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MIB 1st contact  作者: 光輝
■第5話 カブル救出大作戦編 (4P)
19/42

3.ヤシログモの餌食

そしてまた、エレナ。

銀行の金庫のような扉前に到着したエレナは、タッチパネルの前に立つ。パンから聞いた暗証番号を打ち込むと、扉は炭酸ボトルを開けたような音とともに、静かにその口を開けた。エレナがおそるおそる、中を覗き込む。


そこは、教室ほどの広さの、機械まみれの空間だった。真ん中には、TVで観たマジックストーン〔カブル〕が、ケースの中で静かに置かれてある。エレナは静かにケースに近付き、そのあまりの美しさに息を飲んだ。

(なんて綺麗なの……まるで黄金の王様だわ)


セリオン博物館の模造品とはわけが違う。カブルは小さな紙パックほどの大きさだが、なめらかで細かな金の粒子がきらめいていた。それは心臓の鼓動のように、ゆっくりと波打ち光っている。しかし、カブルは機械のコードまみれだ。破壊されてはいないが、カブルが生命体だと知るエレナは少し胸が痛んだ。

エレナは防護服のチャックを開け、レンズを取り出した。パンはレンズでエイリアンと会話できると言っていた。エレナはやや半信半疑で、レンズごしにカブルに声をかけてみる。

「えーと……初めまして、カブル。私はエレナ、あなたを助けに来たの。母星があなたを待ってるわ、一緒に行きましょう」


ちょっと間があった。いや、けっこうな間があった。エレナがどうしたものかとレンズを下げようとした、まさにその瞬間の事。カブルは威嚇するイカのように激しく光り、まるで磁石のS極同士がはじけ飛ぶように、繋がれた計測器が吹っ飛んだ。

「ひゃ! なっななな……なにっ!?」

エレナがおおきく後ずさり、変形していくカブルを見る。カブルはどんどん形を変え、紙パックの形から丸いボールへと変形していった。

およそソフトボールほどになったカブルは、驚くほどの真円だが転がり落ちることなく静止する。表面に点字のような穴が次々に開き、幾何学模様が次々と無数に出ては消えた。

その時、レンズからなにやら音がした。エレナはとっさに耳に当てる。


『エレナ、彼女に手を差し出して』

Aの穏やかな声だ。

「えっ、手?」

エレナは防護服から腕を抜き、カブルに手のひらを見せた。とたんカブルがケースを突き破り、エレナの手首に蛇のように巻きつく。

手首から肘にかけて巻きついたカブルは、碁石のように暗く冷たくなっていった。黄金の光は消え、今やタールのような色だ。

「すごい……本当に生き物なんだ」


カブルの回収は完了した。あとは、警備員達の気を引いてるゴハン達と、ここテレマ研究施設を脱出するだけだ。

エレナは手早く防護服を着た。腕のカブルが一瞬邪魔だったが、カブルは機転をきかせてヌルヌルと首元に移動する。

それがまるで蛇のようでちょっと気持悪かったが、エレナはかまわず保管室を出た。

そして、橋の光景に息を飲む。

(……なんてこと!)


保管室から出たエレナの目に飛び込んだのは、たくさんの銃口と戦闘員だった。黒い戦闘員達が、まるで軍人のようにずらりとエレナを取り囲んでいたのだ。リーダーらしき戦闘員が、はりつめた空気を叩き割るような声をあげる。

「両手を頭に膝をつけェッ!!」

その声にエレナは愕然と両手を後頭部にやり、静かに膝をついたのだった。


「フッ、おろかな侵入者め……石を狙ってきましたか」

その声に戦闘員がモーゼのごとく道をあける。真ん中から、球のような巨体がえっちらおっちらエレナの前の出た。ハゲ散らかしたデブのスーツ男が、優雅に扇子を扇ぎながらエレナを見下ろす。

エレナは顔を上げ、目を見開いた。このデブ……白いスーツだ!


白スーツのデブがフンと鼻を鳴らし、勝ち誇ったようにエレナに扇子の先をつきつける。

「石は渡しませんよ、盗人さん。その石さえあれば、莫大なエネルギーが採取できるのですから」

白いスーツの優雅な口調で続けた。

「しかし、一体どこでこの石の情報を得たのですか……? あなたには訊きたい事がたくさんありますねぇ」

言って、はたとエレナを見る。

「おや、石をどこに隠しました? 防護服の中ですか?」


そのまま手で戦闘員に指示する。戦闘員数人がエレナを取り押さえ、防護服を無理やり脱がせた。下着姿で地面に転がったエレナに、動揺に近いざわめきの声があがる。エレナは両手をつき、白いスーツのデブを見た。白いスーツのデブは「ほう!」と目を丸くしたものの、エレナを凝視する。マジックストーンは、防護服の中にもないようだった。

「……お嬢さん、あなたマジックストーンをどこに隠したのです?!」

もちろん石ことカブルはエレナの首元に巻きついていたのだが、機転を利かせエレナの下着の擬態をしていた。エレナの首元は今、ちょっと高級なネグリジェ姿に近い外見だ。


保管室を確認した戦闘員が首を横に振り、それに白いスーツのデブの表情が一変する。白いスーツのデブは扇子を握り潰し、親の仇のようにエレナに投げつけた。扇子は地面を跳ね、橋の下に落ちる。数秒後、下で小石を落としたような音が響いた。

「マジックストーンをどこにやった! 小娘ぇッ! 答えないとその顔をめちゃくちゃに切り刻むぞ!!」

腹の底からの声が響き渡る。その怒号に、エレナが驚きに白いスーツのデブを見た。もっと怖がらせようと、白いスーツのデブはさらにいきり立つ。

「それだけじゃないッ! 女に生まれた事を後悔させてやる! 爪も全部剥がしてやる! 目玉もくりぬいてやる! 家族もペットも皆殺しにしてやる! ワシが下手に出ているうちにッ、マジックストーンのありかを言えーッ!!」

その言葉にエレナが安堵に綻んだ。白いスーツのデブはふとして、気付いた。……小娘の視線が、自分の背後にあることに。

白いスーツのデブは振り返り、とたん仰天に尻餅をついた。


地面に伏せる戦闘員達の中、最後の1人をスリーパーホールドで締め上げる白髪の警備員と目があう。最後の戦闘員が落ちたところで、白髪の警備員は静かに襟元を正した。

「……ケバブを切るのは得意だ。ダイエットに貢献しよう」

言って長い刃を光らせ、鞘から刃を抜き構える。

「パン!」

エレナは言って、白いスーツのデブの横を抜け、パンの背に隠れた。


「な……あなたは我が組織の人間ではありませんね!? 何者……!」

白いスーツのデブは立ち上がり、懐のスイッチを何度も押す。押して、懐のスイッチを見て、また何度も押しながらパンを見た。

「部下を呼びたかった? 悪いね~オッサン」

上から陽気な声が返る。大きく飛び降りた声の主、ゴハンは静かに着地しエレナの隣に立った。

「み~んな夢の中。そこの戦闘員達みたいにね」


「はぁあ!?」

白いスーツのデブが口をあんぐりあけた、否定するように首を振りながら、震えるよう静かに言った。

「うそだ……500はいたんだぞ……そんな!」


パンは冷静な口調で白いスーツのデブを見る。

「カブルは返してもらう。警告を無視したのはそちらだ。貴様はカブルを手に入れるため、偶然で石を発掘した田舎の建設作業員たちを皆殺しにしたそうだな。彼ら遺族の悲しみは深い。殺人罪と宇宙生物保護法違反の現行犯で、速やかに死ね」

「ま……待ちなさいッ!!」白いスーツのデブが手を前に出し、大声で叫ぶ。

「とっ……取引しましょう。何がお望みなんです? 手を引くなら、金・地位・名誉、その全てのご満足を確約しますよ」


パンがくだらなげにゴハンを見やる。ゴハンは肩をすくめてみせた。それにパンが白いスーツのデブに向き直り、軽く小首をかしげ言った。

「残念だな、交渉決裂だ」と。


1歩パンが踏み出した瞬間だった。白いスーツのデブが、銃を抜きエレナに発砲する。とっさにエレナを庇い、刃で防いだパンは、白いスーツのデブが保管室へ飛び込み鍵をかけるのを見た。


しめた! 白いスーツのデブは保管室の扉を背に、震える手で通信機を取り出した。いかにもな赤いボタンを力を込めて押し、勝利に笑んで声をあげる。

「この私をこけにした罰ですよ……ヤシログモの餌食となりなさ~い!」

高笑いに言って、保管室の奥にある脱出口にもぐりこんだのだった。


地響きがしたと思ったら、入り口が閉じた音だった。

「閉じ込められたわ!」とエレナ。

しかしゴハンもパンも落ち着いたもので、パンは入り口を、ゴハンは保管室のドアを調べている。どうやら想定内のようだ。

ふと、妙な音にエレナが顔を上げた。ささやかだが、卵が割れるような、孵化するような音だ。


エレナがあたりを見渡す。それとなく、下にずらりと並ぶガラスの容器を見た。大きな蜘蛛が眠っている。遠目だが見たところ、大きさはおよそ中型犬ほどもあった。その大蜘蛛がピクリと動いた気がした。それを皮切りに、次々と大蜘蛛達が身じろぎはじめる。

どこからかガラスが割れる音がして、あちこちでガラスの容器が卵の殻のように割れ始めた。

……嫌な予感がする。それも、ものすごく。


「ご……ゴハン、パンっ!」

エレナが振り返りざま言って、まばたきひとつ。2人は戦闘員達に虫除けスプレーのようなものを振りかけている。

「……えっ、それ何?」

「虫除けスプレーだ」とパン。言って、エレナにも振りかけた。エレナが少しむせる。

「虫除けスプレー!? パン、それどころじゃないよ!」

ガラス容器から抜け出した巨大な大蜘蛛が、雲霞のごとくなだれを打っている。橋の手すりから下を見たエレナは、雪崩のごとく昇り来る大蜘蛛に悲鳴を上げた。

エレナに飛び掛る大蜘蛛をパンがあざやかに切り伏せる。真っ二つになった大蜘蛛から白濁色の体液が流れ、苦しみまぎれの痙攣にあわせ水鉄砲のように噴き出した。


エレナは声にならない悲鳴でパンの背に隠れる。気付けば大蜘蛛にすっかり取り囲まれていた。しかし、それ以上は近寄ってこなかった。皆、静かに様子をうかがっている。

「……な……なに……」

「調査どおり、大蜘蛛は未完成だから虫除けスプレーが効くみたいだね~」

ゴハンが言って、両手の銃を構えた。

「でも効果は数分だ。チャチャッとやっちゃおうぜ!」

それにパンが応えるように切っ先を振り、大蜘蛛に構える。弾けたように飛びかかる大蜘蛛を、パンは次々と切り伏せた。それに続き、ゴハンの銃声が響く。

エレナはその矢継ぎ早に響く銃声にとっさに耳を塞いだ。硝煙のにおいに全身が粟立つ。恐怖にエレナは目をかたく閉じた。まるで突き落とされたような恐怖に、その身を掻き抱く。緊張からか、白昼夢と現実の境目が曖昧になるのを感じた。うまく呼吸ができず、喘ぐように胸元をおさる。


胸元のレンズが、激しく虹色に輝いた。

『ゴハン、銃を収めてください』

Aのその声に、ゴハンがすぐさま銃口を上げた。飛び掛る大蜘蛛を殴り飛ばし、エレナを見る。エレナの胸元のカブルが、心配するようにゆっくりとエレナの手に絡みついた。

「まっ……ッ……マ……っ」

エレナは呼吸に喘ぎながらも、切に誰かを呼んでいた。滝のように落ちる涙を受けたカブルは、エレナの手をきつく握る。ゆっくり前のめりになったエレナが、地面に頭をつけた。浅く速い呼吸は次第に薄くなり、やがて意識を手放したエレナは、力無く倒れこんだのだった。



「……最初に会った時と同じだな」

最後の大蜘蛛の死骸を蹴り落としたパンが言って、エレナにかがむ。

「この娘は、たくさんの銃声にトラウマがあるようだ」


「ああ。単発なら問題ないみたいだけどなぁ。何なんだろね」

ゴハンが生き残した大蜘蛛を足に、胸元から銃を抜く。そのまま、保管室のノブを1発撃った。2発、3発。そして、4発。それに観念したかのように、扉は炭酸ボトルを開けたような音をたて、静かにその口を開ける。


保管室では、脱出口に体を詰まらせた白いスーツのデブが、巨体をよじりうんうん唸っていた。どうも出るも進むもできないようだ。


「オッサン、残念だったな。そこの脱出口はオッサンの図体じゃ無理だって」

「たッ……たすけてくださぁい! 金ならいくらでも出しますからッ!」と白いスーツのデブ。なんとも情けない声だ。


「オッサンさぁ、カブルの調査依頼をどこから頼まれたんだ?」

ゴハンが保管室の入り口に背をまかせ言った。その足の下で、生きのいい大蜘蛛が暴れている。

「ぃッイルミナです、イルミナ生命工学研究所……ッ」

「へえ。イルミナ生命工学研究所の、誰から?」

「そ……それは……」


その名前を聞き納めたゴハンが、足で抑えていた大蜘蛛を蹴り入れた。転がった大蜘蛛は、白いスーツのデブの飛び出た下半身に口を開く。すぐさまゴハンは扉を閉めた。


保管室の大絶叫にエレナが目を開けた。

「……え……あれ?」

現状に混乱したエレナが、目の前のパンを見た。どういうわけか、パンにお姫様抱っこされてるのだ。

「終わった。これより帰還する」とパン。


「ええと……」

エレナは困惑まま、響く絶叫に視線を泳がせた。「あの声、何?」


「さぁな」と承知にパン。「よほど蜘蛛が嫌いなんだろう」

言いもって、破壊した入り口をくぐる。エレベーターに乗るも、パンはエレナを下ろさない。大きな手と腕は、しっかりとエレナを抱き上げている。エレナはなんだか恥ずかしくなった。

「ねぇ、重いでしょ? もう大丈夫だから……」

「羽より軽い」

パンは言い切って、そっとエレナの額にキスを落とした。エレナの顔が一気に赤くなる。

「ええええっパン……!! なッ何……!?」

「もう大丈夫だ。傍にいるから」

エレナはふと、その言葉にすとんと安堵した。張り詰めていた気持がするんと溶けるような、妙な安心感だった。

「……傍に……うん、……」

静かなエレベーターでエレナはそうひとりごち、揺り篭のような腕の中で、パンの厚い胸板にぼんやり頭をあずけたのだった。

   ★

ゴハンは保管室の扉を開け、食事中の大蜘蛛を撃ち殺した。大蜘蛛に食われ、息も絶え絶えの白いスーツのデブを、ゴハンが蹴り起こす。白いスーツのデブは薄っすら目を開け、見下ろす茶髪の青年見た。

助けてくれるかもという淡い希望は瞬時に消え失せた。なぜなら、その青年の目は虫けらを見るような目だったからだ。


「オッサンさぁ、10年前の【北条家虐殺事件】って知ってる?」

ゴハンは銃に弾を込めながら訊ねた。白いスーツのデブは小刻みに首を横に振る。

「全然知らない?」とゴハン。白いスーツのデブは震えるように頷く。

それにゴハンは眉を潜め舌打ちひとつ、白いスーツのデブの頭を打ち抜いた。白子のような脳が床に飛び散る。


「……やっかいな事になってんなぁ」

ゴハンは面倒くさげに頭をかき、大きなため息をついたのだった。

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