4.ゴハン男とパン男
すったもんだも落ち着いた頃。
チャラ男と白髪男はソファの後ろに隠してあったレジ袋から食品を取り出した。
やれ腹が減っただの何を食うかだの、まるで友達の家に遊びに来た雰囲気だ。
先ほどの国家機密だかなんだかがまるで嘘のようだった。
安っぽいビニールの音が広がり、チャラ男はおにぎり、白髪男はサンドイッチを食べて始める。
エレナは、くつろぐ2人を見ながら紅茶を傾けた。
「……そういえば協力ってさ、何をすればいいの?あなた達みたいに闘ったりなんてできないわ」
白髪男はそれに頷き、胸ポケットに手をつっこんだ。
取り出されたのは、アンティークなペンダントだった。
トップは人差し指と親指でわっかを作った程の大きさで、レンズがはめ込まれてある。
白髪男はそのままエレナにペンダントをかけた。
とたんどういう仕組みか、レンズのペンダントがやんわり虹色に輝きを放つ。
「これは人に擬態する宇宙人をレンズごしに見分けることができるペンダントだ。
エレナ・モーガン、君には〔校内や通学路に怪しい奴がいたら報告〕してほしい。学生だからこそできる事だ。
たいていの奴は、こちらが正体に気付いても何もしなければ何もしてこない。問題なのが……」
「……何かしてくるやつ?」
白髪男が静かにうなずく。
「我々は外星来訪者の管理をするため、国家組織から派遣された。昨今、世界各地でエイリアンによる犯罪が急増中なんだ。
もし怪しい奴を見つけたらすみやかに報告してくれ。その時は我々が最善を尽くそう」
「なんだか信じがたい話だけど……」
エレナはそう呟き、レンズを指でつまみ目を通した。レンズごしの風景は虹がかっていてとても綺麗だ。
関心の声をあげ、エレナは窓際に近付く。
そして、その光景に声をなくした。
ゲジゲジのような虫が、そこにいた。
いつもの風景の一つ、高層ビルにしがみつくようにとまっている巨大な虫。
カブトムシと深海魚を足して2で割ったようなそれは、触覚のような糸を天に泳がせている。
巨大虫は高層ビルを抱きつ包むほどなのに、視線をそのままにレンズをおろすと、巨大虫の姿は微塵もない。
あまりの衝撃に驚き、チャラ男に視線をやる。
チャラ男は物ともせず返した。
「ありゃ30年以上も前からあそこでキョロキョロしてるぜ。害はないから俺達MIBは干渉しないけど」
エレナはまさかとレンズごしに街を見た。
人、人、人……人?
スーツを着た、触覚が生えた人。信号待ちをしている、肌が青色の人。バイクにまたがっている、人ですらないモノ。
それらもろもろが人ゴミに混ざり、さも人のようにすごしている。
レンズから目を離すと、いつもの風景だった。
「……ぅ……うそでしょ!?」
「これが現状なんだよね」
お手上げ、といわんばかりにゴハンは肩をすくめてみせた。
「この街を……いや、人類を救うため協力してくれない?」
エレナは、目前の事態にただ愕然とした。同時、何か胸の奥にわきあがるものがあった。
目や耳をおおいたくなるような残虐な事件の正体がエイリアンによるものなら……人間として本当に許しがたい事だ。
エレナはレンズを固く握りしめ、振り返った。
「……わかったわ、協力する。できる範囲でだけど」
それに白髪男とチャラ男とがしっかり頷いた。そのまま自然に握手を交わす。朝日が眩しかった。
「……協力、感謝する」
「てなわけで~!これからエレナちゃんのお家にお世話になるからシクヨロッ!」
雰囲気ぶち壊しのチャラ男のセリフに、エレナは思わず声を上げた。
16歳の乙女の一人暮らしに、男が2人も同じ屋根の下なんて冗談じゃない。
「ちょっと、冗談でしょ?! 男の人と同棲するなんて、マリア叔母さんにバレたら殺されるわ」
断固拒否するエレナに気分を害したのか、白髪男が〔空気読めよ〕といわんばかりに大きなため息をつく。
「守るといったろう……処女も守る」
エレナは、その言い返しに言葉が詰まった。
「……どうして私がバージンって事、知ってるの……」
それにチャラ男がニヤつき、わざとらしい含み笑いをエレナに向けるも、白髪男に脇腹をどつかれ大人しくなった。
★
段ボールが次々とエレナの家に積み込まれていく。
チャラ男がシャツを肩までめくりあげ頭にタオルを巻き、白髪男はカッターシャツを軽く袖上げ二人で荷物を運んだ。
エレナはそれをぼんやり見ながら、ふと1つの段ボールを覗く。
下着や日用品が入っていた。
それに赤面し蓋を閉じる。軽々と安請け合いした事に間違いがないか不安になった。
あのイケメンとハンサムは、本当に一緒に暮らす……もとい、ここを根城にする気なのだ。
でも少し、わくわくもしていた。一人暮らしが長いエレナにとって、初めてのルームシェアなのだ。
悪い人たちではなさそうだし、高校生活もあとわずかだ。せっかくなら楽しんじゃおうと。
「……ね、そういえばあなた達、名前は?」
今更なエレナの台詞に、白髪男がふと顔を上げる。
きょとんとしていたが「ぁあ」と小さく返し、チャラ男に目で物を言った。
チャラ男は受け入れられた嬉しさか、目を宝石のように輝かせ、満足気な笑み満面に叫ぶ。
「ああ、俺はキムタクって呼んでくれー!」
「キム・タク? わかったわ。よろしくね、キム」
しっかりうなずくエレナになぜか動揺するキムを、白髪男が押しのける。
「本名は業務上明かせない。好きなように呼ぶといい」
さらりと言い放った白髪男は、作業を続行した。どうやらとっとと引っ越しを終えたいようだ。
エレナは頭をもたげた。
白髪男は淡々と段ボールから生活用品をまとめ出している。
キムことチャラ男は、まるでエサ待つ犬のように、椅子の背を抱えエレナにおすまししていた。
エレナはひとつうなり声をあげた。
ふと、さっき2人が食べていたものを思い出す。
チャラ男が食べていたゴハン、白髪男が食べていたパンを。
エレナはふと呟いた。
「……ゴハンとパン……」
白髪男こと、パンの手が一瞬止まる。
「ゴハンとパンはどうかな?」
エレナは我ながらナイスなネーミングだと思った。
チャラ男ことゴハンが、「センスねぇ~」と嬉しげにはしゃぎはじめる。
「……私がパンか。了解した」
パンはおかしげに少し微笑み、作業を続行する。
「俺がゴハンね! よっろしく~エレナちゃん!」
ゴハンの笑顔は無邪気そのものだ。
どうやら気に入ってもらえたらしい。エレナは満足げに、うんうん頷いた。
最後の段ボール箱をゴハンがせっせと運ぶ。
自身の作業を終えたパンはくつろいだもので、淡いレモン色のシャンパンを片手、バルコニーから優雅に外を眺めていた。
エレナの胸元のレンズは穏やかに輝く。
昨日まで、エイリアンや宇宙人なんて映画の中のものだと思っていた。
……まさか自分自身がそれに巻き込まれることになるとは、夢にも思っていなかった。
胸はどきどきとわくわくでいっぱいだ。
(なんだか、すごい日常になりそう!)
シャンパンを飲み終えたパンは、ふと思い出したかのようにエレナにふる。
「そういえば今日、学校は?」
空気が一瞬固まり、エレナはゾンビのように時計を見た。針は10時をとうに過ぎている。
静かな街にエレナの絶叫がこだました。