目の出頭 逮捕か抹殺か)

         


 

       

 

お読みいただきありがとうございました。

『面白い!』『続きが読みたい!』と思っていただけたら、星評価をよろしくおねがいします。

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