再び
学園の女子寮は誰の目から見ても、立派なホテルの様な佇まいをしている。十階建て以上の建物である為か、しっかりとした防犯対策や魔法に対する対策が施されていた。
一般的に考えれば、わざわざそんな建物に侵入しようと思っている人物は流石にいないだろう。ホテルだと間違えて入って来る者も中にはいるが、大抵の場合は一階のロビーまでしか入れなくなっていた。
休日の翌朝に目覚めた私は、上体を起こしベッドから這い出る。カーテンを開けては暖かな陽射しを浴びてみるが、気分は晴れなかった。何故か先程から、言い知れぬ不安が付き纏っていた。
もう少しだけ眠っていてもいい時間帯、だが眠る気にはならなかったのでリビングへと移動するが………
この扉の先から漂ってきている気配と、甘い良い香りに頭が痛くなる、仕方なく取っ手に手を掛けて開けた。
「………おはよう御座います。ご主人様!」
「………」
目の前に現れたのは、召喚獣として私に呼ばれた悪魔だった。なぜ彼女が此処にいるのかが分からないが、とりあえず私は言った。
「座って、話しを聴かせて?」
「どうぞ、紅茶です」
「………ありがとう」
彼女の手によって、紅茶が目の前に差し出される。お洒落なカップに入れられた紅茶からは、湯気が立ち上り、香ばしい匂いが部屋を包んでいた。
そしてテーブルの中央には、茶菓子として焼きたてらしきクッキーが器に敷き詰められている。リビングに入って来る前に漂っていた匂いは、どうやらクッキーを焼いた際の芳ばしい香りだったようだ。
「あらためまして、お会い出来て光栄です。ご主人様! 私の名はリヴィア、以後お見知りおきを………」
「えっと、小鳥遊玲夏です。あなたは……その〜、色々と聞きたいことがあるけど、まず……」
「はい? 何でしょう?」
彼女、リヴィアに対して私は言いたいことや聞きたいことが山程あるが、それよりも先に確認したい事があった。
「………何でメイド服を着てるの?」
今日とは違い、昨日は美しさを際立たせるドレスを着ていたのだが。何故か今は、足首まであるロング丈のメイド服を着用している。私の疑問に対して、帰ってきた返事は思っていた答えと違った。
「なるほど、分かりました。このメイド服はクラシカルでして………」
「いや、そういう事を聞きたいんじゃないから」
「………まぁ、一言で言っちゃえば趣味です!」
どうやら彼女の趣味でメイド服を着ていたみたいだ、てっきり私の所で雇って貰いたくて、着ているのかと思っていたが。そう言う事であれば、警戒しなくても良かったと思い肩の力を抜いた。
だが落ち着いて考えてみると、それだと何故ここにいるのかが分からなくなってきた。女子寮に入っている事もそうだが、何の為にやって来たのかが一番重要だった。
「先ずは、どうぞ紅茶を。それにクッキーの方も召し上がってください」
「う、うん………」
食べるように促されるまま、クッキーを一つ手にした。焼きたてから、それほど時間が経っていない為か香ばしい匂いに惹き寄せられてしまう。
クッキーをかじりついた際パキッと音がしたが、サクサクとした食感とバターの風味があって美味しかった。紅茶も渋みや香りも控えめだが飲みやすい。
「美味しい………」
「喜んでいただけて嬉しいです」
紅茶を飲んで、落ち着いたところで質問を始めた。なぜ彼女が此処にいるのかを、元凶となった人物は分かっていた。
「リヴィアさんだっけ? 」
「………リヴィアと呼び捨てで問題ありませんよ? ご主人様。何でしょうか? 私で答えられる事であれば何でもお答えしますが?」
「えっと、その、何で此処にいるの? 女子寮のセキュリティー上じゃあ、普通には入れないんだけど?」
「あぁ! それなら心優しい人が入れてくれましたよ? この建物の前で困っていたら………助けてくださいました」
リヴィアの言った、心優しい人物に心当たりがあった。その人物像と、リヴィアを助けたとされる存在を擦り合わせてみる事にしてみた。
「リヴィアがあった人物って、確か亜麻色の髪をしていなかった」
「そうですよ、後は瞳を閉じて終始微笑んでいた方でしたが………」
「………管理人さん」
彼女をこの女子寮の中に入れてしまった人物は、此処の管理を務めている女性、ティオ・ストルークさんだった。皆んなからは、管理人さんの愛称で知られる天然と言える人だ。
竹箒を両手で持って、女子寮の前を清掃している。亜麻色の髪を靡かせ、瞳を閉じては終始微笑んでいる女性。天然だと思われる位に、脳内でお花畑が広がっていそうな人だった。
「………ご主人様。今回はお願いがあって参りました、私を雇って貰えないでしょうか?」
「えぇ………」
ついに雇って貰いたいと言ってきたリヴィアに困惑している。正直なところ、私には必要なかった。家事、清掃、料理についても問題ない、一通りの事は出来ていたからだ。
「召喚魔法を使っても無駄だと分かっていますよね? 如何なさいますか? ご主人様?………」
私は彼女の言う通りに何も出来ない、召喚魔法の一つである返還を使って追い返す事も封じられてしまった。なにせ召喚魔法は離れた場所から、契約した召喚獣を呼び寄せる魔法だ。
右手には何の痕もないが、魔力を送る事によって契約の証である、紋章が浮かび上がる様になっていた。召喚魔法は紋章を起点に、自身の元に呼び出す空間魔法の一種にされていた。
つまりリヴィアが言いたい事は、召喚した上で、返還を使って追い出そうとしても無意味だという事だ。
今の私に出来る事は一つだけだった。
「………分かった、雇うよ。リヴィア」
その返事を聞いた彼女は、小さくガッツポーズをして喜んでいた。




