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新しいライフワークです

 その日もエリシアは朝から慌ただしくしていた。

 店先の掃き掃除をこなし、玄関扉を拭き掃除して、カウンターで片肘を突く店主にビシッと人差し指を向ける。


「今日もびしばしやっていきますよ、ダンテ!」

「はあ」


 ダンテは生返事をするだけだった。完全にやる気がなく、こちらを見ようともしない。

 それでもエリシアはめげることなく、カウンターにずいっと木の板を差し出した。このまえ街に出たとき、雑貨屋で見つけた掘り出し物である。


「こちらは街で流行りの盤上遊戯です。今日はこれで私と遊びましょう」

「嫌だ。面倒臭い」

「そんなこと言わずに。きっと楽しいですよ、ルールはですね、互いにコマを動かして――」


 エリシアが一通りルールを説明した、一分後。


「王手」

「へ」


 すっと差し出されたダンテの兵士が、エリシアの王を討ち取った。

 盤とダンテの顔を何度も見比べて、もう一度声を絞り出す。


「……なんでですか?」

「なんでもクソもねーわ。よく自信満々に出してこれたな、クソ雑魚ぎるだろ」


 ダンテが呆れたように言い、横で見ていたキャルも不憫そうな目をエリシアへと向ける。


「戦闘の勘は冴えているはずなのだがなあ……我から見ても主の手は単純すぎたぞ」

「そ、そんなはずは……ではキャルちゃん! 一局試しにお願いします!」

「ええ……ちょっと遠慮する。どう手加減しても圧勝してしまいそうだし」


 キャルが前足で盤を押し戻し、断固とした拒絶の意を示した。

 こうして、今日の作戦は失敗に終わった。

 盤を片付てしまってから、エリシアはあごに手を当てて考え込む。


「むう、ゲームはダメ、と。次はどんな手でいきますかね」

「毎日毎日飽きもせずよくやるよ」


 そんなエリシアにダンテは頬杖を突いたままでぼやく。指折り数えていくのは、このところエリシアが彼に持ちかけた勝負の内容だ。


「このまえは食べ歩きだろ、その次は街の外へのハイキング……これでどう俺を変えようっつーんだよ」

「むう、私は大いに楽しんだのですが」


 ダンテはずっと仏頂面だったものの、エリシアにとってはいい思い出として刻まれている。魔王とキャスパリーグを連れているせいで、周囲の人々はみなギョッとしていたが。


 ともかくエリシアはごほんと咳払いをして胸を張る。


「まあ見ていてくださいよ。ゴーレムのポーション販売も軌道に乗りはじめましたし、お金はあります。これからもっと楽しいことを教えてあげますからね、死にたいなんて思う暇がなくなるくらいに」

「いいから世界樹に行けっての。それがおまえの仕事だろうが」

「昨日行ったばかりなので、今日は安息日で、あなたを構う日です」

「頼んでねえよ」

「私がそう決めたのです。あなたの意見は聞いていません」

「あー、くそ……勝負を受けたの間違いだったな」


 ダンテはガリガリと頭をかいて、カウンターテーブルに突っ伏した。

 口では文句たらたらだが、何だかんだ言ってすべて付き合ってくれている。勝負を引き受けた以上、エリシアの誘いを断りづらいらしい。


(変なところで真面目な人ですよねえ)


 そのままぼそっと小声でつぶやく。


「ほんっと……なにをそんなに必死になってやがるんだか」

「必死にもなりますよ」


 エリシアはそんな彼の前にしゃがみ込み、そっと顔をのぞき込んで言う。


「私はあなたとの日々を守りたい。ただそれだけなんです」

「おまえそれ……」


 ダンテは少し言葉に詰まり、訝しげに問う。


「どういう感情?」

「どういうとは、どういう?」

「いやいい。なんでもねーわ」


 ダンテは無理やり話をぶった斬り、投げやりに言う。


「だったら俺を模した精巧なゴーレムを残して逝ってやるよ。話し相手くらいにはなるだろ」

「あなた本人でないと意味がありません。あと、こんなのはふたりもいりません」

「こんなのとはなんだ、こんなのとは」


 ムッとしたようにダンテが顔を上げる。

 なかなか凶悪なしかめっ面だった。魔王と名乗っても許されるくらいには。

 エリシアはどうどうと宥めつつ、彼の眉間に刻まれたしわを指先で伸ばそうとする。


「そんな怖い顔をしないでください。せっかくお客さんが来ても逃げちゃいますよ」

「何を言ってやがる。客なんて来るはず――」


 からんからん。

 店のドアベルが高らかな音を立てた。


 ダンテだけでなく、エリシアもまた虚を突かれたように固まって、同時にバッとそちらを見る。果たしてそこには、顔を強張らせたヨシュアが立っていた。


 彼はダンテを見てさらに顔を引き攣らせるのだが、ぎこちなく片手を上げる。


「……よう」

「ヨシュアさん!」


 エリシアはばたばたと彼の元へと駆け寄った。


「今日はおひとりでどうされたのですか」

「いやその……」


 ヨシュアは思いっきり視線を泳がせる。冷や汗がすごい。

 それでも彼は覚悟を決めるような顔をして低い声で言う。


「きみが魔王に勝負を挑んだって聞いて……いても立ってもいられなくなって、様子を見に来たんだ」

「ご心配をおかけいたしました。でも、大丈夫ですよ」

「本当かい? たしかに見たところ怪我もなさそうだが……」


 ヨシュアはじっとエリシアを見つめたあと、ダンテの方をジロリと睨みつける。


「いいか、魔王。この子を泣かせたら承知しないからな」

「知らねえよ。ウザすぎて、俺が泣かされる側なんだけど」


 ダンテは肩をすくめて言う。

 しかしふとふと目をすがめてヨシュアの顔をじーっと見つめた。


「つーかおまえ、ひょっとしてゲオルクの孫か? 街の北にある鍛冶屋の」

「……ゲオルクは俺の曾祖父だ」

「ああ、なるほど。懐かしいな、あいつはなかなか見上げた腕前だったぜ」

「あいにくまだ現役だ。勝手に殺すな」


 ダンテの軽口にヨシュアは淡々と返していく。

 顔は険しいままだし、ダンテに対する敵意はあからさまだ。それでもエリシアはなんだか嬉しくなって、彼へとポーションの小瓶を差し出してみせる。


「それよりヨシュアさん、せっかく来たのですからポーションはいかがですか。今ならお安くしておきますよ」

「もちろんそのつもりだよ。あの回復力を味わったら、他のを使えないからな」

「ふふん、そうでしょう。そうでしょう」

「なんでおまえがドヤるんだよ」


 得意になってダンテを見やると、不審げな半眼が向けられた。

 ダンテはため息をこぼしつつ、気怠げに手をぱたぱた振る。


「買ったらすぐ帰れよ、俺の店に客はいらな――」


 からんからん。

 ふたたびドアベルが鳴らされて、見知った顔がまたひとりやって来た。


「お邪魔いたします」

「トバリさんまで!」


 ギルド支部長トバリである。ギルド以外で彼女を見るのはこれが初めてだった。

 ダンテもすこし目を丸くする。


「珍しいな、トバリ。おまえがわざわざ訪ねてくるなんて」

「ええ、ダンテ様に火急の用がございまして」


 トバリはツカツカと歩み寄り、ダンテの目の前に一枚の紙をひらりとかざす。


「先日の広場での一戦について、賠償請求が届いています。破損した屋台に折れた植木など……耳を揃えてお支払いくださいませ」

「あれはエリシアとキャルがやったんだぞ!?」

「監督者責任というものをご存じですか? けしかけたのはどうせあなた様でしょう」


 トバリは冷たく言い放つ。

 そんなトバリへ、ヨシュアは感心するような、哀れむような、そんな複雑な目を向ける。


「トバリさんも大変ですね……いつも魔王に振り回されていませんか」

「仕方ありません。これも支部長としての仕事の内ですから」


 トバリはやれやれと肩をすくめてみせる。

 そんなやり取りに、エリシアはふとした疑問を覚えるのだ。


「あの、すみません。トバリさんがギルド支部長なのって、ひょっとして……」

「ダンテ様を適当にあしらい、なおかつ友好な関係を築くことができる人材だからです。それがこの街の支部長に就く最低条件です」

「完全に厄介客担当じゃないですか」

「ちっ、おまえも生意気になったもんだよな。二十年前はもっと可愛げのあるガキだったくせによ」

「そんな挑発は無駄です。ダンテ様の言葉は半分以上聞き流すよう、父から固く言いつけられておりますから」


 トバリは淡々と冷たく返す。

 どうやら長年の顔なじみ兼担当であるがゆえの気さくさだったらしい。

 ついでとばかりに、エリシアはコソコソとトバリに耳打ちする。


「あの、トバリさん。もうひとつ聞いてもよろしいでしょうか」

「なんでしょうか」

「それじゃ、ダンテと特別な仲だとか、そういうことではないんですね?」

「はいぃ……?」


 トバリの声が上ずった。彼女はしばし固まって、そうかと思えばエリシアの肩を両手でガシッと掴む。そのまま真正面から凄んでくるのだが、瞳孔が完全に開いていた。


「仕事の付き合いだけです。面白くない冗談はやめていただけますかね」

「申し訳ございません。二度と言いません」


 見たこともないような形相に、エリシアは縮み上がって頭を下げた。

 しかしその返答にホッとしたのは確かである。


(そうですか、別にそういう仲じゃない……と、良かった…………おや? 何が良かったんでしょう?)


 自問自答してエリシアは首をかしげる。

 しばらく考えてみたものの、答えは一向に出なかった。諦めて両手をぱんっと鳴らす。


「よし。せっかくですし、お客様にお茶とお菓子を出しましょう」

「菓子か! 主よ、我の分も頼むぞ!」

「もちろんです。みんなでおやつにしましょう」

「俺の店を勝手に仕切るんじゃねえよ」


 ダンテの抗議は黙殺する。

 そのままエリシアは奥の研究室に引っ込んでいこうとするのだが――。


「そういえば、ひとつ聞きたいことがあったんです」


 ふと足を止めた。カウンターテーブルにもたれかかったままの、やる気なさげなダンテに目を向けてあらためて尋ねる。


「どうして世界を滅ぼそうとしたんですか?」

「……さあな」


 ダンテは目を逸らし、ぶっきら棒に言う。


「三百年も前の話だ。理由なんてとうに忘れちまったよ」

「そうですか」


 エリシアは軽くうなずく。

 それはつまり、言いたくないということだろう。今はそれでいいと思えた。


「では、思い出したら教えてください。今後の参考にしますから」

「はあ……声を掛けたの、やっぱ間違いだったかなあ」


 ダンテはそうぼやき、突っ伏したまま動かなくなる。

 それでもエリシアはそんな彼へ声を掛けた。


「間違いにはさせません。私も死ぬ気であなたと向き合いますから」


 世界樹を上り詰め、彼の魂を解放し、ともに生きる。

 エリシアの壮大な野望は、まだ始まったばかりだった。


 ◇


 街の人々は、ほとんどがダンテの店を素通りする。もしくは大きく迂回して回避する。

 そんな店の前を、あるひとりの男が通りかかった。


 彼はふと足を止め、店の方へと顔を向ける。その両目は黒い布きれで覆われていた。手にした杖は真新しく、彼が光を失って日が浅いことが読み取れる。


「今の声……いや、まさかな」


 男はしばし耳を澄ましていたものの、すぐにかぶりを振って歩き出す。

 絞り出すような低い声には、色濃い諦観とほんの少しの怨嗟がにじんでいた。


「こんな街に、あの女がいるはずない」


 アルフレッド・グランスタ。

 エリシアの元婚約者は、おぼつかない足取りで街の奥へと消えていった。

第一部はここまで。お暇つぶしになりましたのなら幸いです!

趣味全開で書いていてたいへん楽しかったので、暇ができれば第二部再会いたします。


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[一言] ダンテ君の心を開けるのか、第二部楽しみです。
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