異変
学園都市の郊外に存在している駐屯地、そこに建てられている施設の目的はただ一つだけである。魔物に対抗する為の軍人を育てる訓練を行なっていた。
魔物の種類によっては、人を襲い魔力を補填しようとする事で生き延びる時があった。危険性のある魔物を倒す為に軍は、各々の街に基地を建てることで人々の平穏な日々を守っていた。
目の前に拡がる広大な森の中、施設から派遣された迷彩服を着込んだ者達が休憩を終えて立ち上がる。そして四人いる内の一人が全員を見回して口を開いた。
「よし、休憩は終わりだ。出発するぞ」
巨人族と呼ばれる体長が2メートルはある存在、その人物こそが此処にいる軍人たちの隊長だった。巨漢の男で片手で岩を砕きそうな迫力がある。
残る隊員は、チャラそうな男と優男の二人に加えた、髪を下ろした美女の三人組だ。
彼らの目的は森の中を調査し、異変があるようなら報告を行う任務が中心となっていた。討伐もするが、それは二の次になっている為に必須ではなかった。
「問題ないですね、あるようであれば対処するんですが………」
「あったら困るだろ? ない方が楽できて俺は嬉しい!」
「………あんたたち、無駄口叩かないの! 」
周囲の状況を確認していた二人は、隊の紅一点であり、副隊長として任務に就いていた美女に窘められていた。反論があるのか、二人はお互いの顔を見合わせてからある言葉を放った。
「「隊長にゾッコンなくせに」」
「はぁ⁉︎、バ、馬鹿あんたたち! 隊長に聞かれたら!」
「………どうしたんだ?」
「な、なんでもないです。隊長!」
「そうか」
敬礼を行なっていた美女は、赤面した表情のまま睨んでいるが、二人は関係ないと言わんばかりにそっぽを向いていた。
「止まれ」
三人はすぐさま隊長の元へと近づいて、状況を確認した。目と鼻の先に写っていた光景を見て、困惑し信じる事が出来なかった。
「ありえない………隊長、どうしますか?」
今後の指示を仰ぐ為に三人は耳を傾けていた。隊長である巨漢の男は目を閉じて、考え出した末に口を開いた。
「………あの人を呼ぶ、それしかない」
一方その頃、私と詩音はとある喫茶店に来ていた。
「………此処が噂の店?」
「そうです、此処が巷で有名な喫茶店らしいです。なんでも、可愛いらしいウェイトレスの店員さんがいるとか? あとはメニューが豊富で美味しいと評判なんですよ!」
まるで料理の方がついでに聞こえるが、私もこの喫茶店の評判は聞いていた。喫茶店"リブラ"と看板が掲げられていた店に、早速入った私たちを待っていたのは、驚きと困惑だった。
「あっ!、いらしゃいま、せ?………」
「「………」」
扉を開けて早々に、どんな表情をすれば良いか分からなくなってしまった。入った店で顔見知りの人物に会ったら、誰でも困惑し戸惑ってしまうだろう。
とりあえず彼女は、私たちの状況を察したのか店員としての対応をしてきた。
「………いらしゃいませ! 2名様でよろしいでしょうか? どうぞこちらへ」
「ちょっと待ってエリス。なに普通に対応してんの?」
待ち受けていたのは学園で見知った少女、エリスだった。ウェイトレスの格好に身を包んだ彼女に席へと案内された。
ここまで普通の対応をされるとは思わなかった。てっきりエリスだったら、顔を赤面させて驚いていたに違いないのだが。だが実際には、表情一つ変えることなく店員としての職務を行っていた。
「………エリスってすごいね! 私だったら間違いなく恥ずかしいのに」
「私もそう思います」
私たちが言った返事の代わりに、エリスは無言で後ろの席の方を見るように促していた。それに釣られて見た結果、私は先程よりも驚いてしまったのだ。
「あそこの席に座っているのって、山下君?」
「ニア先生もいますよ」
通りで落ち着いた対応が出来ていた訳だ。例のあの二人からは、いつもの会話が聞こえてきたが無視した。あらためて店内を見回してみると、知っている人物が何人かいる。
「………あれ? 天頭先生なにやってるんでしょうか?」
「詩音、あれは見ちゃダメだ」
「あぁ、見ちゃダメだな。間違いなく害悪だ」
詩音の視線の先にいたのは、天頭先生だが様子がおかしかった。山下君とニア先生の方を向いている、もしかしたらニア先生の事が気になるのだろう。
「さっきまで言っていた話しだと天頭先生は『ニア先生、自分と話しが出来るようになってから出直して来いだと? 無理だろ!』って」
「無理だろ」
「無理ですね」
そんな人物、今のところ山下君以外にいるだろうか。魔法工学の知識や第八位の事を、まるで高性能化されたコンピューターのように話せてこそ、対等に話せる存在たちだ、どう考えても厳しすぎた。
エリスの方へ向き直った私は、彼女の格好を上から下へと視線を移動してみた。フリルなどリボン等が付いた、可愛いらしいウェイトレスの格好、丈の短いスカートは屈んでしまえば見えてしまいそうだった。
普段のエリスからは観られない一面を、私は見た気がした。するとジロジロと見ていたせいか、彼女は訝しげに聞いてきた。
「………なっ、なんだよ!」
「エリス、可愛いよ」
「エリスさん、可愛いですよ」
「おっ、おう、それよりも食事に来たんだろ? 頼めよ!」
とても似合っていたのだが、私たちが言ったことではぐらかすかのようにメニュー表をテーブルの上に置いてきた。開いて中身を確認するが、顔を上げてエリスにおすすめを聞くことにした。
「あー、エリス。おすすめは何かある? メニューが少し多すぎて………」
「その、私もです」
メニュー表に載っていた数々の軽食や飲み物に目眩を覚えた。豊富にあると聞いていたが、多すぎなのではないだろうかと思ってしまった程だ。
「あたしのおすすめはオムライスだな!」
「オムライス?」
「あぁ、賄いとして食べる時もある位に美味しいんだよ!」
「じゃあ、オムライスを! 詩音はどうする」
「私もお願いします!」
「はいよ!」
エリスは手元の端末に何かを入力し始める、先程頼んだオムライスを、厨房の料理人へと伝える為だろう。
その後にエリスは一言だけ残して仕事に戻った。他にも客がいる以上、私たちとずっと話しは出来ないからだ。
落ち着いたところで店内を見てみた。喫茶店と言った雰囲気のある店で、コーヒーの良い香りがしている。そして店員の人たちだが、厨房からチラリと見えた森人族の青年と、エリスと同様にウェイトレスとして働く闇森人族の美女がいた。
此処は喫茶店でも、別の店なんじゃないかと私は思い始めた。特にエリスとお姉さんの二人の格好はどう見ても、メイド喫茶でも通用しそうな服装でもあった。
「はいよ、お待たせ」
頼んだオムライスが、エリスの手によって目の前のテーブルの上に置かれた。半熟加減の見るからに柔らかく口の中で溶けてしまいそうな程に美味しそうなオムライスだった。
早速、食べようと思った私たちはスプーンを手に取り、オムライスへと伸ばしかけるがエリスに止められた。
「ほら、ケチャップはどうするんだ? なんて書く?」
「………ごめん、此処ってメイド喫茶だった?」
「いや、普通の喫茶店だが?」
特にあの闇森人族のお姉さんなんか胸元が広く谷間が見えている上に、男たちは彼女の歩く後ろ姿を目で追っていた。詩音が言っていた入店する前の言葉は、あながち間違いじゃなかったのかもしれなかった。
「それでどうする?」
「エリスのおすすめで」
「………私も」
ケチャップによって、オムライスに書かれた文字に私たちは黙ってしまう。「愛してる」だの「好き」だと書かれた文字、どう考えてもエリスを目的に来ているとしか思えなかった。




