前日
五ヵ国全てが交わる土地は一部を除けば存在しない。隣国同士であっても最大で三ヵ国のみ、四ヵ国目になれば他国を跨らなければならなかった。その例外となる場所は世界の中心に位置付けられた"中央都市"と呼ばれる街だけだ。
それぞれの国には王となる人物が必ずいる。だが中央都市には存在せず、街の管理は魔法省が請け負っていた。何故ならば、公平や中立性を保つ為に五ヵ国以外の巨大な組織が間に立たなければ意味がない。
そこで白羽の矢が立ったのが魔法省だ。さすがに一国とまではいかないが、それに準ずる地位を魔法省は既に確立していた。盤石な基盤で揺るがない以上、ちょっとした問題が発生しても大丈夫だと判断された結果、中央都市の所有権と管理を任されたのだ。
中央都市交流戦会場のすぐ近くにある連泊予定となったホテルのロビー、そこに設置された豪華なソファーに私達は腰掛けていた。
「という訳で………おじいちゃん、もとい学園長から連絡を受けた私は魔王種の討伐に森人国へと向かったの………まぁ、すぐに帰ったけど」
「そうだったんですね。大変な状況だとは聞いていましたが、実際目の前で起こったことではないので、いまいち状況が飲み込めなかったんです」
身体を深く沈ませる座り心地の良い革張りのソファーで待機すること数十分、未だに部屋へと通されずにひたすら待っている状態が延々と続いていた。既にほとんどの生徒たちのチェックインは完了し、各々の部屋に移動している。
私達の番が来るまでの間に森人国で起こった崩壊戦について、当時の状況を詳しく話していたのだ。知り得た情報は所々欠けている事が多いので、体験したことがある人物に聞いてしまう方が手っ取り早い。
私から話しを聞き終えた詩音は、一息吐くためにお茶を啜る。そろそろ彼女を含め、エリスも待機するのに飽きてきてしまったのだろう。フロントに居る受け付けの者に聞こえる位の声量で、怠そうにしながら悪態を吐いていた。
「まだかよ〜、かれこれ三十分以上は待ってるんじゃないか?」
「確かに、セイラさんもあれから戻って来ていませんし遅いですよね。それより………ミュレット先輩は大丈夫なんですかね?」
詩音が向ける視線の先には、身体を仰向けに横たえさせるうさ耳を持つ少女の姿がそこにあった。未だに具合が悪そうであり、起き上がる気配が微塵も感じられない。この場所、宿泊先のホテルへと向かった際に使用された移動手段はバスだった。
道中の車内では、酔い止めの薬をかばんに入れ忘れたらしいミュレット先輩が、不機嫌そうな表情で周囲を睨んでいたのだ。何を思ったのか? それにかざねが悪ノリしてミュレット先輩に、腕と脚を組むと酔い止めの代わりになるという嘘までついた。
その結果、話しを真に受けたミュレット先輩はその方法を実行し、車内の雰囲気をより一層悪くさせたのだ。本人は車酔いに必死に堪えていたのだろうが、周りからしてみれば不良、さらに悪く言ってしまえばどこぞのマフィアのオーラを漂わせていた。
さすがに周囲の生徒たちは和気藹々とした雰囲気で楽しめるはずもなく、どんよりとした空気で無言を貫いていたのだ。バスで行われた一連の出来事は全て、かざねの手によって仕組まれたのではないかと私は疑っている。
「ミュレット先輩、大丈夫ですか? 何か飲み物をお持ちしましょうか?」
「………うぅ、助かります。お願いしても良いでしょうか?」
私と詩音、そしてエリスの全員でミュレット先輩に近付き体調を伺う。やはり体調は未だに戻っていない。それを見かねた詩音が飲み物を買いに席を外した。
「チョコレートがあるので食べますか? 酔い止めに効果がありますよ」
「ありがとうございます。酔い止めの薬とチョコレートなどの菓子を持って来ていたのですが、それも忘れてきてしまったんです。本当に助かります………」
「かざね………」
どうやら酔い止めの薬以外にも持っていく物があったみたいだ。消化の良い食べ物に加えて、チョコレートなどのお菓子に酔い止めの効果があるのは知っている。血糖値を上げて脳を覚醒させることで、酔い止めの代わりになるらしい。
酔い止めの薬以外ともなると、誰かがわざと隠した可能性がある。その人物は言わずもがな、かざねの仕業だろう。だが事情を知っている私は責めることは出来ない。バスへと乗り込む前に、親の目の敵と言わんばかりにキツい視線を浴びせてくる生徒が居た。
一年である私が本戦に出場、二年や三年からして見れば不思議なことには違いない。特に選手として交流戦に出場したがる生徒は多いと聞く。今後の就活で有利に働くよう企業や団体にアピールするチャンスでもある為、一年である私が新人戦ではなく本戦に出場するのが許せないのだろう。
とは言っても、かざねが所属する風紀委員会と、生徒会が行動してくれたおかげで大した嫌がらせは今まで受けていなかった。だとしても付け入るチャンスは出来てしまう。それがバスという密閉された空間、一人が嫌がらせとして私の悪口を言い出せば、釣られるようにして何かを言い出す者達が出て来るだろう。
もしそうなれば風紀委員会や生徒会でも事態を収束させるのは難しくなる。だがそれも、かざねの策略により全て破綻してしまった。生徒会の副会長を務めるミュレット先輩に敵視されてしまったら、機嫌が悪い分なにを言われる分からない。
車酔いで不機嫌なミュレット先輩が、生徒会の持つ権限によってまともじゃない判断を下す可能性も大いに考えられた。まだ冷静であれば周りを落ち着かせる選択肢を取っていたはず。
そんな気性が荒そうな雰囲気から一転して、今は穏やかな性格に戻っていた。チョコレートを包んでいる銀紙を破り、カリカリと音を立てているミュレット先輩、まるで人参を食べている子ウサギのようだ。
「………んっ? どうかしました?」
「なんでもないです。どうぞ続けて下さい」
少し訝しんだ表情でこちらを見てくるミュレット先輩だったが、座っているおかげで上目遣いになった分、可愛さが先程よりも増していた。




