2.本当に偶然だと思う?
MIBは上官に呼び出され、本部ARに報告へ向かった。
薄暗い教官室で、パンとさほど年齢の変わらぬ男が、月を背に書類に目を落とす。
彼はMIBの上官で、ピッシリと着こなした軍服に黒髪が映える、鋭い刀のような男だ。
長い指先が、こつこつとデスクの書類をうつ。指先には、報告書の〔北条ジュリア・死亡〕の文字があった。
「監視対象である北条ジュリアと、保護者のサムソン・ハワードは死亡。任務はこれにて完遂とする」
無機質な情のない声で、上官は続けた。
「2時間以内にモーガン邸から引き上げろ。次の仕事は明朝、伝達する」
そういって投げ捨てるようにデスクに流されたファイルを、パンが静かに受け取った。
「かしこまりました」
ゴハンは上官にかしこまることなく、デスクに大きく両手をつく。
「そうそう。上官殿、ちょっと質問~」
上官の目がちらとゴハンを見た。
「発言を許可する」
ゴハンは軽く小首をかしげてみせた。
「エレナ・モーガンの親友に、見覚えのある奴がいるんだよ。
俺の心当たりでは、あんたの右腕の〔ミカエル〕っていうバーディアン(鳥型アニマリアン)なんだけど。どういうこと?」
ゴハンの王手に、パンも上官の返事を待った。
しかし上官はどうということなく、とっとと出ていけというように手をシッシと払う。
「そうか。引き上げ作業に入れ」と軽く言い捨てられ、ゴハンは思い切り眉間にしわを寄せた。
教官室を出たゴハンは、振り返って扉に力いっぱい中指をたてた。
ポケットに両手をつっこんで、大股で先を行く。パンは黙ってゴハンの背についていった。
アトリウムのベンチに腰をおとしたゴハンは、苛立ちまま足を組んだ。
「なーにが〔そうか〕だよ。入隊して15年ぽっちの新米教官のくせして、生意気な野郎だぜ」
パンは思案に沈んでいたが、ふと湧き上がるように視線を上げる。
「どうも不可解だ。サムソンはなぜ今になってジュリアに手をかけた……?」
ゴハンは舌で奥歯を舐めた。ちらとあたりを見る。ちょっと間があった。
「……な、ちょっと来いよ」
声を潜ませるゴハンに、パンは大人しくついていった。
ひとけのない自販機前の廊下で、ゴハンはあたりを見渡し、おもむろに懐に手を突っ込んだ。
取り出されたのは、小さめのクリアファイルが1つ。
受け取ったパンは中の書類を1枚、また1枚と目を通した。
「……これは、DNA検査結果?」
添えられた細いガラス管には、緑の毛髪が何本かおさまっていた。
ゴハンは適当に頷いて、指先で紙を指した。
「ああ、ズラかる前に遺体の一部を拝借しといた。遺体は人工的に遺伝子操作されてたんだ、つまり、遺体はジュリアのクローンだってことさ」
それにパンが目覚めるように視線を上げる。
「それじゃあ、北条ジュリアは死んでいないということか?」
ゴハンは小さく肩をすぼめてみせた。少なくとも、ジュリア本人ではなかった〔だけ〕だからだ。
「黒金いわく、ミリアムの生死は不明だとよ。それにサムソンが真犯人じゃないと明言してる。あいつも色々掴んでるんだろうよ」
あたりを大きく見渡して、ゴハンはパンに静かに耳打ちした。
「現状は、サムソンが死亡。ミリアムとジュリアは行方不明ってとこ」
しっかり頷くパンに、ゴハンは書類に指を走らせる。
「どうも今回の任務は裏がある。同僚のミカエルも、セリオン学園じゃ『ミシェル』を名乗り、俺たちを知らぬ存ぜぬときた。
廃墟の集合隔離施設に、誰がタイミングよく通報した?
テレマ研究施設の責任者はサムソンだったぞ、イルミナと深く繋がってんだよあの医者は!
そんなサムソンが、今になってジュリアに手をかけた理由は? なぜジュリアの遺体はクローンだった? クローン製造っていえばイルミナの十八番だぜ?
なにより上官に渡された書類をよくみろよ、〔Aのレンズはエレナ・モーガンが継続保持〕ときた。継続だぜ、継続。何も終わっちゃいないんだよ」
まくしたて、どうだとでも言うように両手を広げて見せた。
パンが書類に目を流す。ゴハンの言う通り、Aのレンズはエレナが継続保持との記載がある。それも詐欺契約書のように、すみっこにとても小さく記載されてあった。
パンがその意味を考えるより先に、ゴハンが呟いた。
「……なぁ、お前さ。イルミナの末裔であるエレナちゃんとの出遭いが、本当に偶然だと思う?」
2人は無言で見合った。パンは、ゴハンが自身の反応を試しているのか、それとも同意を求めているのかわからなかった。
的確な言葉を探してやっと出た一言は「……上官殿に直訴してくる」だった。
ゴハンは踵を返すパンの肩を掴み戻した。
「待て待て待て~! お前な、終わった事をひっかきまわす気?」
「しかし———」
ゴハンが指先をパンの胸にうんとつきつける。
「ぼけてんなよ馬鹿野郎。俺の方が上で利口だ、忠告しといてやるよ。仕事に感情を挟むな。俺たちゃただの駒だ、マスからハミ出す駒があるか? 早死にする奴は決まって首を突っ込みやがる。襟首掴んでもらえるうちが花だぜ」
パンは返す言葉が無かった。上司ゴハンの言葉はもっともだからだ。
ゴハンはパンの手から書類をとって、やれやれと頭をかいた。
「……行こうぜ、2時間以内にエレナちゃん家から引きあげないと。寝室のポータル(転送機能)も解除しとかないとね」
パンは返さない。黙って自分の足先を見ていた。
2人は会話なく、転送ポッドルームに入った。
SF映画のターミナルのようなそこは、記入先に瞬時に転送する便利機器がずらりと並んでいて、ゴハン達のようなダークスーツの人たちが忙しなく行き交っている。
パネルに表示された映像では、布団をかぶったエレナが映っていた。
「イルミナ前会長の一人娘、か。いつかは敵である俺達と戦争することになるんだろうよ。ずーっと今のままでいてほしいもんだぜ」とゴハンが呟く。
パンは布団にまるまったエレナに、胸が痛くなるのを感じた。それはパンの知らない痛みだった。
どれだけの女性と関係を交わしても得る事がなかったものだ。
「……俺は、エレナを裏切りたくない。あの娘は何も知らない、普通の女の子だ」
思わず突いて口が出る。驚き思わず口元に手をやったが、思い切った様子に手を降ろした。
「お前は平気なのか? 今、俺たちがいなくなれば、エレナは深く傷つく」
ゴハンは返さなかった。ちょっと視線を流して、なんともいえぬ静かな溜息ひとつ。立ち去りぎわにパンの肩をポンと叩く。
「30分やるよ」
そしてそのまま、転送ポッドルームを出ていった。




